第392話 ヒトを信じること

 ここ数日、目立った戦は無く、矢戦による静かな戦を続けていた両軍であったが、ここで何を思ったのか、曹操自身が二十騎あまりを連れて城壁近くまでやって来た。


「もちもち~呂布君いる~~?」


 城中への呼びかけに、呂布は城壁の上よりヒョコっと顔を出した。


「俺を呼ぶのは何者か?」


 彼の返事に曹操は、


「何だチミはってかぁ?そうです、私だ、曹操孟徳です。ははははは。」


「―――と、まぁ冗談はさておき、今や君の強敵きょうてきとなった私だが、君と私は本来なんの仇があろうか?」


「『強敵ライバルではなく強敵とも』」


「そうあるべきはずの我らが、何故このような醜い争いをしてしまっているのか。君も良く分かっているはずだ。」


 と、彼をゆるりと諭し始めた。


「―――呂布君。君が近頃、淮南の袁術と手を組もうとする不穏な動きをしているとの情報を私は掴んだ。」


「・・・嘆かわしい。実に嘆かわしい、変態的行いだ。」


「袁術という偽帝に尻尾を振り、天下の賊に成り下がろうとしている稀代の英雄を、私は見棄てることなど断じて出来ない。」


 曹操の軽やかな論説に、呂布は沈黙していた。


「・・・・・・・・・」


 河の流れは音もなく、肌身に触れる風は穏やかで、はためく旗は静かに揺れている。


 曹操と呂布。


 ―――彼らの間には一筋の矢も飛ばなかった。


「私は信じている。君が正邪の見極めがつかぬほど愚かな男ではないことを。」


「私は信じている。君がこの戦の勝敗が見えぬほど愚かな将ではないことを。」


「私は信じている。君が自身の命の重さを理解できぬほど愚かな人間ではないことを。」


「―――私は君を信じている。」


 呂布は曹操の言いたいことが分かった。

 優しくて、易しくて、やさしい戦の終わらせ方を曹操が述べているのが呂布には分かった。


『降伏しろ。』


 その言葉を直接口に出さない彼の恩情に、呂布の心は揺らいだ。


「・・・曹丞相。一刻の猶予をこの呂布にかし給え。城中の者とよく商議して、使者をつかわさせて頂く。」


 事実上の降伏発言とも取られかねない言葉。

 この言葉に、彼の横にいた忠臣は飛び上がったのであった。

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