第26話 みかを助けるために
その頃、校長先生は崩れた旧校舎の地下をさまよっていた。
辺りは真っ暗な闇に包まれ、静寂の匂いに沈んでいる。少しの物音を立てただけでもやけに大きな反響となって響いてくるように感じられる。
校長先生は辺りの気配を伺いながら慎重に歩みを進めていく。
しばらく歩いたところで、やっと目が慣れてきたおかげで今では少しばかり周囲の景色が見えるようになってきていた。
校長先生は何かの手掛かりを捜してあてもなく歩いていく。光の射さないこの場所では時間もよく分からない。
彼は自分が何故ここにいるのか分からないでいた。気が付けば真っ暗なこの場所にいたのだ。
UFOが降りてきて二人の宇宙人に拉致されたことは覚えている。ベッドにくくりつけられて何かをされたことも覚えている。そして、そこまでだった。それから先のことが思い出せない。
今日は入学式。大勢の生徒達が校長である自分が来るのを待っているというのに。
「くそっ」
どうしようもなく悪態をつく。今はこんな場所でこんなことをしている場合ではないのだ。
それにしてもここはどこだろう。随分ぼろぼろに崩れているようだが。
校長先生は視線を巡らせる。
土砂の崩れに混じって古い木材や汚れた金属があちこちに散らばっているのが暗闇の中におぼろげに見える。
「ん?」
それからさらにしばらく歩いたところで何か気になるものが見えた。そっと伺ってみると、どこかで見たような大きな円盤が傾いて立っている。汚れている。静かだ。捨てて置かれているのかもしれない。
何かあるかもしれないと思って校長先生は入り口らしい場所から中へ入ってみた。薄暗い冷めた金属質の通路を歩いていくと何かの部屋らしき場所に出た。
大きな画面と操縦装置のような物がある。校長先生はなんとなく席についてパネルをいじってみた。反応しない。
ゲームのようにはいかないか。
「くそっ、動かんか!」
軽く蹴ったらパネルに明かりがついて装置が動き始めた。
「お、行けるか」
校長先生が子供のように内心喜んだ時、後ろから頭に銃を当てられた。
「よくやってくれたな。礼を言うぞ」
「お前は!?」
校長先生は振り返ろうとするがそれより素早く殴られてしまった。失われつつある視界の片隅にあの時の宇宙人の姿が見えた。
「お前に感謝する。ありがとう!」
指揮官は敬礼する。何故か涙が出た。そして、校長先生の意識は途絶えたのだった。
海上の戦いは続いていく。
夜空を縦横無尽に駆け巡る二体の魔獣、セラベイクとデアモート。
大師の召喚したその翼ある魔物達にみかの母や宇宙警察は完全に動きを封じ込められてしまっていた。そうしている間にも大師はみかに術をかけ続けている。
「こいつら、隙がない」
「急がないと、みかちゃんが、みかちゃんが!」
「くそう、敵はすぐ目の前にいるのにどうして近づけねえんだよ!」
ジョーは賢明にUFOを操作するが、どうしても二体の魔獣の向こうに行くことが出来なかった。
「みかちゃんを離して!」
けいこは照準を合わせてロックオンする。ボタンを押して大師に向かってミサイルを発射する。だが、セラベイクとデアモートがまとめて貼ったバリアがそれを阻止してしまう。
さらに二体の魔獣は翼をはためかせ、光のバリアを刃に変えて雨のように降らせてくる。ジョーは賢明にUFOを駆ってかわす。
大師は空にその巨大な姿を浮かべ、みかに魔術を掛け続けている。あの術が完成してしまったら、みかはあいつに永遠に取り込まれてしまうのだ。
「くそう、くそう!」
ありとあらゆる攻撃がたった二体の魔獣に止められてしまう。あまりにも素早いスピード。あまりにも凄まじいパワー。そして統率された動き。
「どうすればいいの」
負けてはいけないと思いつつもけいこは自分の無力さを思い知らされずにはいられなかった。
「わたしが行く」
「え?」
その時、声を発したのはゆうなだった。
けいこが怪訝に見守る前で、目を閉じ精神を集中して何事かを呟く。一冊の黒い本が彼女の前に現れ、自然にページを開いて止まった。
差し出した両手の上にその出現させた黒い本をふわふわと浮かべながら、ゆうなは目を開く。その決意を秘めた眼差しを見てけいこは頼もしさよりも不安な思いにかられてしまった。
「ゆうなちゃん、何をするつもりなの?」
けいこの声は震えている。ゆうなはしっかりとした目付きと語調で言葉を返した。
「みかちゃんを助ける。わたしの魔法で」
「ゆうなちゃん、せっかく元に戻ったのに、大師の術なんて使っちゃ駄目だよ」
「みかちゃんを助けるためなら、わたしは……出来る」
ゆうなが素早く何かの呪文を唱える。けいこの耳では聞き取れない言葉だった。本から飛び出した黒い光がゆうなの体を包み込む。
次の瞬間、彼女はリヴァイアサンの姿に変身し、外の空を飛んでいた。けいこには見送ることしか出来なかった。
リヴァイアサンは大師の元へ向かって飛んでいく。
魔獣達が早速進路を塞ごうとする。リヴァイアサンは吠える。水柱が立ち上がり、ひるむ二体の魔物達。
大師が威圧的な目を向ける。
『リヴァイアサン、我が術により生み出した存在であるが故にセラベイクとデアモートでは処しきれんか』
ゆうなは飛んでいく。魔獣達は見送っている。大師はただ空に巨大な姿を浮かべている。
「ゴアアアアアアアア!!」
リヴァイアサンが吠える。大師は目を大きく見開いた。その眼光が黄金に輝き、光る粉が舞った。
『まあいい。お前は俺の造ったもの。俺の意思でどうとでもなるのだからな。お前の術を解除してくれよう!』
まばゆい輝きに包まれ、リヴァイアサンの姿が消えた。力を失ってゆうなの体が落ちていく。
「ゆうなちゃん!」
けいこは身を乗り出して叫んだ。
「くそっ!」
ジョーがUFOを運転し、ゆうなの体を拾おうとアームを伸ばす。その手がすり抜ける。
「え!?」
けいこは信じられない物を見たように息を呑んだ。ゆうなの姿が消えていく。空気に溶けるように透明になっていく。大師の声がせせら笑う。
『そいつは俺の造ったもの。俺が力を断った今消え去るのが運命だ。わはは!』
「そんな! ゆうなちゃん! ゆうなちゃーーーーん!!」
けいこは声を限りに叫んだ。それでゆうなの存在を取り戻せるとでも信じているかのように泣きながらも、叫んだ。
けいこにとってゆうなは決して仲の良い友達と呼べるものではなかった。ただ、みかの友達だから友達。態度では優しく接しながらも、内心ではどこかそれだけのことだと思っている冷めた自分を感じていた。
それが今こんなにも辛いなんて。けいこは今になってやっとゆうなを必死になって取り戻そうとしたみかの決意が分かる気がしたのだった。
その彼女が今、大師の手にかかって失われようとしている。大師はみかの命のみならず、みかが必死になって守ったものまで消し去ろうとしているのだ。
こんな時、今の自分に出来ることはない。空では相変わらず二体の魔獣達が圧倒的な壁となって立ちふさがっている。
これではみかは何のために死んだというのだろう。自分は何のためにみかとゆうなの友達をやっているのだろう。
けいこがどうしようもない思いにかられていたその時、
『わはは! ん?』
耳に響いていた大師の声が止まった。海から飛び出し、ゆうなの体を包み込む光があった。その光はゆうなの体を抱き寄せるとジョーのUFOの中に飛びこんできた。
ゆうなの体が床に横たえられ、光は天井へ浮かび上がった。けいこは急いでかけつけた。
「ゆうなちゃん!」
「魔道士の意思が助けてくれたの」
「え!?」
ゆうなは天井を見つめている。けいことジョーもその視線の先を追った。
淡く光が回っている。光が語りかけてくる。
『我々は魔道士の意思。我々が間違っていたことを認めよう。魔法の力は思いの力。お前達の願いが強ければきっとみかは戻ってくる』
「え? みかちゃんは死んだんじゃないの?」
『みかはまだ完全には死んでいない。大師があの娘の魂を手に入れるためにあの世とこの世の境をせき止めているからだ。みかは今、生と死の狭間で彷徨っている。お前達の絆が強ければきっと大師の手を抜け、みかをこの世界へ引き戻せるはずだ。我々は最後の力で大師の魔手を食い止めよう』
「最後って?」
『大師に捨てられ、魔道神器の力を失った我々はもうわずかしかこの世界にいられないだろう。だが、もういいのだ。最後にお前達に会えたのだから』
「魔道士さん……」
『さあ、我々の最後の魔術を……見ているがいい! そしてこの世界にどうか希望をもたらしてくれ』
魔道士達の意思は外へ飛び出し、大師の手の中へ、みかを包み込む紫の光の中へと飛び込んでいった。
大師はそれをじっと見つめ、ほくそ笑んでいるようだった。
『魔道士どもめ、何かをやるつもりか。まあいい。見届けるのも大師の務めというものだ。フフフ』
風が流れていく。そして、みかが大師に支配される時が近づいている。
自分に出来ることがあるのだろうか。けいこは自問する。
あれほどの恐るべき大師の術を退け、みかを救うことが出来るのだろうか。無理? いや、きっと出来る。何故なら自分は生まれた時からのみかの親友なのだから。
それに……
「ゆうなちゃん」
頑張っているのは自分だけじゃない。今では目的を同じくする友達がいるのだ。
けいこの力強い声にゆうなが静かに目を向ける。思えば彼女と真剣に向かい合ったのはこれが始めての気がする。けいこは様々な思いとともに彼女に手を差し出した。
「一緒にみかちゃんを助けよう!」
「けいこちゃん……」
ゆうなは考えるようにじっと手を見つめた後、けいこの目を見上げ、おずおずと手をとってうなずいた。
「うん」
静かながらも心強い声で。けいこはにっこりと微笑んだ。
「ありがとう、ゆうなちゃん。わたし、みかちゃんやゆうなちゃんと友達で本当に良かったよ!」
けいこの発言にゆうなは不思議そうに小首を傾げた。
「わたしも、友達だと思っていいの?」
「もちろんだよ! さあ、一緒に大師をぎゃふんと言わせてやろう!」
「うん、やろう」
けいことゆうなは手を取り合って祈った。
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