第238話 選択肢を間違えない

 『曹操上洛!!』


 程なくして、曹操もまた、大軍を率いて洛陽へと上って来た。

 朱い鎧を身にまとい、一糸乱れぬ行軍の中央に彼は構え、無人の荒野を進むが如く、大地を踏み鳴らして洛陽へと入城した。


「あれが曹操か・・・。(ヒソヒソ)」


「なんと凛々しい・・・。(ボソボソ)」


「あらっ!いい男!!・・・。(ペロペロ)」


 曹操は真のカリスマであった。

 身に纏うオーラ力は人々の目を自然と奪い、彼らは日輪を仰ぐように彼の姿に見惚れていた。

 しかし、曹操はおごらなかった。

 人々から感心の目を向けられても、彼はそれを鼻に掛けなかった。


(自分はあくまでも帝の臣下である。)


 帝の御前でも、帝からのお許しを得るまで、彼は身を高くすることをしなかった。

 荘重さを崩すことなく、威風堂々とした面持ちで、彼はいたずらに殿上を踏まなかった。


「曹操よ。遠路はるばる良くぞ参ってくれた。朕は嬉しく思うぞ。」


 献帝が曹操に礼を述べると、曹操はこう奏上した。


「この地に生を授かったからには、この地に恩を報ぜんとするのは当然のことにございます。」


「今日、殿下に召され、大命を拝受されたことは、本望これに越したことはございません。」


「この曹操がついた限り、不心得者は一歩たりとも近づけませぬ。」


「旗下一同、皆、同じ気持ちにございます。」


 彼の宣言に万歳三唱が起こり、洛陽は久々に明朗になった。



 一方此方は悪徳連合軍。

 曹操の登場により、賊軍のレッテルを貼られることになった李傕、郭汜の両名は、気が気ではなくなっていた。


((なんで、どうしてこうなった?少し前まで官軍だったのに・・・どうしてここまで落ちぶれた?))


 自業自得とはまさにこの事である。

 人を思わぬ心が自分の身に跳ね返り、彼らは身を亡ぼしつつあった。


((・・・こうなれば戦じゃ!戦しかない!曹操軍を叩きのめし、帝を手中に収めるほか、道無し!!))


 二人の意見は一致していた。

 もう一つある選択肢を完全に排除して、彼らは戦を焦っていた。

 そこへ、謀臣の賈詡かくがもう一つの選択肢を選択すべきと忠言した。


「御二方、曹操を甘く見てはいけませぬ。曹操の元には優れた文官や武将が大勢おります。このまま戦っても勝ち目はありませぬ。下手に戦い敗れれば、己を知らぬ愚か者と、後世の笑いものになるでしょう。・・・御二方、ここは兜を脱いで、降伏すべきかと・・・。」


 正論・・・ド正論である。

 しかし、苦い。あまりにも苦い忠言であった。

 現実を突き付けられた二人は発狂した。


「こ、降伏しろだと・・・降伏することが幸福だというのか・・・。」


「ふ・・・ふ、ふ、ふ、ふざけるなーーーーー!ああああああーーーーー!ふざけるなーーーーー!」


「誰が降伏などするか!我らは降伏などしなーーーーい!なぜなら!我らは今の己の力に絶対的な自信を持っているからだーーーっ!!」


「降伏を進言する貴様は反逆者だ!斬れ!こやつを斬ってしまえ!」


 二人は斬ってしまえと、賈詡を場外へと叩き出したが、彼の同僚が懸命に命乞いをしたので、


「ええい!うるさい!わかった!こやつの命は助けてやる!しかし、以後、我らに対して無礼な真似は許さんぞ!!」


 と、怒鳴りつけ、賈詡に謹慎を命じた。

 しかし、その夜。

 両名に完全に見切りをつけた賈詡は、陣を抜け出して、そのまま行方をくらましたのであった。

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