第170話 絶纓の会

 『絶纓の会』とは楚国そこく荘王そうおうの話でございます。


 ある日、荘王は楚城で宴会を開いて、諸将たちの日頃の労をねぎらいました。


 やがて宴もなかばに差し掛かった時、風がピュー!っと吹き渡り、宴席の燈火を全て消してしまいました。


「ありゃりゃ?火が消えてしまったのう。この暗闇では何も見えぬ。・・・しかし、これもまた風流であるな。・・・皆の者、このまま宴会を楽しむとしよう。」


「「わーーい!」」


 荘王を筆頭に、宴席に集まった諸将たちは燭台に火を灯すことをせず、暗闇の宴会を楽しむことにしたのです。


 ところが、酒に酔った1人の武将が暗闇に乗じて荘王の寵姫ちょうきの唇を盗んでしまいました。


 その時、寵姫はとっさに武将の冠の飾りをむしり取り、荘王の元へ逃げました。


 そして、寵姫は泣きながら声を震わせ、荘王に武将を罰するように訴えました。


「荘王様。暗闇になったことをよいことに、誰かが私の唇を盗んでいきました。早く燭台に火を灯して下さいませ。冠に異常がある者が下手人です。」


 寵姫の訴えを聞いた荘王は何を思ったのか、ケラケラと笑い、寵姫の訴えを退けてしまいました。


「皆の者、聞いてくれ。今、我が寵姫がつまらぬ訴えを起こした。こういった楽しい宴席でのいたずらはよくあること。よって、わしはその罪を咎めたりはせぬ。それよりも諸公の皆がそのようにくつろいで宴会を楽しんでくれていることを嬉しく思う。」


「これからは、より無礼講で宴会を楽しもう。皆、冠を取るが良い。」


 荘王の命令により諸将たちは冠を外しまったので、寵姫の機知も空しく、誰が彼女の唇を盗んだ下手人なのかわからずじまいとなりました。


 その後、荘王は秦との大戦で大軍に囲まれ絶体絶命の大ピンチに陥りました。


(あ~あ、これでわしも死ぬのか・・・残念。)


 と荘王が完全に諦めたその時、1人の勇士が馬を走らせ敵を蹴散らし、全身傷だらけになりながら荘王を助けたのでございます。


 荘王は身を捨ててまで自分を救ってくれた勇士に礼を述べ、彼に問いかけました。


「何故ここまでして私の命を救ってくれたのだ?」


 すると手負いの勇士は、


「そ、それがしは楚城の宴席で寵姫の唇を盗んだ者にございます。・・・荘王様、あの時はありがとうございました。おかげで恥をかかなくて済みました。最期に恩を返せてなによりです。」


 と言ってニコッと笑って死んだとのことでございます。



――――李儒は絶纓の会の話を終えると、董卓に呂布を許すように再度彼を諭した。


「いうまでもなく、その武将は荘王に恩を感じ、命を賭してその恩に報いたのでございます。この話を世間では『絶纓の会』と申して世に伝えております。・・・太師もどうか荘王のような態度で呂布を許してやって下さいませ。」


 李儒の話を黙って聞いていた董卓であったが、彼の締めの言葉に大きく頷き、


「・・・わかった。呂布を許すとしよう。もう怒らん。」


 と述べ、呂布の罪を許すことにしたのであった。

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