地球鎮守府
@h-Yamauchi
第1話 星陵高校生徒会
「状況を」
「はっ。アンプラグド艦隊は依然戦陣を崩さず、抵抗を続けておりますが、我が艦隊の『網』は完全に包囲を完了しております」
「そうか、降伏勧告は?」
「呼び掛けに応じません」
「…………、」
「敵本隊より切り離された後方の投石艦群が迂回し、投擲体勢に入ります!」
「悪あがきを……。全艦回頭! エリドゥ! 出番だ! 空間騎士団出撃せよ!」
「エリドゥ将軍より緊急通信!」
「繋げ!」
『タケミナカタ! 回頭を中止せよ!』
「? どういう事だ? エリドゥ」
『あ奴ら、なにか仕掛けてくるぞ!』
「???」
『恐らく投石艦は囮じゃ!』
「タケミナカタ様! アンプラグド旗艦から敵艦隊中央の数艦に向けてレーザー照射!」
「同士討か?」
「照射された敵艦は、鏡のようなものでレーザーを反射し、中央船団がお互いにレーザーを反射させたまま、円形に光線を循環させています」
『? あれは……、』
「至近で次元振動! 敵艦隊中心部光円内に亜空間ゲート出現!!」
『!!! 次元門召喚か! 移動式次元門……、アンプラグドめ! こんな隠し球を用意しておったとは!』
「亜空間ゲートから重装戦艦四、移動要塞一出現! 要塞は『
『イカン! 第一から第八砲艦! 投石艦を追え! 残りはワシに続け!』
「エリドゥ!」
「よいかタケミナカタ! ワシはまず次元門を破壊する。これ以上敵艦が増えたら、金地火宙域の防衛艦隊を全てかき集めても手に負えん! お主は要塞を足留めしろ!」
「し、しかし……、」
『太陽系艦隊主力はシリウス軍本隊の牽制のため、エッジワース海におる。今からでは間に合わん。ワシらの後ろにはもう、なにもアンプラグドを遮るものはない! ワシとお主以外、エレヒを守る者はいないのじゃ!』
「……わかった。エリドゥ!ご武運を!」
『艦隊を仕留めたら、要塞に横槍を入れる。追って火星より加勢も来よう。タケミナカタ、
「エリドゥこそ! 父上もタキリの母様も待っているのだから…」
『ウム! では、これより巡宙突撃戦艦『
「地球鎮守府全艦艇に告ぐ! 我が旗艦『カレノ』を中心に方陣を組め! 敵要塞の機関部を叩く! 護衛の重戦艦と直掩機は無視しろ!」
「『突撃!!!』」
第一話
うららかな春の日差しが生徒会室の奥まで差し込んでいる。
午後三時。陽も大分傾いてきた。
夕方からは雨になるらしい。
それも風を伴って大荒れらしい。
『エレヒ』の観測所の予報なので、まず当たるだろう。
この島では、時々こういった突発的な荒天に見舞われる事がある。
星陵高校二年
朝から寒気に襲われていたのだが、母に『五月病だろ!』と尻を叩かれて学校に来たことを、浩平は今になって後悔している。
この悪寒とダルさは多分風邪の前触れだろう。
オカンに悪寒を訴えたところで、通じなかったのだ。
日中は暖かくなったとはいえ、朝夕の冷え込みはまだまだ厳しい。
パンツとTシャツ姿で寝るのは時期尚早だった。
記憶には残っていないが、奇妙な夢にうなされて、夜中に何度も目を覚ました。
体調がすぐれないから変な夢を見るのか、変な夢を見て体調がすぐれないのか、そこらへんはよくわからないが。
いつもならば放課後教室に残って、バカ話の一つや二つクラスメイトとした後に、悠々と生徒会室にやってくるのが常なのだが、今日は早めに生徒会室に来て、会議が始まるまで一休みしようと思っていた。
「アカンボ、赤いな、あいうえお」
「りゃきゃりゅりょ、あみゃーみゃ、りゃりみゅみぇみょ」
「カリント、硬いよ、かきくけこ」
「きゃりゅんきょ、きゃきゃりりょ、きゃきゅりゅりゅりょ」
しかし、生徒会室には先客がいた。
星陵高校生徒会長『
「あな、かしこ、あり、おり、はべり、あおたがり」
「あみゃ、きゃりきょ、きゃ……」
アジス会長はエリドゥに言葉をレクチャーしているらしい。
「会長……。『りゃりゅりょ』と『きゃきゅきょ』と『みゃみゅみょ』位しか言えてないですよ」
浩平は居眠りを諦めて、アジスとエリドゥの会話に加わった。
「だいたい、エリドゥのニャンコちゃんレベルの声帯では、どだい無理なんだよ。諦めて翻訳機使ったら?」
「みゃんみゃ~?」
浩平はつくづく思うのだが、彼の星の母国語は、この少ない音のバリエーションで、いったいどうやって成り立っているのだろうか?
──というか、そもそも、母国に言葉があるのだろうか?
「エリドゥはこちらの言っていることが理解できてるんですよね」
「そうだね」
「んじゃ、それでいいんじゃないですか?」
先ほどまで読み上げていた、『エレヒ文化交流局謹製しょほのにほんご』と銘打った怪しげなテキストをパタンと閉じるアジス会長。
会長は外見的には十歳くらいの金髪の子供にしか見えない。
彼の母星(彼の話によると、かなり昔に木っ端微塵になってしまったそうだが…)の人達は金髪色白が多い。
特にアジスは、色白を通り越して光輝いて見える。
くるくる巻き毛で人形のような大きな瞳。
その点にだけ着目すれば、天使と形容するしかない。
しかし、彼の種族の男性の特徴として、こめかみの後ろ辺りから、羊のような角が生えているので、尖った耳と相俟って、総合的に悪魔に見える。
「それでもやっぱり『彼女』の名前くらいは発音できないとね」
そう言って、学ラン堕天使アジス会長が見上げている先のエリドゥは、身長が5メートル近いので、胡座をかいて座っていても、頭の位置はアジスより遥かに高い。
巨大サイズの学ランの上から、マンモス的な大きさの巨獣の毛皮を羽織っている。
外星人共有規格の生徒会室でも、屈まないと歩けないほどだ。
「イ・チ・カ・ワ・ア・マ・ネ」
アジスはゆっくりと発音する。
「り…、りゅ、きゃ、や、りゃりゃれ?」
トイプードルに
「んー、まあ、いいんじゃないの?だけど、フルネームで言うことないか、『アマネ』だけでいいかな」
「りゃりゃれ!」
「おう! カンペキ!」
「りゃ、りゃ、れ(あっそれ)りゃ、りゃ、れ(あっどした)りゃ、りゃ、れ(あっどっこい)」
調子に乗ったエリドゥの『りゃりゃれ』コールを、
少し前から生徒会室に入りあぐね、扉を半開きにして、立ちすくんでいた天音は、異文化交流の難しさと前途多難さ加減に
『
星陵高校二年
生徒会書記。
星陵高校の制服である、セーラー服に身を包み、普段は明るく屈託の無い笑顔でコロコロと笑っている、ショートカットの似合う自称ヤマトナデシコちゃん。
外星人を怖がり、誰もやりたがらない地球人生徒達のスケープゴートとして、教師達の懇願により、生徒会執行委員を一年生より続けている。
天音は外星人に遠慮もしないし、エリドゥが怖くないらしい。
それどころか、公然とエリドゥを『彼氏』と呼んで憚らず、卒業したら彼のところに嫁に行くとまで公言している。
幼馴染みとして、少なくない時間を共に過ごしてきた浩平にとっては、やや複雑な心境ではあるが、天音は、正直自分では制御できない人物と常々思っていたので、エリドゥには、『天音の事よろしくお願いします。(返品不可です)』と伝えた。
…………心の中で。
「浩平、早いわね!」
天音は気さくな笑顔で浩平に挨拶し、
「会長、遅くなって申し訳ございません…」
キリリとまじめ顔でアジス会長に挨拶し……、
「えーりりん! 会いたかったよーっ」
『えりりん』はエリドゥの愛称、満面の笑みで飛びつこうとする。
しかし、
「いやー、ちょうど良いところに来たね天音君!」
さわやかに天音の前に立ちはだかり、先ほど会得した変態舞踊のままにじり寄るアジス。
どうやら踊りに加えるつもりらしい。
どこの地方の
「さー、もうにげられへんでぇー、カバディ、カバディ、カバディー!」
両手をワキワキしながら、悪魔的笑顔で、アジスは天音に飛びつく。
しかし、横からエリドゥがひょいと天音を持ち上げ自分の懐にポスンと入れてしまった。
そして、
「がるるるるるる……」
エリドゥが「にゃー」とか「りゃー」とか以外で出せる声。
トラも飛び退く、正に地獄の番犬のような唸り声をあげる。
「きゃぁぁぁぁぁー!」
肝っ玉の小さいアジスは、それだけで腰砕けになり、四つん這いで逃げ出した。
「浩平、副会長は?」
エリドゥの膝の上、絶対安全圏に入り、心に余裕を取り戻した天音は、まるで女王のようにふんぞり返っている。
「副会長は……、今日もまだみたいだな」
もう、休むことは諦めた浩平が答える。
「最近遅れてくることが多いよね、浩平が生徒会に来るようになった頃からだよ」
「俺、副会長に嫌われてる?」
浩平は若干へこんだ。
「こまったなぁ副会長いないと会長がねぇ……、どこ行っちゃったのかしら」
「副会長の遅刻の理由、なぜにわたしに訊かないのかね?」
掃除箱の中に入ってガクガクブルブルしていたアジス会長が復活して這い出てきた。
「会長は知ってるんですか?」
「本当に浩平君は知らないのかね? 身に覚えが無いと」
意外そうな顔でアジスは聞き返す。
「………?」
「やれやれ、前途多難だねぇ、浩平君」
アジスはため息をついて、目頭をおさえ、しばし考え込んでいたが、急に立ち上り、壁際のキャビネットからゲーム盤を取り出した。
「副会長が居ない以上、生徒会執行部はその職務を全うできません。残念です。がっくし」
言葉とは裏腹に全然がっくしせず、アジスは小脇にゲーム盤を抱えレクリエーションモードに入った。
「天音君は、やはりブラック天音君かい?」
机にゲーム盤を置き、中央にシロクロクロシロと並べながらアジスは天音に訊く。
「やりません!」
「んま!」
拒否られたショックでオバちゃん化してしまうアジス。
「会長、仕事しましょう。ね」
諭すように言う天音に聞く耳持たず、ゲーム盤を頭上に掲げ、『タシタシ』と地団駄を踏む。
「やだ! 遊ぶぅう! 天音君が駄目なら、エリドゥとやるぅ! 天音君! エリドゥ返してよ!」
──なぜに、このわがまま気ままなヘタレ小僧が生徒会長なの……。
ため息をつく天音。
「俺はいいですけど……、相手」
なんとなく疎外感を感じ浩平は言ってみた。
「浩平君は容赦ないから駄目、接待というものが解っていない」
「はあ、そうですか……」
「そうだ、それより責任とって副会長を探してきたまえ浩平君!」
「責任って何のですか? 会長……」
「しょうがないな、会長。一回だけお相手します。浩平、その間に副会長探してきてよ」
天音は諦めてアジスに付き合うことにしたようだ。
生徒会の機能回復のための犠牲になるつもりらしい。
「ぃよーっし、いくぞブラック天音! 光の戦士ホワイトアジスが成敗してくれるわ!」
「ぬわーっはっはっはっは、ヒヨッコめー返り討ちじゃー」
奇妙なファイティングポーズで、対局前恒例の儀式を行う天音とアジス。
浩平は、生徒会室を後にして玄関に向かう。
副会長がどこにいるのか、よくよく考えたら実は心当たりがあることを、思い出したのだ。
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