第27話 受け継がれる意思
周囲を暗闇が包んでいる。何度も見たことがあるその光景。
みかはそこで向かい合っていた。自分と同じ顔をしたあの少女と。彼女が手を差し出してくる。
「今こそわたしと完全に一つとなるのよ」
「わたし、ゆうなちゃんを助けなきゃ」
「大丈夫、彼女はもう助かったよ。ほら」
少女が指で指し示す。離れた空間に浮かぶ幻影。ゆうなが人間に戻っている。みかは安堵に胸を撫で下ろした。
「そうか、よかった」
「さあ、わたしの術を受け入れなさい。新たなる世界へ旅立つの。クスクスクス」
「みか! 騙されるな!」
「え!?」
みかが彼女の手を取ろうとしたまさにその時、どこからともなく飛来した光がみかの周囲を取りかこんだ。まるで悪の手から守ろうとするかのように光はみかの周囲で回転し、浮遊している。
光の向こうでみかに似た少女がかすかに後ずさる。
「魔道士の意思か」
どこか憎々しげな口調で呟く。
光から言葉が少女に向けて放たれる。それはみかの知っている、魔道士達の意思だった。
「シャリュウ大師! おやめください! どうか、この娘を連れていかないでください!」
「お前達の意見など聞かないわ。役立たずとなった老僕どもめ」
「シャリュウ大師……どうかせめて本当のお姿をお見せください。我らの最後の願いをお聞き届けください」
「うるさい。わたしの邪魔をするな」
「大師……みか、我らが間違っていた。どうか許してくれ」
「魔道士さん達」
「我らの力を受け取ってくれ」
みかの周囲を舞っていた光がみかの体を包み込む。みかの中で何かが目覚めようとしていた。みかの中の魔法の力、魔道士達の魔法の知識が合わさっていく。
魔道士達の心の声が響いてくる。みかの心に暖かい流れとなって触れてくる。柔らかく純粋な想いとなって染み入るように伝わっていく。
「みか、魔法は決して忌むべきものではない。自分の中にある魔法の力を愛してくれ、そしてこの世界に光を、我らが末裔、平口みかよ」
「ご先祖様……」
魔道士達の意思が離れていく。みかの中に最後の想いを託して。
みかは目を開く。体の内に知識と力が溢れてくるのを感じる。魔道士達の想いが今自分に受け継がれたのだ。
みかは毅然とした態度で暗闇に立つ自分と同じ姿を睨みつけた。
今なら分かる。あいつの本性が。
「シャリュウ大師……ずっとそうやってわたしの心に干渉してきていたんだね。何年も、何年も」
どうしてこいつを自分と思っていたのだろう。この暗闇の少女は大師の作った幻なのだ。
みかは心に浮かぶままに魔法を唱え、暗闇の中にそのか細い右手を振り上げた。みかの手に光が集まり、その手の先に純白の魔法の杖が出現する。
これこそ魔道士達と自分の想いが交わった結晶体。時空を超えて受け継がれた大いなる魔術の象徴と言える物。
「光の杖!!」
みかはその杖をしっかりと握り、ただ想いのままに言葉を紡いだ。
「消え去れ! 過去の悪霊め! ミカマジカルフラッシュ!!」
みかが杖を振り、呪文を唱えるとともに杖からほとばしる光が暗闇を照らし出す。
すぐ間近に立つ大師の造った幻影を消し去り、周囲の暗闇の中をどんどん侵食するように広がっていく。
「っ! そこだ!」
みかは場を支配する力を感じた方向を目掛けて今度は光を集束させて飛ばした。光条がある一点を目指して飛び進んでいく
暗闇の中を一定の距離を飛び越え、輝く光の線は何かにぶつかって不意に止まった。
その光を止めているものは一枚のカードだった。当たっている光が暗闇の中からそのカードの全景を引きずり出し、さらにそのカードを持っている人物の色白の手と服の青い裾を照らし出す。
「お見事です、みかさん」
赤い瞳が光り、暗闇に立つその人物のカードを持つ手が軽く振られた。一筋となって伸びていた光がいとも容易くちぎれ、かき消されていった。
「お前が!」
みかは緊張に息を呑み、涼やかに立つその人物の姿を睨みつけた。
暗闇の中を艶やかな銀色の髪が音もなく揺れている。みかより少しばかり年上の少女と思える体躯をどこか和風を思わせる装いで包み込み、清楚とも邪悪ともつかない雰囲気を漂わせている。
その幻想的ながらもどこか不吉な予感を感じさせる少女は顔立ちのいい表情を不機嫌に歪め、みかの言葉に答えることもなく赤い瞳で暗闇を睨みつけた。
「魔道士達め、余計なことをする。まあいいですわ。あなたが今よりもっとわたくしを楽しませてくださるというのなら」
「楽しむなんてそんな場合じゃないよ! みんなの怒りを今こそ思い知れ!」
「それはここがどういう場所か分かって言っているのでしょうか?」
少女の姿をとった大師はすっと目を細め、みかを試すかのような口ぶりで言ってくる。その様子はどこかしら楽しんでいるようでもあった。
みかは一瞬呆気にとられてしまった。
「え?」
いったいこの場所がなんだというのだろうか。
「ここは生と死の狭間の世界。あなたがわたくしの術を拒むということは、あなたは自力でここから脱出しなければいけないということです。今ならまだ遅くありませんわ。わたくしの手をとりなさい。素晴らしい世界へ連れていってさしあげますわ」
「ふざけるな! わたし達はもうお前なんかに騙されない!」
「馬鹿な子。もっとも、だからこそ可愛いとも言えるわけだけど。行くなら急ぎなさい。早くしないとわたくしのスカルデーモンとアルティメットジャッカルがあなたの帰る場所をなくしてしまいますわよ。クスクスクス」
不吉な笑い声を残し、少女の姿が暗闇に溶け込むように消え去る。
と同時に空間が不気味にうごめき出した。大師の固定していた生と死の狭間が活動を再開したのだ。
「急がないと……わたしの中の魔法の力よ、どうか脱出の道を教えて!」
みかは精神を集中する。そんな彼女の体を暗闇から現れ出た亡霊の手が掴みにかかってくる。みかを死の世界に引きずり込もうとしているのだ。
みかの脳裏に一点の光が閃いた。
「見えた!」
地獄の亡者を魔法の光で散らし、みかは自分の信じるその道を飛び進む。
急がなければ、急がなければ。
「くっ!」
意識にかげりが生じ始める。生と死の狭間の世界。そこは存在するだけで著しく精神を消耗するのだ。
大師のように死を操る術に長けているわけではないみかには対処のしようがない。だが、自分の選んだ道は間違ってはいないはずだ。
帰るのだ。光の世界へ。
しかし、薄れていく。
「けいこちゃん、ゆうなちゃん!」
みかは自分を待つ友の姿を思い浮かべ、その世界を目指し羽ばたいた。
天空に広がる骸骨の悪魔の手の中で、みかを包み込む紫の球体が不規則に動いている。大師の術が妨害されているのだ。おそらく魔道士達の意思によって。
「みかちゃん、どうか戻ってきて」
「みかちゃん……」
けいことゆうなは必死に空に向けて祈っている。みかが戻ってくるようにと。強く強く。
外では二体の魔獣達と宇宙警察の激しい戦いが繰り広げられている。みかの母も戦っている。
ジョーは彼女達が集中できるようUFOを戦線から少し離すことにした。
それでも安心出来るわけではないけれど。
二体の魔獣達はあまりにも強く、素早い。いつ飛び掛ってくるかは分からないのだ。
大師はうなっていた。空間が低く鳴動していく。
『誰かがみかを呼び戻そうとしている。お前達か!』
黄色に輝く瞳がジョーのUFOを捉えた。それと分かるほどの殺気が空間を飛び越えてジョーの元へ迫ってくる。
『見つけたぞ、小ざかしいムシケラどもめ! セラべイク! デアモート! 雑魚は後回しだ、そのUFOを落とせ!』
二体の魔獣が不気味な目を向ける。ジョーは文字通り身の毛がよだってしまった。
「冗談じゃない。あの化け物が二匹がかりかよ」
たったの二体で宇宙警察のUFOをまとめて手玉にとるほどの恐ろしい魔獣達なのだ。その牙が今度は自分に狙いを定めて襲ってくる。普通なら気が狂ってもおかしくはないだろう。だが……
「俺はヒーローだからな。上等だ! やってやるぜ!」
ジョーは覚悟を決めた。むしろこちらから飛び掛るつもりで操縦桿を強く握る。もう誰にも負けられないのだ。何故なら自分はみんなの期待するスーパーヒーローなのだから。
だが、その時だった。
「邪魔だ! どけ!」
どこかで聞いたような罵声とともにどこかで見たようなUFOが後ろからすっ飛んできたのは。
ジョーのUFOをかすめ、二体の魔獣に向かっていくそのUFO。それはずっと自分の追いかけてきた相手、捕まえて締め上げたいと思っていた宇宙人。ジョーは様々な思いをこめて叫んだ。
「てめえ! 俺を出し抜きやがったな!」
「フッ、誰かと思えばわたしを追いかけてきた能無しか。あいつはわたしの獲物だ! 雑魚は引っ込んでいろ!」
ジョーに素早くどなりつけ、指揮官は今度は二体の魔獣に向けてUFOからミサイルを発射した。予期せぬ突然の来訪者に二体の魔獣がひるみを見せる。
指揮官のUFOはそのまま一気に大師の目の前まで接近した。あの時、戦場で見た骸骨の顔を指揮官は冷静ながらも怒りの目でスクリーン越しに睨みつけた。
「お前の掛けた術がどうやらわたしをこんな場所まで引き釣りこんでくれたらしいな。うかつだぞ、シャリュウ! そしてもっとうかつなのが……」
『あの時の男か。お前に掛けた術はとっくに切れたはずだが、見上げた執念というべきか』
「復活させ利用したのがこのわたしだったということだ! 今こそ、この我らの怒りをしれ!」
『愚か者め! 俺に逆らった報いをしれ!』
骸骨の口から発射される炎が指揮官のUFOを包み込む。
『ワハハ! 燃え尽きよ!』
高笑いする大師。UFOは突っ込んでいく。指揮官の思いをまとうかのように赤く燃えて。大師の気配が変わった。
『何故落ちぬ!』
「馬鹿者め! 俺たちはもう死んでるんだよ!」
『そんなことは。ぐおおおう!!』
赤く燃えるUFOはそのまま大師の口の中へと飛び込んでいった。
そこは禍々しい魔力の渦巻く暗黒の海。この骸骨の化け物自体が実体の無い巨大な魔力の生み出した産物なのかもしれない。だが、そんなことは指揮官にとってはどうでもいいことだ。
目の前の相手を倒す。彼にとって今はそれだけのことだった。
『ぐうう、まさか、これほどの、恨みの念を持っていたとは……強い、思いが、俺の、いや、シャリュウ大師の術を……』
「くたばれ! 化け物め!」
指揮官は自爆スイッチを押した。万感の思いとともに熱い炎が広がっていく。これで全てが終わるのだ。
間違った死後の人生も、自分を侮辱した骸骨野郎も、消え去るのだ。全ては静寂の塵へ。元あった場所へ還る。
視界が様々な色に染まっていく。吹き荒れる爆風。燃える炎。渦巻くうなり。
「きれいだ……」
『ぐわああああああああああ!!』
骸骨の化け物は黒い雲となって吹き飛んでいく。
「思い知ったか、あはは。わたしを馬鹿にするからそうなるのだあ!」
空虚な空間に投げ出され、笑いながら落ちていく指揮官。その瞳に突然に何かの機械の巨大な姿が映った。
「なんだ、あれは」
薄れゆく意識の中、指揮官は賢明に目を凝らした。
おそらく金属質の砲塔と思われる部分が向けられてくる。エネルギーの収束に光が集まっていく。
「そうか、最後まで負け続きというわけか」
指揮官は悟った。すでに働きを失いつつある頭脳で自らの敗北を。
だが、もう悔いはなかった。
一矢を報いたのだ。それで十分ではないか。
後は一刻も早く死んだ部下達のもとへ行ってやろう。
「放っておくと何をしでかすか分からない奴らだからな」
消し飛ばされる最後の瞬間まで、指揮官は笑っていた。
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