10連ガチャは高すぎる
クロロニー
第1話 問題編
【いつもの4人組】
【ギルド《甲羅》メンバー】
黒崎かい斗……ギルドマスター
裂固……サブマスター
赤い稲妻……参謀
WENY……特攻隊長
『10連ガチャを回すのは容易ではない、まして中学生となるとなおさらだ』
バスケ部の練習も終わり、帰り支度を終えてLINEを開くとそんなメッセージが届いていた。発信者はボウこと横井望だった。昔からぼぉっとした奴で、頭はあまりよくない。もっとも他人のことを言えた義理じゃないが。
『そんなメッセージを寄越すってことは結局回したのか。で、結果はどうだったんだ?』
『カスばっかり。』返事はすぐに来た。『大人はずるいよな、当たりが出るまで回せるんだからよ。こっちにゃもう回す金なんてねぇよ。』
『そうかい、それは御苦労様。』
俺はバスケ部の下校集団から離れないよう歩調を速めながら、そんな素っ気ないコメントを返した。
あれほど「回すのはやめておけ」って言ったのに、話を聞かない奴だ。欲しいものを手に入れるにはそれなりの準備が必要だというのをわかっていない。特に小遣いが限られている俺らは、それが本当に欲しいものかどうかを見極め、狙い澄ました一打が必要なのだ。
『イケはいいよなー親がお金持ちでさ。』
『定期テストで毎回学年1位になれるほど勉強できるなら、こんなにいい身分はないよ。』
ボウの無神経な羨望へ、皮肉気にコメントを返したのはイケこと池上秀太郎だった。
イケは今回のテストで見事学年2位に転落し、母親に散々怒鳴られ絶叫されスマホを壊された挙句、ゲームができないようにその壊れたスマホとノートパソコンを取りあげられていた。本人いわくゲームの影響で成績が落ちたわけではないということだったが、母親の目にはそうは映っていなかったらしい。
『おっ、イケはもう塾か?』
連絡用に外出時のみスマホを返してもらえるらしい。それは学校や塾に行く時も例外ではなかった。
『ああ、今着いてようやくスマホを返してもらったとこ。出来ることなら上下分断されたこの液晶をスクショして、能天気なボウに見せてやりたいよ。』
『もう十分見たって。あれだけ見せびらかしておいてよく言うわ。』
イケとしてはスマホを取りあげられたことが余程悔しかったらしい。ここ数日の間、ことあるごとに亀裂の入った液晶を見せびらかした。そして「上半分のタッチパネルが全く利かねえの。DSかっつーの」などと言っては笑いを取ろうとしていた。(しかし皆もう聞き飽きていた)
『こんなやり方で教育になると思ってるんだから馬鹿な親だよ。』
完全下校時刻を示すチャイムの音が茜色の空に響き渡り、スマホの通知音と重なった。それはまるでイケの愚痴に同意をしているかのようだった。
俺は咄嗟に横を歩いているケンジこと深山健児を見遣る。俺のと同じ機種のスマホを両手で握り、画面の奥を寂しげに見つめると、何やら文字を打ち込んだ。
『それでも、いないよりはよっぽどいいよ。』
ケンジには物心つく前から母親がいなかった。交通事故で亡くしたらしい。
それに加えて兄弟もいない、父は仕事で忙しいとなると、一人で家に居る時間も長かったはずだ。やはり何かにつけて寂しさを感じてきたのだろう。母親がいればと思ったことも多かったに違いない。イケの母親に対する悪態にすら羨ましさを感じてしまうほどに。
ケンジはそんな、孤独な奴だった。
だからこそ俺はギルドを作った時、真っ先にケンジを誘ったのだった。
あれは数か月前のことだった。某大手ゲーム配信会社の大型新作『神龍アポクリファ』が配信開始されるという情報をネットニュースで偶然知り、前評判も高いしやってみるかと思ったのがきっかけだった。
そして軽い気持ちでやってみると思っていたよりもずっと面白く、わずか1日にしてのめり込んでしまったわけである。
プレイヤーが神の国の戦士となり、武器や魔法を駆使することで空間の歪みから湧き出る龍の
そしてこのゲームのレイド討伐は二つのパートにわかれている。数時間おきに1回の周期で個人に依頼が来るPvR(つまりプレイヤー対レイド)。そして1日に2回30分間の契約で、2ギルド合同の依頼が来るGvGvR(つまりギルド対ギルド対レイド)。後者がこのゲームのメインで、そしてクセモノであった。30分間のリアルタイムで進行するギルドバトルなのだが、普通ならギルド同士が協力してレイドを倒そうとするところを、神が「より貢献した方により良い報酬をやろう」と言ってしまったがために醜い足の引っ張り合いが発生するのである。
相手ギルドに所属する戦士のステータスを下げるのは日常茶飯事、相手の攻撃や魔法を打ち消したり使用不可にしたりとレイドそっちのけでやりたい放題である。そしてそんな状況の中で、いかにして相手ギルドより多くのダメージをレイドに与えるかを競うわけである。
そんな『神龍アポクリファ』を初めてから1カ月が経った頃、所属していたギルドが突如解散してしまった。
どうせなら1から始めてみよう。そう思った俺は新たにギルドを作り、ケンジをゲームに誘ったわけである。ケンジは1も2もなく飛びつき、「どうせならボウとイケも誘って4人でやろうよ」と言った。もちろん俺に異存はなかった。それから1時間も経たない内に「誘われたからやってきたぞ」というメッセージと共に3人がギルドへ入団したのだった。イケもボウもこの手のゲームは好きだったようで、今じゃ課金にまで手を出すほどのはまりっぷりである。
ケンジも4人でこうしてゲームできるのが嬉しいらしく、19時からと21時からの毎日2回の討伐戦を楽しみにしていると話すほどだった。
『そういえば今度の日曜日、うちの体育館でバスケ部の試合があるんだ。二人とも見に来ない?』
ケンジは自分の発言が元で少し凍りついてしまった空気を元に戻そうと、明日の試合に話を変えた。
『今度の日曜日って言うか、明日な。まあ、見に来たってどうせ俺達二人は試合に出ないけどな。』
と、俺はすぐさまコメントを飛ばす。
俺達はお世辞にも運動神経のいい方じゃなかった。確かにうちのバスケ部は殆ど1回戦負け、運が良くても2回戦止まりの弱小校だが、しかしそんな弱小なうちの部の3年生の中でも1、2位を争う弱さなのである。最近は2年生にすら追い越されつつあるし、今回ユニフォームがもらえたのも最後の試合だからというお情けでしかない。ベンチで応援するだけの、いわゆるベンチウォーマーなのである。そんな惨めな状態なのに今までバスケを続けたのも、ただ「辞める」と言いだせなかったからに過ぎないし、そして言いだせなかったのは自分の3年間の怠慢を認めたくなかっただけなのである。
そんな無様な姿を、ボウやイケには見せたくなかった。
『最後の試合だし、見に来て欲しいな。』
しかしそんな俺の気も知らず、ケンジは二人を誘い続ける。するとボウはその気になったようで、『わかった。行くよ。何時から?』と答えた。
『試合始まるのは16時くらいかな? その日の試合の進行具合との兼ね合いもあるから、正確にはわからないけど、15時ぐらいに来たら確実。』
『俺は行けないからパス。すまんが昼から塾でな。毎週日曜日は昼から自習するって約束しちまったんだ。』
とイケ。
『平日も土曜日も19時から塾の授業あるんだろ? その上日曜日も自習するのか。休みもないとは大変なこった。』
『正確に言えば、塾に居るのは18時からだがな。まあ、それでも家に居るよりか全然マシ。スマホ返してもらえるし。どうせ勉強しなければならないんだったら家でも自習室でもいいし、気分転換に神龍できるならそっちの方がありがてぇ。』
こいつは相当『神龍アポクリファ』にはまってしまっているようで、これまでに課金した額は数知れない。その上、自習を口実に送り迎えの時間を授業から1時間もずらしているものだから、スマホを取りあげられた今でも毎日ギルド討伐に参加している。と言っても、2回中1回は授業中らしく参加できないようだが。
『そう言えば海人の親も試合見に来るの?』
とボウが俺に水を向ける。いつもの調子で俺の名前を誤変換してくるので、少しぶっきらぼうに『海人じゃなくて海斗だ。』と返した。殺すぞと付け加えるかどうか少し迷ったが、ケンジがいる手前やめておくことにした。
というのも、俺が小学校低学年の時、『海人』と名前を間違えられたせいで軽くいじめられたことがあったからだ。
俺は転校生だった。転入すると最初にするのは自己紹介だ。それはどこの小学校でも同じ。煩わしい慣習だ。だが煩わしいからと言って避けて通ることは出来ない。俺はその慣習に倣って皆の前に立ち、自分の名前を言おうとしたその時だった。信じられないことに、担任の教師が間違えて黒板に『黒崎海人』と書いたのだった。それで済めば、単なる面白くない笑い話だ。しかし最前列に座った頭の悪いクソガキが、下の名前を『カイジン』と読んだのだった。それもクラス中に聞こえるような大声で。
『カイジン』、なんと嫌な響きだ。特に戦隊モノにはまっていた当時の俺からすれば『怪人』ほど呼ばれたくない綽名はなかった。しかし俺の思いに反し、その『カイジン』という綽名がクラスを超えて学年中に広がり、教師までもが『カイジン君』と呼び始める始末。ひとが嫌がっているのにも関わらず、だ。
もの覚えの悪い俺だが、未だにあの頃を思い出すし、あの教師を恨んでいるし、『海人』という2文字も当然憎んでいる。
『お前いつもそれで怒ってるよな。変換しようとするといつもこれが出るってだけで、別に俺が悪いわけじゃないのにさ。』
そんな俺の気を知らないで、ボウはいつものようにそんなコメントを寄越しやがるのだった。「頭の悪いクソガキとはお前のことだぞ、クソが。殺すぞ」という言葉が口まで出かかったが、心の中で毒づくだけにとどめた。
こいつはいつもそうだった。他の奴らはちゃんと空気を読んで、間違えないように気を遣ってくれている。しかしこいつだけはいつまで経っても直さない。注意したところで、悪びれもしない。
俺はなんでこんな奴と仲良くやっているんだろう。自分でも時々不思議に思う。
『それでお前の親は来るの? 来るんだったら挨拶しておきたいんだけど。小さい頃はよくお世話になってたし。』
『来ない。そもそも明日試合あるって言ってないし。』
『どうして?』
と、それに食いついてきたのはケンジだった。
『ほら、うちの親、過保護だからな。居ても鬱陶しいし、それにどうせ試合には出ないし。』
もう中学生なのにまるで小さい子供を扱うかのようにあれこれと世話を焼こうとするし、余計なお世話だと言えば子供のように癇癪を起こす。そんな母親を試合に呼んで恥をさらしたくなかった。
『イケもカイトも、親を大切にしなよ。』
真横からケンジの溜め息が漏れ聞こえてきた。
家に帰ってくるなり俺は自室へ直行した。母の「おかえりなさい」という言葉は当然無視だ。もう慣れたのか、さすがに「おかえりなさい」を無視したくらいでは癇癪を起こさなくなった。だが油断していると、何かの拍子にグチグチ言いだすから要注意だ。
俺は鞄をベッドに放り投げると、机の上のノートパソコンを開いた。音もなく画面に光が灯り、デスクトップが表示される。それから俺は慣れた手つきでブラウザを開くと、お気に入り欄から『神龍アポクリファ』のマイページに飛んだ。
『神龍アポクリファ』は、PC・スマホ両対応と謳ってあるが、実際のところスマホよりもPCの方が圧倒的に推奨されるブラウザーゲームだ。なぜなら、メインイベントであるギルドバトルをスマホでやろうとすると、あまりにも処理速度が遅すぎて1つの行動にPCの倍以上は時間がかかるからだ。30分という制限の中でこの遅れはあまりにも手痛い。更に俺のスマホは二つのアプリを同時に開こうとすると、先に開いていた方が強制終了してしまうし、再起動に1分は掛かってしまうため、何かの片手間にというのも難しい。必然的にPCからの参加になってしまう。
というわけで俺はPCを開いているわけである。
数秒のローディングの後、マイページが表示される。そこには自分のキャラクターやステータス、メールボックスやイベント告知など色々なリンクが貼ってあった。
スマホへ移植し易いようにしたためか、ゲーム画面は細長いし、リンクの配置はスマホ版と全く同じである。空白を埋め合わせるようにメイン画面の左右に申し訳程度の絵が飾ってあるが、いつまで経っても変わり映えはしない。ただの手抜きである。ゲームが面白いから別にどうだっていいことなのだが。
俺はページ最上部に位置するメールボックスのアイコンをクリックし、新着メールを確かめる。メールなし。その瞬間、バナーに表示されたデジタル時計が19時を指した。ギルド戦開始の時間だ。俺はギルド戦のページに飛び、戦いに参加した。
俺が作ったギルド《甲羅》は4人のメンバーで構成されている。ギルドマスターの黒崎かい斗こと俺、サブマスターの裂固、エース兼参謀の赤い稲妻、特攻隊長のWENY。このうちギルドマスターとサブマスター、エースの3人が3役と呼ばれ、ギルド内で《3役権限》という重要な権限を持つのだ。
どのような権限かと言うと、3役を除くギルドメンバーに対して除名と役職変更が出来る権限だ。
このゲームでギルドから除名されるというのは大きな意味を持つ。というのも、このゲームは1度ギルドを抜けると、2度と元のギルドへ戻ることができないからだ。すると切る側は慎重にならざるを得ず、逆に――除名にしろ脱退にしろ――ギルドを抜けた人間は外部の人間から「人間性か何かに余程問題があるのではないか」と疑われることになる。過去にはランキング上位のギルドのメンバーが、操作ミスで脱退ボタンを押してしまった結果どこのギルドにも拾ってもらえずゲームから引退したという事態もあった(とは言っても、普通は受け入れ先をマスターが斡旋しようとするので、そう言う悲劇は稀だが)。開発者は傭兵行為を禁止しギルドの結束を固める意味でそうしたらしいが、プレイヤー側からすれば面倒極まりないシステムだ。
また、3役はお互いに対しても除名を要求することが出来る。その場合、3役の『除名を要求されなかった側』に承認・不承認を確認するメールが届き、そのメールに表示される承認ボタンを押すと、見事除名が決定するという具合である。たとえば、ギルドマスターがサブマスターに対して除名を要求した場合、エースのメールボックスに承認・不承認を確認するメールが届く、といった感じだ。
その方法でギルドマスターの除名が決定した場合、除名を要求したプレイヤーが次のギルドマスターになる。ギルドマスターとして上手く運営できる自信のあるプレイヤーのみがギルドマスターに石を投げよ、ということだ。
《3役権限》以外にも、3役はそれぞれ特別な権限・義務を持っている。
ギルドマスターは基本的にギルドの創設者であり、ギルドに対して与えられた報酬をメンバーに分ける権限と、サブマスターが不在の時、サブマスターを任命する義務がある。5日以上任命しなかった場合、エースが自動的にサブマスターを拝命することになっている。
サブマスターは、名前の通りギルドマスターのサブであり、ギルドマスターが脱退した時にギルドマスターを拝命するという権限を持つ。結構よく起こることらしく、ギルドマスターのアカウントがBANされたり引退したりしてサブマスターがギルドマスターになったという話も何度か聞いたことがある。また、ギルドマスターから無理やり任命された時のために、サブマスターは3役を除くメンバーにサブマスターを任命する権限も持つ。
エースは他の2つに比べ少し特殊だ。というのも、ギルドマスターとサブマスターを除く最も初期戦闘力の高いメンバーがエースになる、という流動的な役職なのだ。だから元々の役職との兼任ということも多く、うちのエースたる赤い稲妻も参謀という役職と兼任している。つまりエースは、別の役職を兼任することができる、という権限を持つのだった。
さて、3役以外の役職ははっきり言ってお飾りだ。役職がついていれば個人の依頼を少し優位に進められるぐらいである。それ以外の特別な権限は何も持たない。WENYについている特攻隊長という役職も、それの一つである。役職同士に貴賎はあるが、ほんの小さな差である。もっともWENYはそのことをわかっていないようで、特攻隊長という肩書にえらくご満悦のようだが。
19時のギルド戦は予想外の接戦となった。
『神龍アポクリファ』はガチャで手に入る《魔導書》カード20枚を組み合わせて作られたデッキを使ってレイドを討伐するゲームだ。《魔導書》カードには1枚毎に3種のスキルと4種のステータスが記載されており、20枚分の全ステータスの合計が自身の初期戦闘力となり、スキルはギルド戦で使うことができるのだ。とは言っても多くのスキルには回数制限があるので、どのタイミングでどのスキルを使うかがかなり重要になってくる。
その戦いの間、俺はアタッカーとして行動していた。というのもメインアタッカーの赤い稲妻はいないし、裂固は支援特化だし、そしてWENYはいつも作戦通りに動かない置物だ。
だから俺がアタッカーをやるしかないし、どちらかと言えば支援型に属する俺には不本意な立ち回りではあった。ただ、3人の中でアタッカーに1番適しているのもまた事実だった。
そんな感じで支援を裂固に任せ、自分は前衛に立って必死に攻撃し続けていた。しかし俺は本職のアタッカーではない。気づけば相手との差は2倍以上ついていた。
残り時間もあと1分を切っていた。相手も勝利を確信しているのか、妨害はしてこなかった。
――これは負けたな。
相手の舐めたプレイングに腹立ちながらも、俺自身諦めながら『攻撃スキル』を放ったその瞬間だった。
1:2の割合で劣勢に傾いていたダメージゲージの境目が、ちょうど真ん中にまで到達した。
リザルト画面はギルド《甲羅》の勝利を告げていた。
「どういうことだ!?」
何が起こったのか瞬時には理解できなかった。だが、戦況履歴を見てようやく合点した。10%の確率で発動する『威力アップスキル』が5個同時に発動したのだ。そして、それによって1つのスキルから爆発的なダメージが生まれたのだ。それも、俺が今まで出したことのない程の高ダメージだったのだ。
元々6個しか入れてなかったうちの5個。それはあまりにも低い確率で起こった奇蹟だった。
確率の女神は寛容だ。諦めた者にも微笑みかける。
俺は心の底から喜んだ。相手のギルドの人まで「おめでとう」と祝福の声をかけてくれる。
これだから俺はこのゲームをやめられないのだ。自分の力でギルドの逆境を跳ね返す喜び。過去の自分を超え、成長する喜び。そしてそのための試行錯誤。それらがたまらなく楽しいのだ。
そして俺は思い出した。昨日の赤い稲妻とのチャットを。
『そんな中途半端なデッキにしないで、いっそのことアタッカーになればいいのに。』
俺のデッキは、アタッカーとしても支援系としても動ける、器用貧乏なデッキだった。
スキルには相乗効果があり、明確なコンセプトに従ってスキルを揃えた方が強いので、支援系へ完全に寄せた裂固や、攻撃系へ完全に寄せた赤い稲妻に比べると弱いと言わざるをえない。ただ、このゲームでは支援が攻撃以上に重要なのもまた事実だったのだ。
『1人のアタッカーにつき支援系は最低二人欲しいから、そう言うわけにはいかねえ。そしてお前はデッキを変える気がねえだろ?』
『そりゃな。俺のデッキは完璧なまでに完成してるし、変えるつもりは一切ないぜ。まあ、新しいカードが実装されて手に入ればまた別だけどさ、どうせ2カ月は課金できねえしな。』
赤い稲妻が変える気ないのであればアタッカーになってもしかたない。その時はそう思っていたのだ。だが、今の自分のデッキで、これ程までのダメージを出せる可能性があるなら話はまた別だった。
これを機に攻撃系のデッキに変えてみるか。デッキを作りかえるのもまた楽しみの一つだった。
俺は攻撃系のカードが出ることを願って無料ガチャを回すことにした。
このゲームには有料ガチャとは別に、無料ガチャというものがある。ギルド戦の個人報酬で無料のガチャチケットが手に入るのだ。新しいカードは手に入らないが、古いカードであれば理論上どんなレアリティのカードでも手に入れることが可能だ。もっとも確率に愛されていればの話だが。
天から10冊の本が降ってくるというアニメーションが流れ、そしてその中の一冊である金色の本が開かれた。それはなんと有用な攻撃系スキル持ちの《魔導書》だったのだ。
俺は嬉しさのあまり、急いでデッキ編集ページを開き、変更ボタンをクリックした。
しかしデッキの変更をすることは出来なかった。そしてページの最上部に赤い文字で『ギルド戦開始1時間前から終了後10分まで、ギルド戦に関するいかなるギルド情報も変更できません。』との警告文が表示された。ギルド戦で使われるサーバーの関係で、そういうシステムになっているのだった。それを完全に失念していた。
俺は高鳴る胸を鎮めながら、時間が過ぎるのを待った。
新デッキづくりは難航を極めた。
スキルが大切なこのゲームで、スキルを基準にコンセプトのあるデッキを構築するのが基本だ。たとえば、裂固は支援系のスキルを集めた支援特化デッキ、赤い稲妻は攻撃系のスキルを集めた攻撃特化デッキという具合に。強い奴は皆それぞれ何かしらの方針を持ってデッキを作っている。ただ、1つのスキルが有用でもそれ以外が微妙というのが少なくない。その辺をどう上手く組み合わせるか考えなければならないのだった。
だけどここでWENYのように思考放棄をしてはいけない。向上心を失くすくらいならゲームなんて辞めた方がマシだ。
WENYは『オススメデッキ』という初期設定のデッキのまま、ずっと思考を放棄しているのだった。
『オススメデッキ』というのは、常に初期戦闘力が最大になるよう自動的に作り上げられるデッキのことである。持っているカードの中から、ステータスが高いカードを上から順番に20枚分組み込まれたデッキ。一見無難そうに見えるが、ことスキルが重要なこのゲームにおいては全くオススメできない。今まで何度も注意してきたのだが、WENYはそれでも変える気がないらしい。単に考えるのが面倒くさいのだろうが、それじゃあ一体何のためにこのゲームをしているんだと問い詰めたくなる。
初期戦闘力は赤い稲妻の次に高いが、ギルド戦では完全に足手まとい。おまけにWENY本人はそれを勘違いしてギルドで2番目に強いと思い込んでいる節がある。赤い稲妻はそもそもカードの種類が豊富で、その中からスキルを基準に厳選して、それでもあれだけ初期戦闘力が高いのであって、スキルも何も考えなしに強いカードを放りこんでいるWENYとはそもそも根本的に違うのだ。
俺はギルド戦で勝ちたかった。勝ちを目指すことでこのゲームを楽しみたかった。だから作戦にも従わず、ゲームの本質を理解しようとしないWENYのその態度に、日々苛立ちを募らせていた。そして今みたいに「向上心を失くすくらいならゲームなんて辞めた方がマシだ」と自分に言い聞かせ、デッキ構成を真剣に考えるのだった。
デッキを変更し終わった俺は、溜まった個人依頼をこなしながら21時になるのを待っていた。そしてあと10分で次のギルド戦が始まるというその時、玄関から「ただいま」という声が聞こえてきた。父が会社から帰ってきたのだ。そして、それに続いてリビングの方から「海斗、ご飯よ」という母の声も聞こえてきた。
俺はいつも通りその声を無視した。今メシを食えばギルド戦の開始には確実に間に合わなくなるからだ。ただ、無視したら無視したで面倒なことになるのはわかっていた。
数分して、背後でドアの開く音が鳴り響いた。またか、と思いつつ振り返ると、部屋の入り口で母が仁王立ちしていた。
「ご飯よ」
「今忙しいから後で」
「忙しいって何が? どうせゲームでしょ?」
「21時からやらないといけないことがあんの」
「せっかく作ってあげてるのに、何よその態度。そんなに嫌ならもう作ってあげないよ?」
何度も聞いたその売り言葉。しかしそれが実行されたことは一度もなかった。
「自分で作るからいいよ」
俺がパソコンの画面を見つめながらそう言うと、母はドアを乱暴に閉めてリビングへ戻っていった。
相手にされていないことにようやく気がついたのか、このぐらいのことでヒステリーを起こすことはなくなった。だが、あとで食べに行った時、食器を乱暴に洗いながらグチグチグチグチと小言を漏らしてくるのは確実だった。
そうやって邪魔者を追い払うと、ちょうど21時、ギルドバトルが始まった。意気揚々としながらギルド戦のページに飛ぶと、今度はさっきと違い裂固が参加していなかった。
19時と同じように苦戦すると思われたが、相手も同じく3人だったためさほどでもなかった。条件が同じなら綿密に作戦を練っているこっちの方が当然強い。俺と赤い稲妻は作戦通りに連携することで相手の行動を上手く妨害した。また途中からは裂固も参加し、支援がスムーズに回ることでエースアタッカーの赤い稲妻が高いダメージを叩き出し、俺も二番手のアタッカーとしてそれなりにダメージを与え、難なく勝つことが出来たのだった。
そしてその対戦が終わった時、1つの小さな事件が起きたのである。
ギルドには、ギルドメンバーに随時発信できるチャットがある。大抵は作戦の確認やガチャの戦果報告、「お疲れ様」などの挨拶にしか使わないのだが、まあ何を発信するかは個人の自由だ。
そこにWENYがこう書きこんだのだ。
『赤い稲妻も海人もよくあれだけのダメージを叩き出せるな~やっぱりいいカードを持っている人は違うね~俺にもそのぐらいの運があればなー無料ガチャも全部回したけど、カスしか出ないし、本当についてないわ。』
こいつは自分が活躍出来ないのをカードのせいにしているのだ。
俺の中で流石に堪忍袋の緒が切れた。
『作戦通りに動けっつってんだろ! そうすれば活躍出来るって俺、何度も言ったぞ! せめて前衛に出てステータスアップ受けろ! それがこのゲームの基本だって何回も言ってるだろ!』
『いや、だってレイドの攻撃が怖いし、それで気絶するかも知れないし……。』
『それに耐えるためにステータスアップするんだろ! そもそもそんなすぐに気絶しねーから! つーかもうちょっと頭使えよ!』
色々な鬱憤が積み重なった結果の暴発だった。ギルド創設時、威圧的に従わせることはしまいと心に決めていたのだが、いくらなんでも限界だったのだ。
俺は鼻息を荒くしたままノートパソコンを閉じてしまおうとしたが、その時ゲーム内メール受信の通知音が鳴った。メールボックスはマイページからでないと確認できないので、俺は深く溜め息を吐きながらマイページへ飛んだ。どうせ頭にきたWENYからの文句だろうと高をくくっていたが、差出人は裂固だった。
『苛々するのはわかるけどあんまりキツイこと言うのやめなよ。ゲームなんだから、WENYだって楽しみたくてやっているんだし。ギルドの雰囲気を悪くするのだけはやめてね。』
俺だってあいつのためを思って言ってやったのに、それが理解されていないのだった。
俺は奥歯を噛み締めながらノートパソコンを乱暴に閉じた。
苛々は募るばかりだった。
1度苛々し始めると、どんどん悪い出来事が重なっていくものだ。
翌朝、平日と変わらない時間に起きた俺は、制服を着て部活鞄を持って家を出ようとした。しかしドアノブに手をかけたところで、起き抜けの母に呼びとめられる。
「どうしたの? 朝ご飯はいらないの?」
何も知らない母は素っ頓狂な声を出した。急いでいる俺は苛々しながら答えた。
「いらない。試合があるから急いでんの」
「今日試合があるなんて初めて聞いたんだけど。……どこでやるの?」
「来なくていいって。どうせ出ないから」
たとえ出たとしても足を引っ張って醜態を晒すだけだし、とまでは言えなかった。
だが、母はこっちの気も知らないで執拗に聞いてくる。
「どうせ1日中家に1人なわけだし、行くわよ。どこなの?」
「だから来るなって言ってんだろ!」
俺はそう吐き捨てると家を飛び出した。
最悪な1日になる予感がしていた。――そして、その予感は見事に的中した。
朝早くから登校したにも関わらず、会場設営が終われば13時までは特にやることはない。俺は部室でスマホを弄りながら『神龍アポクリファ』の個人依頼をこなしたりして時間を潰していた。昨日あんなことを言ってしまったから、怒ったWENYが脱退してるかもしれないなどと少し心配していたが、特にそういうこともなく、ギルド《甲羅》は昨日のギルド戦の時と何一つ変わってなかった。
「カイト、ウォームアップ始まるよ。早く来いってさ」
13時になって部室にケンジが呼びに来た。俺は慌ててスマホを鞄に仕舞いこむと、部室の鍵を締め、走ってケンジのあとをついていった。
そこからはただひたすら退屈な時間だった。バスケに対する向上心を失った俺は、疲れないように身体を動かして、観たくもない試合をじっと観てるだけ。せめてソシャゲでもして時間が潰せればいいのにと思えど、そんなことが許される雰囲気ではない。実際、3年生の引退が掛かっているのだ。試合を前にして誰1人席をはずしたりすることはなく、誰もが目の前のことに集中していた。
そして15時50分、試合が開始した。
試合はお互い1歩も引かないシーソーゲームの様相を呈していた。と言うものの、相手の選手は入れ替わり立ち代わりで選手を温存しているのに対し、こちらは徹頭徹尾スターティングメンバーで押し通していた。だからだろう、最終クォーターになる頃には選手の疲労が目に見えていた。それでも選手達は気力でコートに立ち、スコアの均衡を崩すまいと奮闘していた。そして迎えた残り3分、1点差、エースが相手選手2人を抜き去り見事に逆転のレイアップを決めた。「さすがエース」とチームが喜んだのも束の間、彼は着地に失敗して転んだのだ。
すぐに立ち直したが、相手チームの速攻には間に合わず、再び1点差に戻されることになった。この時コーチは何も異変を察知していなかった。ただ転んだだけだろう、と。しかしスローインされたボールを彼が取りこぼした時、コーチはようやく異変を察知し、慌てて立ち上がり審判にタイム・アウトの申し出をした。そしてタイム・アウトが受理されたのは、ボールを相手に奪われ、シュートを決められたちょうどその時だった。
どうやら足を攣ったらしい。エースは足を引き摺り、涙を流しながらベンチに帰ってきた。3点差、残り40秒、エース不在。絶望的な状況だった。
その時、ケンジがベンチから立ち上がった。そしてコーチに向かって頭を下げた。
「最後の試合になるかも知れません。お願いです、試合に出させてください」
コーチは半ば諦めているようだった。
最後の40秒、2回連続で得点しなければ逆転はない。しかしエースが不在で3年生は俺とケンジの2人しかいないこの状況、果たしてそれが出来るのか? いや、できないだろう、と。
「わかった。最後の試合だ。思い出を作ってこい」
そしてコーチは俺の方をちらりと見た。俺はコーチからすぐに目を逸らしたので、俺の名前が呼ばれることはなかった。
コートに入ったケンジの動きはぎこちなかった。ウォームアップもろくに出来ていなかったからか、それとも下手だからか、あるいはその両方か。スローインでパスをもらおうにも、相手のマークを全く剥がせておらず、仕方なしに打ち出されたパスは当然カットされてしまった。ああ、言わんこっちゃない。その時の俺はそう思った。
ボールを手にしたらもう向こうのものだ。当然持ち時間の24秒をフルに使ってパスを回そうとする。俺らのチームはなすすべなくボールがリングに跳ねるのを見るしかなかった。そして、相手チームがリバウンドを取る。これで持ち時間のリセット。本格的に逆転の目が無くなったと誰もが思ったその瞬間だった。
リバウンドを取ったインサイドがパスを放った。そのボールにケンジが喰らい付き、カットしたのだった。
そこからケンジの反応は早かった。残り5秒、ケンジはがむしゃらなドリブルでゴールへ向かい、スリーポイントラインで止まってジャンプしたのだ。
ボールがボードを跳ねてリングの中に入るのと、ゲーム終了のブザーが鳴り響くのは同時だった。
「スリーポイントか!?」
コーチのそんな叫び声が響き、全員審判の方に目を向けた。
しかし無情にも、審判が降ろした指の本数は2本だった。
ケンジの目には、他のチームメイトと同じように涙が浮かんでいた。
延長戦に突入していたら『神龍アポクリファ』のギルド戦に間に合わなくなるのではないか、とヒヤヒヤしていたがそれは杞憂に終わった。
会場の片付けが終わると、パーカーのポケットにずっと入れっぱなしだった鍵を握りしめ、急いで部室に戻った。3年生で唯一試合に出なかったという疎外感があり、チームメイトと一緒に居たくなかったからだ。今まで同類だと思っていたケンジとは、特に。
部室で着替えていると、ケンジ達が談笑しながら入ってきた。もうすっかり気の置けない仲間といった風情だった。
しばらくの間雑談に興じていたケンジは、朝からずっと部室に放置していた鞄を手に取った。ようやく着替えるのかと思いきや、そうではなかった。
「ねえ、記念にこの6人で写真撮らない?」
ケンジは鞄からスマホを取り出し、ロック画面から直接カメラアプリを開くと、後輩にスマホを渡した。その時、完全下校時刻のチャイムが鳴った。いつものように、大音量で俺らを急かす。だが今日は休日、特別な日なのだ。平日の校則は何の力も持たなかった。6人はチャイムなどお構いなしに撮影会を行った。俺は苦虫を噛み潰したように顔を顰め、鞄を肩にかけて部室を出た。
ミーティングがあるので先に帰るということもできず、俺は苛々しながら外でチームメイトを待ち続けた。
家に着いた時には、あと5分で19時になるといったところだった。俺は急いで部屋に入ってノートパソコンを開く。こんな時に限ってシャットダウンしていることに苛つきながらも起動ボタンを押し、無意味にマウスを連打しながらデスクトップが表示されるのを待ち続けていた。
何と言っても、このゲームは立ち上がりが大切だ。相手より先にステータスアップを行い、相手より優位に立ってから妨害を始めるのが有効な戦術なのだから。開始時間には1秒でも遅れたくなかった。
しかしデスクトップが表示されるのと同時に、時計は19時を指した。俺は焦りを募らせながらブラウザを開き、いつものように『神龍アポクリファ』のページに飛んだ。そして19時1分、俺はギルド戦のページに滑り込んだ。
開始には遅れたがどうやら1番乗りのようで、まだ誰も参戦していない。珍しいこともあるもんだ。俺は呑気にステータスアップの下準備を始めたが、しかし5分ほど経ちようやく事態の異常さに気がついた。いつもなら開幕時から参加しているWENYでさえ、5分経った今もなお参加してきそうな気配がないのだ。それから俺はもっと大きなことに気がついた。よくよく見るとギルド名が《甲羅》から《黒崎かい斗》に変わっているのだ。
ギルド名にアカウント名が表示される。――それはつまり、どのギルドにも属していないことを意味していた。
何かの悪戯なのではないか? あるいは誰かがギルド名を勝手に変えたのだけなんじゃないか? そんな僅かな希望に縋ってギルドページに飛んでみたものの、そこには自分のパラメーターが示されるのみだった。
つまり俺は、知らない間に《甲羅》のギルドを辞めさせられていたということだった。
「おいちょっと待て、一体どういうことだよ!」
あいつらの内の誰かが、俺を除名したのか? だとすれば一体誰が除名要求をしたんだ? そして誰が承諾して、そしてそれはどうしてなんだ?
俺は混乱しながらも、しかし頭の中で可能性を1つずつ消していった。そして、1つの答えを見つけ出した。
まだ開始10分も経っていないが、ギルド戦をやっている場合ではなかった。俺は答え合わせのためにメンバー募集掲示板のギルド検索で、《甲羅》のページを探し出した。
《甲羅》の所属人数は3人に減っていた。そしてギルドマスターは――。
そこには俺が想定した通りのアカウント名が記されていた。
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