第22話 譲り合いの精神を持つべき

「誠見事なり。」


「ありがとうございます。」


 官軍の将である曹操からのお褒め言葉を頂いた劉備は馬から降り、地に足をつけると頭を下げた。


(こういう時はとりあえず頭を下げれば大丈夫だろう。頭を下げられて気分を悪くする人はいないだろうし。)


 劉備がすぐに自分に対して頭を下げたのが功を奏したのか、曹操は威圧感溢れる堅苦しい表情から一変して笑みを浮かべた。


「丁寧な返答もまた見事なり。」


 今度は曹操が劉備に対して頭を下げた。


「劉備殿。この戦の勝敗は決した。この戦を指揮したお主が勝鬨を上げるがよい。」


 その言葉を劉備の背後で聞いていた関羽と張飛は驚いた。


 官軍はいつも劉備たちのことを見下していた。

 それは露骨な態度で示す時もあれば、上から目線の冷ややかな視線で見下すこともあった。

 しかし、今目の前にいる曹孟徳という人物は違った。

 曹操の言葉使いは上から目線と言えばそうなのだが、彼の言葉には敬意がこもっていた。

 今まで会った官軍たちの上辺だけの敬意の言葉とは違う、本物の敬意の言葉がこもっていた。

 関羽と張飛はそう感じた。だから驚いたのだ。

 もちろんこの男も顔には出さなかったが驚いていた。


(このような人物が官軍の中にもいるんだな。)


 曹操の威風堂々とした態度に尊敬の念を抱きながら劉備は答えた。


「いえ、ここは曹操殿が勝鬨を上げるべきです。私のような義勇軍の将ではなく官軍の将が勝鬨を上げた方が味方の士気も上がりましょう。」


 劉備の謙遜した言葉を聞いて曹操は


「それはいかぬ。この勝ち戦は貴公の手柄だ。貴公が勝鬨を上げるべきだ」


 と言って互いに譲りあった。


「いえ、曹操殿がやるべきです。」


「いや、劉備殿がやるべきだ。」


「結構です。曹操殿がやるべきです。」


「断る。劉備殿がやるべきだ。」


「いえいえ。ご謙遜なさらずに。さあ曹操殿。勝鬨を上げて下さいまし。」


「それはならん。劉備殿。お主が格好よく勝鬨を上げるがよい。」


「だから私は結構だって言ってるじゃないですか。曹操殿がやって下されば済む話ですよ。」


「それを言ったら劉備殿がやれば済む話であろう。グチグチ言ってないでさっさと勝鬨を上げるがよい。」


「何故そこまで断るのですか?曹操殿・・・もしかして自信が無いのですか?」


「い、いや別にそんなこと無いし!っていうかやってやってもいいけど!そしたら劉備殿の手柄横取りしたみたいで嫌だし!だから早くやれよ劉備殿!」


 互いに喧嘩腰になり始めた時に劉備が妥協案を出した。


「ならば一緒に勝鬨を上げるというのはいかかでしょうか?」


「うむ。それはよい。では共に勝鬨を上げようぞ。」


 劉備と曹操は互いに並ぶと兵士たちに向かい剣を掲げた。

 彼らの合図とともに「えいえいおー!」と3度、鬨の声が上がった。

 劉備と曹操も満足したようで互いに納得した表情となっていた。


「劉備とやら。本当に見事な作戦であったぞ。またどこかの戦場であった際にはよろしく頼む。」


「こちらこそよろしくお願いします。」


「よし!ではさらばだ!」


 曹操は颯爽とその場を立ち去った。

 立ち去る後ろ姿を見て劉備はこう思った。


(・・・あの人まじめに見えて中身は意外とアホだな。)


 素の曹操はどこか間の抜けた人物であった。

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