第8話 みかとけいこの作戦会議
みかとけいこは二手に別れて捜査した結果を確認しあうことにした。中庭の芝生に二人並んで座り込む。まだ早朝ではあったけど、ほのかに光が差し込む少しばかり暖かい場所だった。
「で、けいこちゃんの探した方には宇宙人さんいた?」
「ううん、いなかったよ。ただ……」
「ただ?」
「変な建物があった。すごくボロボロの。近づいたらブーンって変な音がするの。あんな建物なんであるんだろう?」
ひどい物言いだが、その建物とは指揮官達が根城にしているあの旧校舎のことであった。もちろんけいこがそんな宇宙人の存在に気づくはずも無かったけど。
それでも、意味不明の未知の建物の存在はみかの好奇心に触れたようだ。ぱっと顔を輝かせて身を乗り出す。
「それは怪しいね! 今から調べてみよう!」
「今から?」
元気一杯のみかの答えに、けいこは驚いて目を丸くした。その眼差しが驚きから不安に変わる。
「危ないよ。だって、凄くオンボロなんだよ。触ったら崩れちゃうよ。怒られるよ」
建物のぼろさを槍玉に上げて慌てて断ってはいるが、けいこの心配はきっと別のところにあるのだろう。
けいこはきっと怪しい場所に踏み込んでまたみかが襲われることを警戒しているのだ。それぐらいのことはみかにも分かっていた。でも、宇宙人さんを探すのに怪しい場所を避けて通る訳にも行かない。
入学式までの時間も迫っている。行くにしても急がなければいけない。宇宙人さんが帰ってしまうまでになんとしても見つけないと。
「うーーーーん」
みかはじっと目をつぶって腕組みしながら考え抜き、やがて顔を上げてぽんと手を打った。
「じゃあ、外から眺めるだけ。とりあえず行ってみよう。今度はけいこちゃんも一緒だし、大丈夫だよ」
みかが必死に考え妥協して出した答えに、けいこはしぶしぶといった感じだったが、こくんと小さくうなずいた。とりあえずは行ってみないと何の進展にもならないことは彼女にも事実であるような気はしたのだ。
「それでみかちゃんの方には宇宙人さんの手掛かり何か見つかった?」
今度はけいこの方がみかの見てきたことを訊ねる番だった。
「あ、そうだった」
けいこの言葉にみかはふと少し前の気になる出来事を思い出した。あの石の山とその中に隠された怪しい本だ。あれはきっと何かの手掛かりになるに違いない。
襲われた時のことを思い出すとまだ少し怖くはあったけど、今はけいこが一緒だし、しばらく話もしてみかもある程度落ち着いていた。
「あっちの石の山の中に変な物があるの」
今朝見知ったばかりの景色の中から、みかはそれがあるはずの場所を指さした。
けいこがさっさと歩いていって、その場所を確認しに行く。自分から素早く行動しに行ったのはみかを襲った犯人を警戒しての彼女なりの気配りがあったからだろう。
視界を塞ぐ草を押しのけ、慎重に辺りを見回した後、けいこは戻ってきた。
「石の山なんてどこにも無いよ」
「え?」
みかもその場所に歩いて行き、草の陰からそっと見る。襲われた記憶が知らず知らずのうちに、みかの行動を慎重な物にしてしまう。確かに少し前にはあったと思われた物はどこにも存在しなかった。
山のように積んであった石の山も、みかが投げ散らかして散乱した石もきれいさっぱりと消えうせていた。
震え上がりそうな気持ちをなんとか圧し止め、みかは思い切って草むらから飛び出した。石の山があったはずの場所に立ち、辺りを見回して見る。しかし、やはりあったはずの石の山はどこにも無いようであった。
場所は間違ってはいない。石の山があった場所は確かにここだ。でも、今はそこには山どころか石一つ落ちていなくて。
「そんな……なんで」
みかはもう込み上げてくる恐怖を抑えることができなかった。思わず両手で体を抱き締め身震いする。
普段なら宇宙人の未知の力かもしれないと思い込むであろうみかだったが、今みかの頭を占めていたのは神秘的で優しい宇宙人さんの姿ではなく、あの恐ろしい暗闇の少女の力だった。
奴がその恐るべき力を行使する。みかは何も出来ない。動けないまま、ただ見ていることしか出来ない。
「みかちゃん、やっぱり……」
「違うよ! 石の山は確かにあったんだよ!」
みかはけいこの言葉を叩き伏せるようにむきになって叫んだ。思わず言葉を飲み込み、けいこは驚いて目を見張った。
「わたし、探してみる!」
みかは素早く振り返った。
「待って!」
けいこの静止する声も聞かず、勢いよく飛び出していく。
辺りの草むらを手当たり次第にかきわけ、陰になった部分をのぞきこみ、走り回り、捜し回る。
みかは意地になっていた。馬鹿にしている。みんなわたしを馬鹿にしている。わたしにも出来ることはあるのに……わたしは間違ってなんてないのに……きっと……見つけてやる!
みかは捜し回った。ただ一心に。血眼になって走り回った。
そして、どれぐらい捜し回った後だろう。やがてそれはみかの目に留まった。
「コイさん……」
池が石に埋まっていた。少し前にはゆるやかに水をたたえ、コイがのどかに泳いでいた池が、今では石で一杯に埋まっていた。
みかはへなへなとその場へしゃがみこんだ。手が石に触れる。みかは無意識のうちにその石を手にとって握りしめた。
「みかが悪かったのかな。石を投げ込んだりなんかしちゃったから。みかが……みかのせいで……」
みかの目に大粒の涙がこみあげてきた。胸に去来するのはどうしようもなく空しい後悔の思い。みかは大声をあげて泣いた。込み上げてくる感情をもうどうすることも出来なかった。みかはただ泣いて泣いて泣きまくった。
後から駆けつけてきたけいこはみかの泣き叫ぶ姿を見て絶句した。いつも元気に笑っているみか。時には不安になり、迷い、泣くこともあるけど、これほどひどく取り乱す彼女を見るのは久しぶりのことだった。でも、あの日のことも今日のこともそれは決してみかのせいなんかじゃない……
「みかちゃんのせいじゃないよ。みかちゃんのせいじゃ……ないよ……」
けいこは座り込み泣きじゃくるみかを後ろから優しく抱き締めた。その目に流れるのは涙。
気が付いたみかがそっとけいこの手を取り、顔を上げた。
「うん、そうだよね……これはきっと、わたしを襲った犯人のしわざ……わたし、討つよ……コイさんの仇討つよ……」
過ぎ去ったことはもうどうすることも出来ない。でも、憎むべき相手がいるなら、怒りはそこにぶつけるべきだ。
みかは目に涙をたたえたまま、石で埋められた池をにらみつけた。
「わたしが……仇を……討ってやる……」
小さいながらも強い決意が込められたみかの呟き。
けいこはしばらくみかの姿を見つめ、少し考え、ためらいながらも決心して切り出した。
「みかちゃん、さっき変な物見つけたんだけど、行ってみる? 駄目ならいいんだけど」
迷いながらのけいこの言葉に、みかは勢いよく振り向いた。
「わたし、行くよ! 絶対この事件の真相を暴いて、犯人をつかまえてやるんだから!」
みかはその手で涙を振り払った。彼女の頭からはもう宇宙人に会うという目標は一番ではなくなっていた。
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