第249話 嘘と真を見抜くこと

 エサによって二虎を争わせるという『二虎競食の計』を実行するため、曹操は帝に

 詔勅しょうちょく(=皇帝が公に意思を表示する文書)を乞うていた。


 今や帝は彼の言いなりである。


 帝は曹操の願いを断ることが出来ず、彼の願い通りに詔勅を書き上げた。

 そして、曹操は徐州に勅使を送り、劉備と呂布を争わせようとしていたのであった。



「うっ!?」


 徐州にて、勅使から渡された詔勅(正確には曹操からの密書)に目を通した劉備は声を失った。


『徐州の太守として正式に認められたくば、呂布を殺せ!』


 血の気が引く恐るべき恐怖の内容。


「んなの無理ですよ!出来ないですよ!ダメですよ!勘弁して下さ~~い!!」


 とは言えない。

 少なくとも、今、目の前にいる帝の代理人である勅使にいうことは出来ない。


(とりあえず今は従う姿勢を見せるしかない。)


 劉備は勅使に心無い言葉で返事を返した。


「わかりました。良く考えさせて頂きます。」


「うむ。帝は良い返事をお待ちかねですぞ。・・・ではでは、用も済みましたので、拙者はこれにて失礼いたす。バハハーイ!!」


 勅拝の式を終えた劉備は、勅使を別室へと送ると、自身は静かに平常の閣へと戻ってきた。


 苦い、あまりにも苦い表情である。

 そんな劉備の表情を見て、義弟二人が心配して声をかけた。


「・・・兄者。どうかなさいましたか?」


「朝廷から面倒な任務でも与えられましたか?」


 二人の尋ねに対し、劉備は無言で詔勅(密書)を手渡した。


「「・・・うっ!?」」


 詔勅を見て、劉備と同じ反応をする二人。


「呂布を殺せと?」


「その通り。」


 関羽の問いに抑揚なく答える劉備。


 劉備と関羽。二人の表情が一層曇る。


 しかし、二人の表情とは裏腹に、張飛の表情は晴れ晴れとしていた。


「ええじゃないか!ええじゃないか!殺しましょう~!!」


 普段より呂布の事が気に食わなかった張飛は詔勅の内容に大いに賛成していた。


「呂布は『義』に欠ける凶勇。それに奴は、いつ爆発するかわからん爆弾のようなモノ。そんな彼を殺してしまっても問題ありませんよ。」


 実に直情的な張飛らしい答えに、劉備は思わず苦笑いした。


「張飛。お前の言い分もよくわかる。・・・しかし、呂布は頼むところがなくて、私に頼ってきた窮鳥きゅうちょうだ。それを殺すは飼禽かいどりくびるようなもの。玄徳こそ、『義』のない人間だと世間はいうだろう。」


「・・・しかし、兄貴。帝の勅令であれば、やはり殺しても問題は・・・。」


「・・・ふっ。これが本当に帝からの勅令であればな。」


「???」


「わからぬならばそれでよい。・・・この問題、少し考えさせてもらおう。」


 張飛は気づいていない様であったが、劉備と関羽はこれが曹操からの密書であることに気付いていた。


 乱世において『嘘』と『真』を見抜く目は必須である。


 張飛はその後も、「呂布を討つべきだ!」と主張したが、劉備は勅令に従う色を見せなかった。

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