ユリとシズの帝都姉妹旅情

M.M.M

第1話お宝を探そう

「その鏡、見せてくださいますか?」

女性が商人に声をかけた。

「はい、ど……」

彼はにこやかに応じようとしたが、相手があまりの美貌だったため言葉を忘れるという初歩的なミスをした。商売の初歩を学び始めたばかりの頃にやった失敗だ。師匠から「商人が黙るな!」と殴られた時の痛みを彼は思い出す。

「どうぞ……」

手鏡にしてはやや大きすぎるそれを恭しく渡す。女性が受け取るときにその手に精巧な彫刻が施された指輪があることを彼は見逃さない。女性はそれを眺め、彼も目の前の客を観察する。服装は一般的な旅人という感じだが、首に巻かれた大粒の宝石をつけた装飾品がそれを徹底的に否定していた。帝都の住人でないことは即座にわかった。こんな美人がいたら噂にならないわけがない。大きな瞳は塗れた黒玉のように光を反射し、鼻梁は美の神が掘ったかのような一品、その下の唇はあらゆる男を虜にする世界の花弁だ。"茶色"の髪を纏め上げ、彼の知らない結い方をしている。

気付けば隣にいるストレートの髪の少女もいくら称賛しても足りない容姿だ。こんな美人二人がどんな理由で旅をしているのか、他に連れがいるのか、彼はいろいろ聞きたくなったが、その衝動を抑える。重要なことは彼女らの素性ではない。懐具合だ。

装飾品から見てかなり裕福であるはずだが、貴族ではない。貴族なら自分で買い物になど行かず、商人を呼びつけるからだ。裕福な家の接客女中が休暇をもらって同僚と旅をしている。そんなところだろうか。

(銀貨2枚でいけるか?)

彼は鏡の値段をいくらに設定するか考える。彼女が持つ鏡は持ち運ぶには大きすぎ、家で使うには小さすぎる中途半端なものだ。細かな装飾はあるが流行りではないし、奇妙な刻印もあった。はっきり言って「変な鏡」なのだが、人の趣味は様々だ。手にとったなら興味があるということで、貴族の所有していたなどと言えば高い値段で買うかもしれない。

「これ、おいくらでしょう?」

美女は商人の目を見て聞いた。

「銀貨2枚です。高いと思うかもしれませんが、それは由緒ある……」

「わかりました。買います」

彼が作り話を述べる前に女性は即決した。

「え?」

「買います」

女性は財布から銀貨を出した。

(しまった!こんなに緩い客ならもっと高い金額を吹っかけておけば……)

商人は後悔したがすでに遅かった。彼はすでに売値を述べている。自分が口にした額を後出しで上げるのはご法度だ。

「どうかなさいましたか?」

「い、いいえ」

(まさか俺が価値を見誤ってるわけじゃないよな?)

商人は相手がまったく値切らないことで不安になった。美術品としての価値はないと思っていたが、遠い国で名のある一品なのだろうか。

(あるいは、魔法がかかっているとか?)

マジックアイテムという考えを彼はすぐに否定する。知り合いの魔術師に魔法探知をしてもらったことがあるからだ。また、魔法探知でマジックアイテムを市場から見つける発想は昔からあり、この市場でも試した魔術師は大勢いるはずだ。露天商は自分の言い値で商品を売れたにもかかわらず、しばらく思考の渦に沈んだ。



「…………姉様、どう?」

戦闘メイドが一人、CZ2128・Δ、通称シズ・デルタは歩きながら姉に聞いた。普段はユリ姉と呼ぶが今はその名前を使えない。

「面白い鏡だわ。短い距離だけど周囲を覗けるマジックアイテムよ。第3位階の魔法がかかってる」

ユリ・アルファはそう言うと鏡を無限の背負い袋に仕舞った。

「魔法のかかった武器は同じ重さの黄金と同じ価値があるそうだけど、これも金貨1枚2枚よりは絶対に高いはず」

「…………お買い得」

シズはさっきの商人を笑っているとユリにはわかる。

「でも私たちも普段なら気づかないから仕方ないわ。全ては”これ”のおかげよ」

ユリはいつもの伊達メガネと違う”それ”を指した。

「…………さすがはア……あの御方」

「そうね」

ユリはくすりと笑う。

今、ユリがかけているメガネはアインズから貸与されたマジックアイテムである。その効果はアインズも使える道具上位鑑定オール・アプレイザル・マジックアイテム魔法探知ディテクト・マジック。そしてこの任務に肝心なもう一つの能力、隠蔽看破。

アイテムが魔法を帯びているかどうかは通常なら探知魔法で判明し、鑑定魔法でその効果も判明するが、それらを回避する隠蔽魔法も存在する。魔法の罠を隠す、盗難を防ぐ、諜報活動のためなど様々な理由で使われるが、所有者がそのことを伏せたまま死亡するか何らかの理由でそれを手放せば、誰も本来の効果を知らないままアイテムが他人の手に渡ることがある。

正確に言えば高位の魔術師はその隠蔽を看破できるが、逆に言えば低位の魔術師は看破できないということ。そこにアインズは注目した。本来の価値を誰も知らない隠れマジックアイテムが市場に流通しているかもしれず、その中には強力な効果を持つアイテムもあるかもしれない。看破できるアイテムを渡すからまずは帝都を調べてきてほしいという命令にユリ・アルファとシズ・デルタは恭しく頭を下げた。至高の御方からの勅命。嬉しくないわけがない。

「…………でも、第3位階なら大したことない」

「そうね」

ユリもそこは認める。ナザリックでは「で?」と言われるレベルの魔法だ。これまで帝都で見つけた隠れマジックアイテムの品々も大したものではない。1日1度だけ相手に魅了をかけるレンズ、毒感知の皿、精神魔法への抵抗を増すお守り、弱いモンスターを1匹だけ封印する壷。どれもナザリックで役立つレベルには程遠い。

しかし、二人は落ち込んでいるわけではない。隠蔽魔法を解いて通常のマジックアイテムとして売却すれば人間社会での資金源になるからだ。

「ところで、どう、シズ?中央市場というのは本当に賑やかでしょう?」

「…………うん」

シズは素直に肯定した。

ユリもシズもナザリックにおいては珍しく人間を蔑視していない。ユリにいたっては彼らは良い面もある生き物だと思っている(ナザリックに敵意を持つなら容赦なく殺すけれど)。帝都の中央市場は数十万点の商品で溢れ返っており、服や装飾品や食品を買わないかと叫ぶ売り子や店主、買値を次々に叫び合う競り市などナザリックには決してない賑やかさがある。仲間たちが下品で下劣と形容する場所で彼女はなかなか楽しい時間を過ごしていた。

シズは具体的な感想を述べていないが、ぬいぐるみを売っている露店でナザリックにいるペンギン、エクレアに少し似た商品をじっと見ていたのをユリは見逃さなかった。いつか機会があれば買ってあげようかと考える。

芋を洗うような混雑の中、ユリのバッグに後ろからすっと手が伸びた。ピシャリという音が鳴り、腕が引っ込む。

「でも、これだけは本当に鬱陶しいわね」

ユリが言った。その手にはいつどこから取り出したのか教鞭があった。

彼女が手を振るとそれは消える。

「…………始末する?」

「よしなさい」

彼女はシズを諌めた。中央市場にはよくスリが出る。事前に注意されていたが、これで3度目だった。

シズはガンナーであるが、アサシンの職業も持っている。スキルの一つを使えば誰にも気づかれずスリを殺すことは容易だ。自分たちの所持金の本来の所有者を考えればシズの主張もわからなくはないが、こんな場所でその能力を披露してほしくない。

「目立つ行為は厳禁よ」

ユリは注意する。

二人は帝都内に魔法で転移してきた。はっきりいえば密入国である。彼女たちは1ヶ月ほど前にナザリックに謝罪のため訪れた皇帝やその側近と顔を合わせており、今はいくらか変装しているが、騒ぎを起こして彼らの一人に見つかればおそらくばれるだろう(万が一ばれたら観光だと言い張れと言われている)。

「あの御方のお言葉は?」

「…………絶対」

「よろしい」

ユリは妹の言葉に満足する。

「それじゃ今度はシズが探してくれる?」

ユリはそう言って自分のメガネを差し出した。

「…………いいの?」

「ええ」

ユリは微笑む。

妹もマジックアイテムを探したいと思っていることはわかっていた。シズは万が一の戦闘に備えての護衛でもあるが、それは起こりそうもなく、見ているだけではやり甲斐がないだろう。

シズはメガネを受け取るとそれをかけた。

(うーん、似合わない……)

その感想をユリは押し殺す。

「普通のマジックアイテムと間違わないように注意して。隠蔽されてるとオーラの濃さが違うから」

「…………わかってる」

シズは人の波を掻き分けながら店の商品をチェックしてゆく。

5分ほど歩いたとき、彼女は目的のものを発見した。

「…………あった」

シズは露天商が敷物の上に並べた多くの指輪の中から一つを指した。

「あの指輪ね。買いましょう」

ユリはその指輪をよく見る。マジックアイテムの指輪はたいてい錆や破損を防ぐために金や銀、白金などの貴金属で作られるが、例外もある。今回はその例外である銅製のものだった。大した魔法はかかっていないのだろう。

「…………これ、ほしい」

シズは露天商に言った。

「はい!いらっ……しゃい……」

対応したのは店主にしては若すぎる少年のものだった。あまりにも若いので店主の息子か弟子が店番しているのだろうとユリは考える。色恋には早すぎる年齢だが、これ以上ないであろう美貌を見て顔に赤みが差している。

「…………これ、ほしい」

シズはまた言った。

「……あ、すみません!こちらの指輪ですか?えっと、2銅貨でどうです?」

少年は少し考えてから値段を言った。

「…………うん、それでいい」

「はい!」

言い値で売れたことが嬉しいのだろう。子供店主は頬を緩める。

「…………銀貨でいい?」

シズは財布を見てから言った。

「うーん、本当は困るんですけど、ないなら構いませんよ?」

シズは銀貨を一枚出し、少年の手の平に乗せた。

その時だった。

小さな黒い影がシズと店主の間を横切り、天高く舞い上がった。そのクチバシに銀貨を加えて。

クアランベラト。キラキラと光って動くものを集める習性のあるこの鳥が時々こうやって人々の所持品を掻っ攫うことをユリとシズはこの時初めて知った。二人とも本来なら鳥に奪われる前に対応できただろう。それが遅れたのは無数の群衆から来る視線、そして先ほどからそれに紛れるスリに警戒していたためだ。

「……ああ!」

少年は遅れて悲鳴を上げた。

シズがユリを見る。その目は射殺の許可を求めているが、彼女は首を横に振って「駄目よ」と伝える。シズがあの鳥を撃ち落すことは容易だが、これほど目立つことはないだろう。自分が飛行のマジックアイテムを使って追いかけることも同様だ。彼女は自分の足元に向かって小さく「追いなさい」と告げた。ユリとシズにだけわかる気配が鳥の飛んでゆく方へ向かっていく。

少年は頭を抱えた。

「うああ……師匠に……殴られる」

ユリは少年に少し同情する。普通の人間にあれを防ぐ事は不可能だろう。

「…………ごめんなさい」

シズは申し訳なさそうに言った。

「いいえ、今のは私も不注意だったわ」

ユリも自分を叱りたかった。

「あの……今のは……」

少年は恐る恐る聞いた。

理屈で言えば彼の手に硬貨を置いてから盗まれたのだから店の責任といえるだろうが、銀貨1枚を弁償しろといえば「お客さんの渡し方が悪かった」などと言い出して面倒なことになるかもしれない。だが、ユリにそんな気はなかった。

「いいえ、今のはこちらの不注意でした」

ユリはシズに目で告げる。彼女はもう一枚銀貨を出して少年に渡した。

「え、いいんですか?でも……」

「構いません」

どうせ銀貨は戻ってくるから、とは言わない。

「その代わり、ご店主。私たちは帝都に来たばかりであまりここに詳しくありません。不思議な言い伝えや噂のある品物をご存知なら教えていただけますか?」

「不思議な言い伝えや噂、ですか?」

少年はきょとんとする。こんな事を聞かれたのは初めてなのだろう。

「はい、私たちの主人がそういった物の収集家なのです。面白い噂があれば聞きたいのですが」

ユリはそういう言い伝えを持つ品物に実は魔法がかかっている可能性を考えた。せっかくなのでこの小さな店主から隠れマジックアイテムの噂でも聞けたら儲けものと思ったのだ。

ユリ・アルファは意外にちゃっかりしている。

「えーと、少し待ってください」

少年は先ほどの罪悪感があるらしく、顎に手を当てて真剣に考え始めた。

シズがユリの方をじっと見る。目に謝罪と後悔がこもっており、彼女は微笑んで妹の頭をなでた。

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