第411話 過去より未来である

 目を覚ますと、そこは見知った天井であった。


「・・・・・・」


 背が痛む。

 罪による罰を受けた彼の背は、ズタズタズタタンズッタタタンである。

 治療はされているが、痛みはすぐには引かない。

 そしてまた、心の痛みは長く、生涯に渡って残るだろう。


「おおっ!侯成!大丈夫か!!」


 寝ていたしょうより身を起こし、辺りを見渡していると、彼の仕事仲間 兼 親友である魏続ぎぞく宋憲そうけんが見舞いに来た。


「・・・いや、大丈夫ではない。」


 彼らの言葉に、侯成は首を横に振り、そして、一筋の涙を流した。


「・・・痛かろう?苦しかろう?」


「ああ。しかし、俺も武人だ。この涙は」


「言うまでも無し!お前の気持ちは良くわかる!我らは常日頃より何事もへだてなく接してきた仲だ!言葉に出さずとも、お前の涙の訳ぐらいわかる!!」


「そうだ!そうだ!!」


 魏続は侯成の左肩を、宋憲は侯成の右肩をバシンッ!と叩いて彼の気持ちを汲んでやった。

 叩かれた衝撃で彼の背に痛みが走ったが、それは彼にとって、何モノにも代えがたい嬉しい痛みであった。


 その後、彼らはいつものように腹を割って話し合った。

 そして、見舞いに来た二将は、


「呂布将軍は我々のことをあくた(=ごみ、ちり、作者)の如く軽んじている。」


「にもかかわらず、妻妾さいしょう媚言びげんには他愛なく動かされてしまっている。」


「このままでは我々は犬死にしてしまう。」


「・・・どうだ、侯成? このまま、我らと共に、曹操の軍門に降らんか?」


 と、常々より思っていた本心を侯成に打ち明けた。


「・・・・・・」


 親友二人の言葉に侯成は少し戸惑いを見せた。


『呂布将軍には恩がある。』


 一時でも下邳かひの城を自分に任せてくれた自分への信頼感。

 一時でも自分を重く用いてくれた自分への重用感。

 一時でも・・・


 過去を振り返れば幾多もの恩がある。

 しかし、今現在受けた仕打ちを考えると、その恩は全てまやかしの様に思えてきた。


(過去より未来・・・か。)


 充分に恩を返し、充分に彼に尽くしてきた自負が彼にはあった。

 そして何より、心の痛みが彼を裏切りの道へと進めた。


「・・・よし。お前たちの言う通り、曹操の軍に降ろう。」


 迷いを捨て、決意を固めた侯成は親友二人と共に、裏切りの準備を始めたのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る