第322話 別れは唐突である

 曹操が暗闇を進んでいると、


「父上・・・父上ではありませんか!」


 と、闇の中より声が上がった。

 見るに、声を上げた人物は、曹操の長子『曹昂そうこう』であった。


「おお!お前も無事であったか!!」


 曹操の声に、曹昂は馬より降りて彼に近づいた。


「ええ、父上も無事でなによりです。」


「うむ!・・・して、他の者たちは?」


 曹操の問いに曹昂は首を横に振り、


「・・・逃げるので精一杯でしたので分かりませぬ。」


 と、無念の表情を浮かべ、その悔しさを露わにした。


「そうか・・・。しかし、お前だけでも」


「!? 父上!危ない!!」


 再会の無事を祝う暇もなく、曹操に向かい、数本の矢が放たれた。

 そして、その矢に感づいた曹昂は、身を盾にして曹操に矢が刺さるのを防いだ。


「曹昂!!」


「ぐっ!? ち、父上・・・父上だけでも逃げて下され・・・あなたの命があれば、いつでも味方の無念は晴らせます。私に構わず逃げ延びて下さ・・・れ・・・ガクッ。」


 曹昂は死んだ。

 父の目の前であっけなく死んだ。

 再会して数分しか経っていなかったであろう。

 父と子の最後の別れは唐突で、現実のモノとは思えぬ儚さであった。


 曹操は自分の拳で自身の頭を強く打って悔やんだ。


「こういう長子を得ながら、私は何たる愚かな親なのだろう。・・・戦場に咲いていた花に見蕩れて大樹を枯らすなど、面目次第もない。しかも、その罪を子が受けるとは・・・許せ!曹昂!!」


 曹操は謝罪の言葉と共に我が子を馬の鞍のわきに乗せ、自身も馬に飛び乗った。

 そして敵兵に囲まれる前に、素早く窮地を脱したのであった。

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