第三章 繰り返される絶望。
1
私物でとっ散らかった四畳半の部屋で数週間男二人とは、厄介になる身として
とはいえ、ホテルや旅館を取るより滞在費は圧倒的に安く済むのだ。体をくの字にして寝る覚悟はありそうだが、こんな僕の滞在を
流石に来客となるとエッチな本やDVDはしまってあるみたいだ。君はいつもどこに収納してるの? なんて聞いたらさっさとシャワー浴びろと、換気扇の真下で一服中だったガッツにタオルを投げて寄越された。
いいだろ、男同士だし。彼女呼んだわけじゃないんだしさ、あ、百合子呼んだわけじゃないんだしさ。
「お前なあ、うるせえよ。あと言い直すな」
つれないな、少なくとも二週間は一緒だろ。上映会しないの。
「気持ち悪いこと言うようになったな。いやだ、お前とは観たくない、つかお前興味なさそーじゃん」
うん、まあ。否定はしない。
でも君の趣味には興味あるかな。
「お前、ホモ⁉︎」
まさか。でもガッツが望むなら、僕は拒まないよ。って笑ったら、今度はお尻を叩かれて風呂場に投げ込まれた。
交代で軽くシャワーを浴びたあと。飲み屋で見事に食いっぱぐれ、ウーロン茶一杯に五千円も支払ってしまった哀れな僕にガッツは簡単な食事を振る舞ってくれた。
それから、ハイボールとウーロン茶片手にお互いのこれまでや、あの頃のなにげない会話に花を咲かせてしまったわけで。本格的に寝支度に入ったのはそれから数時間後、外が白む頃だった。
「お前はほんとうに変わらないな」
すぐ隣に横になったガッツが眠たげな声で言う。
「お前はほんと、ブレない奴だよ」
そうだろうか。色々と軸はブレてる気がするけど。
「なあ、東。お前……あの時のこと覚えてるか?」
言われて僕は、染みまみれの天井を少し見つめ、覚えていると返した。
「俺さ、今でもたまに夢に見るんだ。あの時のこと、そりゃ……簡単に忘れられないよなあんなことがあって……忘れたいと思ったこともあったけど、でも忘れちゃいけねえよな、それだけは」
加美木を離れて、お前はもう忘れちまったのかと思ってたけど、そうじゃなかったことに少し安心したとガッツ。
「こう見えて結構引きずってたんだぜ。みんなが知らないだけで自分は人殺しの犯罪者なんだって、生きてることがおこがましいと思えるくらいにな……、百合子はもっと酷かったけどよ……、今ほどじゃないが、お前がいなくなった後はしょっちゅう、あの旧校舎に行きたいって聞かなくてよ」
ああ。それは見ていてよくわかった。此処に残って、彼女をあれ以上壊れさせまいと支えてきたガッツと垂瓦の苦労もね。
「別にお前を責めてるわけじゃないんだぜ。それが当然だったんだよ、普通だったらこんな場所から少しでも遠ざかりたいと思うだろうしさ。斜丸も、大学は東京の方に行きたいって言ってるみたいだしな」
そこまで言ってガッツは黙り、寝たかと思っていたらまたぽつりと喋り出した。
「……お前、かなみのことどう思ってた?」
どうって?
「ああ、予想通りの返事だな」
は?
「かなみは……たぶん、お前のこと好きだったよ」
……それは、恋愛感情抱いてたってこと?
「ばかやろうが、それ以外になにがあるってんだよ」
言われて、ピンとくるようでピンとこない僕。けれど、いくらそうだったんだと言われても、かなみはもうこの世にはいない存在。
なんと返せばいいものか困る。
「そらそうだろうけどさ。あいつも報われないな、そんなふうに言われちまって、お前は全然気がついてなかったんだな。かなみ、あれでずっと東のこと目で追ってたんだぜ」
ガッツ、よく見てたな。
「そりゃまあ、俺はあの頃、かなみのことが好きだったからな……」
まじか。それは知らなかった。
「あの頃はの話だよ。俺には
もう寝るか。そう言って以来、ガッツは喋らなくなった。
間もなくしてガッツの静かな寝息が聞こえ始め、僕も薄い布団の中で精一杯体を伸ばし眠りにつこうと目蓋をおろしかけたところで、そういえば……と、まくら代わりに丸めていたデニムパンツのポケットから紙切れを引っこ抜いた。
北島 奏が別れ際に渡してきたメモ紙だ。
ラブレターなわけないよなと思って、スマホのライトで照らして見てみたら。
書いてあったのは、僕が使っている通信アプリのタイトルと、彼女が所持しているであろうアカウントのID。下の方には、話したいことがあるので、返事ください。と、小さい達筆がなぞらえてあった。
おいおい。
結局これ。メモ見たって何が言いたいのかわからないじゃないかよ……。
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