第145話 襄陽の戦い(孫堅の最期) その九
穏やかな風が吹く夜の荒野に馬の蹄の音が鳴り響く。
音を鳴らしているのは襄陽城を抜け出した呂公率いる騎馬隊である。
彼らは、今、袁紹に救援を求めるべく、城外に敷かれた孫堅軍の包囲網を突破しようとしていた。
パカラッ!タララッ!カララッ!ドララッ!ポカラッ!バララッ!ピロンッ!パロンッ!チャリンッ!ピロリロリ~ン♪ピロリロリ~ン♪ピロリロリ~ン♪
彼方より聞こえてくる軽快な馬蹄の音を聞いた孫堅軍の見張りたちは、音を鳴らす集団へと近づき、集団を止めようとしたが、見張り兵たちは皆、その集団に斬り捨てられてしまった。
その騒ぎの音は孫堅の耳にも入った。
「むっ!? 今の音は何だ!!」
騒ぎを聞いた孫堅が現場に駆けつけると、そこには5人の見張り兵たちが血に塗れて倒れていた。
それを見た孫堅は、
「今の馬蹄の音は敵のものであったか!!・・・皆の者!敵が脱出したぞ!私に続け!!」
と声を出して馬に飛び乗り、真っ先に呂公率いる騎馬隊を追いかけて行った。
あまりにも急な命令であったため、すぐに孫堅について行けた者は3、40騎しかいなかった。
しかし、孫堅はそんなことを気にすることなく馬を走らせ、逃げる敵兵を追って峴山へと登って行った。
「来たぞ、来たぞ!孫堅軍が追いかけて来よった!!」
追いかけて来る孫堅軍の姿を見た呂公は「計画通り!」と、すぐに隊を率いて断崖の上へと移動して、岩石を積み重ね、追手が来るのを待ち構えた。
しばらくすると、崖上より馬の影がちらほらと見え始め、それと同時に兵たちの罵り声が聞こえてきた。
「おうおうおうおう!殺せ!奴らを殺せ!!」
「山の上から引きずりおろして、地中に死体を埋めてやるぜ!!」
「ハ~イキング!ハ~イキング!ヤッホーイ!ヤッホーイ!」
ワウワウワーオ!と数多くの罵り声が山に響く。
その中には孫堅の声もあった。
「敵は山上に逃げたに違いない!皆の者!気合を入れて登れ、登れ!!」
孫堅軍に弱兵はいない。
彼らは足場の悪い山道をなんのその、勢いよく山を駆け登って行き、呂公隊が待ち構える崖まで歩を進めた。
その様子を崖上より見ていた呂公は、「今が好機!」と部下たちに両手を振って合図した。
呂公の合図とともに積み上げられた大小の岩石が崖の上より落下する。
それに気づいた孫堅が、
「しまった!!」
と叫んだ時には既に手遅れであった。
岩石は、孫堅を含めた3、40騎の兵士たちの頭上に降りかかった。
兵たちは岩石から逃れようとしたが、崖上より逃げ道に矢が放たれ、彼らは逃げることが出来なかった。
兵たちは次々と頭上より降り注ぐ岩石に潰され、ペチャンコになっていった。
そして、ひときわ大きな岩石が、孫堅の頭上に降って来た。
孫堅は頭上を見上げた。
頭上を見上げた彼の眼には大きな岩石と遥か彼方より大地を照らす三日月が映っていた。
孫堅は眼に映った三日月が、笑みを浮かべる人の口元の様に見えた。
(今夜は三日月であったか・・・天も愚かな私を笑うのか。)
孫堅がそう思った瞬間、彼は乗っていた馬もろとも岩石に潰された。
孫堅は首より下を岩石で潰され、その上は岩石よりわずかに出ていた。
初平2年11月7日の夜。
孫堅、37歳の最期であった。
『江東の虎 孫堅』
武勇に優れ、勇猛果敢な孫堅を、皆は『江東の虎』と褒め称えていた。
しかし、復讐に駆られた後の彼は、勇猛な『江東の虎』ではなく、蛮勇な『野生の虎』であった。
単なる野生の虎になってしまった彼は、復讐の責に潰され、虎の敷物のような最期を迎えたのであった。
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