第419話 呂布の最期

「この大耳野郎が!兎耳野郎の悪人め!!いつか俺が轅門えんもんの戟を射て助けた恩を忘れたか!!」


 呂布は劉備を睨みつけた。

 その睨みに、劉備は目を逸らさず見つめ返した。


 劉備と呂布。


 これから先を生きる男とこれから先を生きぬ男。

 一歩道を間違えればその立場は逆であったかもしれない。


 曹操は陳宮の死に際に涙を見せ、劉備は呂布の死に際に涙を見せた。

 冷静であろうと、冷酷であろうとしていた彼であったが、やはり同族の最期には感情が溢れた。


(悔しい事この上なし。)


 先程、躊躇ためらいなく呂布を殺すように進言した彼とは思えぬ涙であった。

 そして、喚き散らす同族を目にしながら、劉備は新たな決意をした。


(もし・・・もしこの先、彼と同じような・・・自分と同じ本質を持った人物を見つけたならば・・・その時は・・・その時こそは必ず導く。)


(絶対に、彼と同じ道は歩ませない。)


(義に厚く、真に自分に近い仲間ともを作ってみせる。)


 溢れ出る涙で視界を歪ませながら、劉備は処刑台に連れて行かれる呂布を見つめた。


 英雄と奸雄


 両者は、今、互いに並び立ち、互いの宿敵の処刑を見つめることとなった。



 暴れる狂狼の首を刎ねることは不可と判断した曹操は、彼を縛っている縄をさらにきつく締め上げさせ、首に縄を結びつけると、無理矢理高台へと引き連れさせた。


「呂布よ。最期ぐらいおとこを見せたらどうだ?天下の英雄の名が泣くぞ。」


 曹操は曹操の義を最後まで彼に与えた。


 英雄を侮辱しない。

 英雄に無様な死を与えない。


 彼の信義の言葉を受けた呂布は、ついに観念したのか、暴れるのを止めた。

 そして曹操、劉備の二名に顔を向けると、


「曹操。貴様とは最後まで相容れなかったが、この呂布に死に方を教示してくれたことだけは感謝する。」


「そして劉備。貴様は・・・いや、これ以上は言うまい。」


「―――さらばだ。」


 呂布は高台よりその身を投げた。


 落下の衝撃により首に巻かれた縄は締まり、首の骨は折れて、彼は即死した。


 これが呂布の最期であった。


 波乱の人生を送った呂布の最期のときであった。



 『飛将軍 呂布奉先』

 天下無双、三国最強、並び立つ者他になし。

 武という一点にかけては、誰もが羨む美しさを発揮した彼であったが、智という点にかけては、誰もがさげずむ醜さを発揮した。

 呂布の人生は時代がそうさせたとはいえ、裏切りの人生であった。

 そして、最後は味方の裏切りによってその生涯を閉じたのであった。


第十六章 完

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