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昨晩の大騒ぎの後、自販機に飲み物を買いに行くと、シェアしているマンションを出て行った百合子。
共同玄関までついてきた垂瓦に大丈夫と伝えて去っていった姿が、垂瓦が最後に目にした百合子だったという。そこから寝ずに待っていても百合子は一向に帰宅せず。心配して周辺を探してみたところ。
「しばらく散歩してきます。でも心配しないで、すぐ戻るから。いつも迷惑かけてごめんなさい。」と、缶ジュースと書き置きが入っていたのをポストの中から見つけ、百合子の車が駐車場から消えていたことを垂瓦は知った。
それまで日中一人で百合子の行方を捜していた垂瓦。日が傾いても連絡は依然として取れず、足取りも掴めず。数時間前にあんなことがあったのだ。変な気でも起こしていやしないかと、焦りと不安にかられた彼女はガッツと僕を頼ったのだった。
垂瓦は涙を零しながら、僕とちょうど居合わせた北島 奏に昨晩以上に食ってかかった。
「あなたの所為よ! 余計なことを偉そうに言うからっ! 百合子先輩はあなたが思ってる以上にずっと……ずっと苦しんできた! 自分の心も体も、滅茶滅茶に傷つけるほどに! 確かに迷惑だってかけてきたかもしれない、それでも、そうしないと堪え切れない地獄を見てきたの! それなのに! あなたが、一人で行けばいいなんてこと言っちゃうから! それが引き金になって百合子先輩が‼︎」
もしものことがあったら、全部あなたの所為よ! 興奮状態で言い放つ垂瓦に、北島 奏は昨日のように毅然とした筆談では返さなかった。
彼女も今、きっと少なからず困惑していたんだろう。百合子の行方不明に、自分の言動が関与していると。だが、困惑してばかりでは何もいい方向に進まない。
僕は垂瓦の肩を掴んで、今は北島を責めている場合ではない、百合子の安否を確かめなければとたしなめた。
「でもっ……だ、て……、いくら探しても、見つからない、友達や百合子先輩の知ってる人にも片っ端から電話かけたんです……っ、う、ひっぅ……百合子先輩、帰ってこなかったらどうしよう………もし帰ってこなかったら、わたし……わたしッ」
オレンジ色だった景色は次第に藍に染まり、侵食するように夜がやってくる。これまで百合子が外出する際は必ず場所と、帰宅時間を伝えられ、メールでもアプリでも電話でも連絡が取れなくなることなんてなかったと垂瓦。
加えて昨晩の出来事。垂瓦でなくても、よくないことが起こっているんじゃと想像してしまう。
「――だめだ、一通り回ったけどみつかんねえし、誰にも会ってねぇみてえだ」
駅のロータリーでバイクに乗ったガッツと合流した時には、日はとっくに落ちていた。無人のプラットホームに最終電車が過ぎていき、汗で濡れた僕らの服と髪のあいだを風が勢いよくすり抜けていく。
垂瓦は涙を拭い今日何十回目の電話をかけ直していた。
出てください、出てくださいと歯をカチカチ鳴らす彼女の横で、ガッツはスマホを忙しく操作している。
「あいつ、のこのこ帰ってきた日にゃあほんとに殴ってやりてぇ! くっそ、垂瓦! 他に行きそうなところ思い浮かばねぇのかよ!」
「そんなこと言われたってっ、思いついたところはもう全部回ったし電話してます!」
「畜生ッ――」
焦りと不安で
「いや、待てよ……あいつが、行きそうなところ……。ある……、一つだけ、まだ、探してねえ場所」
なにかとてつもなく大変なことを見落としていたとばかりに唇を震わせ僕たちの方を見る。
「いや……でもそんな、嘘だろ、もしそうだったとしても、そこだけは……ねえだろッ……」
ガッツの表情が見てわかるほどに蒼白に染まっていく。
「だとしても、なんで、こんな時間になるまで気がつけなかった……。かんべんしてくれよ……クソが」
頭を抱えるガッツの様子から、垂瓦も察したらしい。
「……うそ、ちょっと……待ってください、まさか――百合子先輩」
「そのまさかかもしれない。だって他に思い浮かばないだろ……!」
言われて、垂瓦はガッツ以上に表情を引きつらせ、大きく首を振った。
「いや……いや、嫌! そんなこと、そんな! やだ、あんな場所に……またッ! あの場所だけは、いやああ!」
悲鳴を上げその場にしゃがみ込む垂瓦。ガッツは唇を噛み締めまた忙しくスマホの画面をタップし始めた。なにをするつもりだと僕が問えば、彼はタクシーを呼ぶと言ってそれを耳に押し当てた。
「間違いならいいが、他に探す場所もねえ、行くしかねえだろ! 垂瓦、お前は先に家帰ってろ、百合子がそっち帰って来たら連絡頼む」
「で、でも西川先輩……っ!」
「いいんだ、お前が行くことなんかねえ。待ってろ、その方がいいだろ」
「でもぉ……」
《まさか一人でいくつもり》
「ああ、仕方ねえだろ。垂瓦は見ての通りだ、無理に連れてくわけにもいかねえし、東もわけわかんないだろうから巻き込めねえ」
北島 奏がメモ帳をガッツの方に向けると、ガッツはスマホを持った手を小刻みに揺らし、つうと額から流れてきた汗を拭わず答える。
だったら、私も――。と書き起こそうとした彼女の手を制し、ガッツは北島 奏にも家に帰るよう言い渡す。
「北島もいい。責任感じてるのかもしれねえけど、遅かれ早かれこういう事態は起きたんだ。まあ、お前が男だったら同行させてたかもしれねえけど、北島、女だしな……」
深く息を吐いたと同時に電話が繋がったタクシー会社に送迎の要請をするガッツ。
やりきれないような表情で拳を握り俯く北島 奏。がたがた震えて泣きじゃくる垂瓦。
みんながなにかに怯えている。尋常じゃない恐怖に押し潰されそうになっている。僕がわかるのはたったそれだけだった。
ガッツがこれからどこへ向かおうとしているのか、百合子がどこへ行ってしまったのか。一人だけ察しがつかず立ち尽くす僕に、北島 奏はメモ帳に書いた文章を見せた。
《二人の予想は外れていないと思う、私も、散々探して見つからないなら、もうそこしかないと思うから。右京さんはきっと今……加美木町中学校、第一校舎にいるはず》
その文字を読んで、メモを貰った指先から鳥肌が全身を駆けた。
加美木町中学校、第一校舎。
またの名を――加美木町中学校、旧校舎跡地。
すなわち僕たちの母校である中学校、新校舎の裏山に今も残る廃校を指す。
そこは、かつて僕たちが過ちを犯した。あの、謎に包まれた恐ろしい作品を作ろうとした場所。
かなみが、死んだ場所。
想像を絶する絶望が、僕らを呑み込んだ場所だった。
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