第2話 入学式の朝

 夜が明けた。

 窓の外では雀がチュンチュンと鳴いている。新しい朝が来た。希望の朝だ。

 みかはぴょこっと布団から起き上がると、まだ鳴っていない目覚し時計を手に取った。


<時間には早すぎるけど、まあいっか>


 使わなかった目覚し時計のスイッチを切って置き、階下への階段を駆け下り、台所へ飛び込む。

 パンを一枚取り上げ、パクッと一口食べ、ミルクを注いだコーヒーをぐびびと一気に飲み干し、またパンをくわえ、くわえたまま着慣れない制服に手を通していき、ランドセルを背負って、玄関へと飛び出した。


「みかちゃん、そんなに急がなくても学校は逃げないわよ」


 お母さんがどこか苦笑したように言った。みかの服に手を伸ばし、えりを直してやる。


「だって、楽しみだったんだもん! いってきまーす!」


 みかは元気良く手を振って、外へ飛び出していった。

 春休みが終わって今日から小学一年生。新しい何かが始まりそうな予感に、みかの胸は高鳴っていた。




 今日は青空の広がるいい天気。と言っても、朝早い今では空はまだ少し暗いけど。風が涼しい。少し寒いぐらいかもしれない。

 そんな天気の中、学校への道をみかは元気な足取りで歩いていく。頭上を一羽のすずめが通り過ぎた。


「すずめさん、おはよー!」


 目の前の路上をアリの群れが行進している。


「アリさん、おはよー!」


 こんな早い時間からも、動物さん達は元気に働いている。そんなささやかな光景にもみかは感動し、元気が湧いてくるのだ。

 そんなこんなで動物さん達や植物さん達に朝のあいさつをしながら歩いていくと、やがて彼女は見知った少女の姿を見つけた。

 向こうの方もこちらに気づいたようだ。ふと顔を上げると、にっこりと微笑んでみかの方へ走ってきた。


「おはよう、みかちゃん」

「おはよう、けいこちゃん。朝早いねー。何やってたの?」

「みかちゃんを待ってたのよ。さあ、行きましょ」


 みかの隣へやってきて、学校へと同じ道を歩き出す彼女の名前は篠崎けいこ。みかの生まれたときからの親友だ。

 みかとけいこは同じ病院で生まれ、同じ幼稚園に通い、今まで一緒に過ごしてきた旧知の仲だった。本人達も仲良し同士だったが、親同士も仲良し同士であり、二人の親交は深かった。


「みかちゃんは将来宇宙人博士になるんだよねー」

「うん、そのためにも学校へ行ってたくさん勉強しなきゃ」

「うん、頑張ろうね」


 二人で話し合いながら、並んで学校への道を歩いていく。朝早いこの時間に人の影はまだまばらだ。学校が始まるまでの時間にもまだある。

 みかはそれがちょっと気になった。


「けいこちゃん、今日は早かったよね。わたし学校が待ちきれなくなって急いで起きてきたのに、まさか待ってるなんて思わなかったよ」

「みかちゃんならこう来るだろうなあと思ってました。それに」


 すましたように答えるけいこ。続けて。


「みかちゃん、ずっと前から学校学校っておおはしゃぎしてたから」


 そう言ってクスリと笑った。


「あ、そ、そうだったかなー」


 みかは顔を赤くして視線をそらして鼻の頭をかいた。


「あの! ……あのさー……」


 そのまま少し考えて、そしておもむろに友達のほうに振り向いて言った。


「学校に宇宙人っているかな!」

「宇宙……人? 学校に……?」


 けいこはきょとんと目を丸くし、それから少し困ったように目を伏せた。


「わたしいると思うんだ! だって学校だもん!」


 嬉々として発言するみか。その瞳は純粋無垢な輝きに彩られている。けいこは少し考えて答えた。


「わたしは多分……宇宙人さんはもっと遠くの世界に……?」


 しかし、けいこの言葉は途中で止められてしまった。不思議そうな目で前のほうを凝視するけいこ。みかも釣られてそっちの方へ視線を向け、思わず息を呑んだ。

 ここより遥か前方の上空、学校のある辺りだろうか。何かが落ちるように滑り降りていく光り輝く物体があった。ごく小さくしか見えないけど、みかはその形をはっきりと認識できた。


「UFOだあ!!」


 みかは歓喜の叫び声を上げると、大急ぎで現場へと駆け出した。


「あっ! みかちゃん、待って!」


 けいこも慌ててその後を追った。




 みかとけいこが落下していくUFOを目撃したちょうどその頃、当のUFO内では部下が気絶し、指揮官があたふたと周囲のコントロールパネルを叩きまくっていた。

 船内では警報がけたたましく鳴り響き、スクリーンにはどんどん近づいてくる地上の姿が映っている。UFOは学校の校庭へとまっ逆さまに落ちていく。地上への激突までそれほど時間は無いだろう。


「ぐわあああーーーーーー! 何とか! 何とか体勢を立て直さなければ! わ、わたしのジェミーちゃんが……うわああああああああ!!」


 指揮官はさらにめちゃくちゃに辺りをいじり回す。叩く。気絶した部下の首根っこを掴み、ガンガンと叩きつける。ポットに手を伸ばし、中のお茶を一気に飲み干す。そしてまたパネルの操作に戻る。叩きまくる。しかし、状況は一向に改善されない。

 指揮官はがっくりと肩を落とした。


「友よ、死ぬときは一緒だ」


 ジェミーちゃんに向けて力無く語りかける。彼の目からぽろりと涙がこぼれ落ちた。

 その時だ。状況が改善された。

 涙にぬれたパネル部分からピリリと微弱な電流が走り抜け、拡散した。UFOがガタガタっと揺れて水平に立ち直る。

 そして、UFOは学校のやや上で静かに停滞した。


「はは……やった……」


 指揮官は疲労と安堵にへなへなと崩れ落ちた。

 しかし、それで終わりではなかった。警報装置が新たなる危険の存在を告げる。

 指揮官は気だるげに顔を上げた。見ると地上からこちらをポカンと見上げている男の姿がスクリーンに映し出されている。おそらくこの学校の関係者なのだろうが、地球人であるなら誰であろうと同じことだ。

 発展途上の異星人にこちらの存在を知られることは好ましいことではない、と宇宙の法律では決まっている。警報装置はそれを伝えたものだろう。

 事態が事態だっただけに姿を隠す暇も無かった。

 それでなくともこちらは警察に追われている身だ。

 指揮官はなおも続く面倒な事態に頭を悩ませながらも、仕方なくボタンを押した。

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