第37話 新しい日のために
そして、事件は終わった。
外では雀がチュンチュンと鳴いている。
いつも通りの日常の朝が来た。みかは半分夢の中にいながら、布団から体を起こした。
階段を降りてリビングへ行く。
テレビを付ける。ニュースでは宇宙人のことが話題になっていた。
あの事件がきっかけとなって、地球人と宇宙人の交流が活発となっていった。
普段のみかなら飛び上がって興奮するところだが、今のみかにはそれより大きな思いがあった。
チャンネルを変える。それはゆうなが見ていたロボットアニメだった。
「ゆうなちゃん……」
みかには友との別れが辛すぎた。
戦いの間は気が張り詰めていてそれを気にする余裕もなかった。
だが、戦いが終わり日常に戻ってきたことで、徐々に友を失った悲しみは大きな痛みとなってみかに襲いかかってきた。
「ゆうなちゃん……!」
みかの目から大粒の涙がこぼれる。
そんな娘の様子を、ちはやは静かに見守ることしか出来なかった。
みかはまた人間の友達を作らない子になってしまうのだろうか。これから学校も始まるというのに。
その時、玄関のピンポンがなった。
「はあい」
まだ迎えの時間には早いのにと思いながら、ちはやは外へ出て行った。
玄関先で待っていたのはけいこだった。
「おはよう、けいこちゃん。今日は早いのね」
「みかちゃんのことが気になったから……みかちゃんの様子はどうですか?」
「相変わらずよ。いえ、昨日よりも悪くなっているかもしれないわ」
「そうですか……」
けいこは少し迷いながらも、考えてから言った。
「みかちゃんは……シャリュウ大師のようになるんでしょうか」
「何を言い出すの突然!」
ちはやは心からの驚きに目を見張った。けいこは落ち着いて言葉を続けた。
「あの人のやったことは許せることではありません。でも、今ならあの人の気持ちが分かる気がするんです。長い時の中で多くの大切な人達との別れを繰り返してきたら、ああなってしまうのかなと……」
「けいこちゃん……」
「でも、みかちゃんはそんなシャリュウにも夢を見せた。生きる希望をわずかであっても取り戻させたんです。だから今度は……」
けいこは決意して顔を上げた。
「わたしがみかちゃんを取り戻す!」
「みかちゃん、おはよう!」
「けいこちゃん、もう来たの?」
「みかちゃん……」
みかは元気がなかった。
そこには世界を救った少女の気高さは微塵もなかった。
けいこは静かに腰を下ろし、みかと一緒にアニメを見る。
「けいこちゃん、わたし……わたし……」
「いいんだよ。みかちゃんはもういっぱい頑張ったんだから。だからこれからはわたしを頼ってよ。わたし達は友達なんだから」
「うわーーーん!」
涙を流すみかを、けいこは優しく抱きしめた。
「いってきます」
「いってらっしゃい。みかのことをお願いね」
ちはやに見送られ、みかとけいこは一緒に学校に行く。
「みかちゃん、ほら。雀さんが飛んでるよ。あ、そこにアリさんが行列を作ってるよ」
けいこが話題を振っても、みかはもう前のように喜んだりはしない。
「あ、そうだね」
ただそう呟くだけだ。
みかを喜ばせるにはもっと大きな話題が必要なようだ。けいこは思い切って切り札を出すことにした。
「今日、学校に宇宙人の留学生が来るんだって!!」
「へえ」
「どんな人なんだろうね。友達になれるといいよね!」
「うん」
「みかちゃんのおかげなんだよ! みかちゃんが頑張ったから、宇宙人さんが友達になったんだよ!!」
「でも、ゆうなちゃんが……ゆうなちゃんが……」
みかはまた泣きそうになってしまう。けいこは力強くみかの手を引っ張った。
「早く会いたいよね! 走ろう!!」
けいこに手を引かれ、みかは走って学校へ行く。
教室へ入り、やがて朝のホームルームが始まる。
「俺が担任の浅見和博だ。みんなもう先生の名前は覚えてくれたかな。今日は外国からの留学生を紹介するぞー。外国といってもただの外国じゃない。なんと宇宙からの留学生だ!!」
先生が合図すると、ドアが開き、その留学生が入ってくる。
みかは期待に顔を上げたが、すぐに顔を伏せた。
「おお! 宇宙人だーーー!!」
「すげえ! 本物だーーー!!」
みかに代わって教室のみんながざわめきだす。
その喧騒にみかが加わっていないことを、けいこは寂しく思って見つめていた。
宇宙人は性格の几帳面さが滲み出ているような字で、黒板に自分の名前を書いた。
「宇宙から来た宇宙一郎です。これからみなさんと一緒に勉学に励んでまいります。よろしくお願いします!」
教室のみんなから歓迎の拍手と声が飛ぶ。担任の浅見先生は辺りを見渡してから言った。
「席はそうだな……平口の前が空いてるな」
「ここはゆうなちゃんの席だよ!!」
みかの叫びに教室が一瞬にして静かになる。
先生も呆気に取られていたようだが、やがて気を取り直していった。
「そうか。そうだったな。兵藤は今日は休みなのか?」
先生は取り乱した様子のみかではなく、けいこに聞いてきた。
けいこは迷ったが、言うことにした。
「ゆうなちゃんは実は……」
言いかけた時、教室の扉が勢いよく開き、黒い影が飛び込んできた。
その大きな音にみんなの注目が集まった。
「ごめん……遅くなった……!」
みんなが驚き、けいこも驚いた。
いつも静かで落ち着いていた少女が、慌てて息を切らしている様子にも驚いたが、ただ単純にそこに存在していることにも驚いた。
だから、思ったことを口にする。
「どうしているの?」
「いたら変だった?」
息を落ち着かせながら、いつものぶっきらぼうな口調で言う。
けいこは思わず吹き出してしまった。
「あはは、いつものゆうなちゃんだー!」
不思議そうに首をかしげる彼女に、驚きに硬直していたみかが席を蹴って飛びついていく。
「ゆうなちゃーーーん!」
抱きしめ、頬をこすりつける。
「ゆうなちゃんだ! 本物のゆうなちゃんだー! でも、どうして!?」
「うん、お母さんがみかちゃんのところにいなさいって言ったから。みかちゃんはきっと絶望するから、そのあきらめるまでの様子を見てなさいって」
「わたしは何もあきらめないよ!」
みかは心からの歓喜の声をあげる。さっきまではあんなに沈んでいたのに現金なものだ。
けいこはほっと安堵の吐息をつく。そして、始めてシャリュウに感謝した。
みかは強い。だが、その強さは同時にひどくもろいものだ。
次こそは自分がみかを支えてみせる。絶望なんてさせない。そう決意して、けいこも友達のところへ向かっていった。
「もう! わたしがみかちゃんを元気付けようと思ってたのに、ゆうなちゃんずるいよ!」
「ずるい?」
「ううん、ずるくないよ! おかえり、ゆうなちゃん!」
「ただいま」
そうして騒ぐ三人を見つめながら、先生はため息をついた。
「お前ら……今日は遅刻にしないから、早く席につけ」
「仲が良いんですね。僕もみんなと仲良くなれるように頑張ります!」
宇宙一郎がそう言うと教室にどっと笑いが起こった。
みかはゆうなを抱きしめていた手を緩め、恥ずかしそうにみんなを見る。
そうして、みか達の新しい日が始まったのだった。
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