鋏屋さんと赤い糸

りん

プロローグ 切られてしまった赤い糸

たくさんの家が窮屈そうに並ぶ住宅街の一角、他と何ら変わらない家では政府の制服に身を包んだ男二人が華奢な少女の両腕をそれぞれ掴んで、無感動な表情で彼女を拘束していた。栗色の髪の長い髪をおろしている少女はヒステリックに叫ぶことも、逃れようと暴れることもなくされるがままになっている。穏やかな顔つきの少女の視線の先には自らの小指があった。それは赤い糸でぐるぐると巻かれていて、伸びる糸は彼女の祖母のシワで覆われた小指に繋がっていた。

老婆が自分に巻かれた糸をほどこうとする度に、老婆と孫娘を繋ぐ糸がピンと張ったり弛んだりを繰り返す。そのため老婆の小指は赤く腫れ上がり、ところどころ皮が剥けて血がにじんでいた。


「それでは刑法二十三条に基づき、殺人の罪でマリー・ブラウンに縁切りの刑を執行します」


そう宣言したのは、全身黒ずくめで顔を隠すように黒いフードを被った人物だった。若く張りのある男の声が部屋の中に響いて、後に残ったのは老婆の荒い息遣いだけだ。


青年は手にした大きな断ち切り鋏を赤い糸にあてる。そして開いた刃先を一気に閉じた。ジャキン、と金属音がして二人を繋いでいた赤い糸は床にだらりと垂れ下がる。すぐさま青年は懐から古びた懐中時計を取り出して、「十時二分、執行完了」と小さく呟いた。


「今日からあなたたちは血を分けた他人になります。親族としての情は消え失せ、お互いに特別な感情を持つこともありません。今までの思い出を振り返っても、そのとき感じていたことは思い出せないはずです。お二人とも過去にはこだわらず今を生きてください」


鋏屋の仕事は人と人との繋がりを切ることである。それはどうしようもなく残酷で、それを生業とする彼にとって苦しい事実だった。

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