第32話 張角の最期

 劉備軍は張宝軍の残党を7日ほどかけて殲滅した。

 川は血で赤く染まり、山は山火事となって真っ黒コゲとなっていた。


 大勝を収めた劉備は堂々とした態度で朱儁のもとへと帰還した。


「ただいま戻りました。結果は早馬の通り、張宝およびその残党は殲滅しました。」


「おうおう。よくやってくれた。お主たちはやれば出来る男。そう信じておった私の目に狂いはなかった。そうだ。私の采配が正しかったのだ。うんうん。」


 朱儁はさも自分の手柄のように劉備一行を出迎え、彼らを手厚くもてなした。

 朱儁だけでなく、官軍の体質というものを嫌というほど知った劉備たちは朱儁の態度を受け入れ、特に何も言うことなく宴会に参加した。


 宴会を楽しんでいる劉備たちに一報が届いた。

 それは衝撃的な内容であり、黄巾の乱の終焉を述べた報であった。


「申し上げます。黄巾党の首領こと天公将軍 張角が病没。また、曲陽きょくようにいた張角の弟 張梁は董卓・皇甫嵩将軍の両名の活躍により討ち果たしたとのことです。」


「何っ!!・・・ということは黄巾賊共の反乱は・・・。」


「これにて終了ということになるかと・・・。」


 座は静まり返った。

 あっけない幕切れであった。

 張角・張宝・張梁の3名がほぼ同時期に死亡したのだ。

 これはすなわち、戦の終わりをつげるものであった。




 すこし時間が遡り、張角の本営にて


 張角は病に伏せていた。

 2人の弟の死が張角に精神的な負荷を与え、病を重くしていた。

 太平要術を使って作り出した符水の効果もなく、張角はただ死を待つのみとなっていた。


「張宝と張梁が死んだ・・・。もう私には誰もいない。何もない。」


 自らの死を悟った張角は本営の幕舎ばくしゃにて1人床に伏せていた。


 そこに懐かしい人物が現れた。

 その人物は張角に太平要術の書を渡した人物。南華仙人であった。

 夢か幻か。張角は目の前に現れた南華仙人と会話を始めた。


「久しぶりだな糞ニート。」


「あの時のジジイ。・・・今さら何の用だ。」


「わしは忠告したはずだぞ糞ニート。太平要術の使い方を間違えると天罰が下ると。・・・お前には期待しておったのだがな。」


 南華仙人は目を細め残念そうに張角を見つめた。

 しかし、そんな南華仙人の姿を見て張角が笑った。


「嘘つけよ。本当は期待通りの結果だったんだろ?ジジイ。あんたの目的は天下を乱すことだ。そして、それを実現するために太平要術の書を私に授けたんだ。違うか?」


 張角の問いかけに南華仙人は意外そうな表情を浮かべた。

 張角は南華仙人の返答を聞かずに話を続けた。


「・・・私は天下が憎かった。私は、自分は他の誰よりも優秀な男だと思っている。傲慢だとか自意識過剰だとか、何と言われようが私は他の誰よりも優秀だと思っている。」


「でも認められなかった。役人になるための地方試験に私は失敗した。自分よりも劣っている人物の手によって落とされた。それが悔しくて堪らなかった。」


「そして長いニート生活を経て、私はこう思うようになった。『こんな天下など滅びてしまえ』とな。」


「そして、ジジイ。気分転換に出かけた山であんたと出会った。そして、渡された太平要術を読んで私は天下を支配する力を手に入れた。」


「私は喜んだよ。神になった気さえした。いや、今でも私は自分のことを本当の神だと思っている。あんたの思惑通りの『かませ犬』だとしても、新しい世界を創造するための『神』だと思っている。」


「ジジイ。あんたが現実にいる人物なのか夢なのか、はたまた私が作り出した幻影なのか、それはわからない。そんな、あんたに一つ言いたいことがある。」


「・・・感謝している。おかげで腐った人生を輝かすことが出来た。間違えた方法でも、他人から永遠に批難されようとも、それでも天下のために、先の世のために役立つことが出来た。・・・南華仙人殿。感謝している。」


 南華仙人の策。それは、世に恨みを持つ人物をそそのかし、今の天下を乱すこと。

 そして、乱れた世で新たな天下を創造する英雄を育てること。

 それが南華仙人の策であった。


 策を実行するため、腐りきった世を正し、新たな世を築くための犠牲となる人物として選ばれたのが張角だった。

 そんな南華仙人の策に優秀な張角は途中で気付いたが歩みを止めなかった。

 ニートから神に転職できるなら満足だった。


「・・・糞ニートが老人を泣かすではない。」


「初対面の時のお返しだ。・・・では後は真の英雄たちに任せて私は眠るとしよう。・・・さらばだ。」


 これが張角の最期であった。

 南華仙人は張角の最期を見届けるとフッと姿を消した。



 『天公将軍 張角』

 大変賢く優秀であったが、運に恵まれず、間違えた方法で天下を良い方向へ導こうとした人物。

 そんな彼は自分のことを『大賢良師』と称していた。

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