LOST ANGEL

ままかり

(I)

第1話

 冬の夜。


 闇が支配する世界に、一つのあかりが街道の外れを行く。


 発光する人影と、それに照らされた人影の二つ。


 先を進むのは男だった。よわいは成人になるかならないかという、長身の若者。黒髪と黒いがいとうが闇に混じる。


 彼は、頻繁にこうべを巡らし、周囲に警戒の目を向ける。


「どうだ、何か異常はないか?」


「イエス、マスター。センサー、反応ナシ」


 まるで感情のこもっていない、そんな言葉が彼に投げかけられる。


 声の主は、まるで彼に付き従うように後ろを進む、背に純白の翼を抱えた少女である。肌も髪も、まるで血の気の引いたように全身が白。


 中背ながら、細面の容貌と引き締まった容姿がきやしやな印象を与えるが、その手には背丈の三倍以上もある長槍が握られている。


 半円に星形の紋様が穿うがたれたそれは、この世界の技術の粋をもってしても造り得ぬ代物である。唯一、乙女がこの世界の平和と安寧を願い、その身と心を神にささげ天使となるとき、そのあかしとして神より授かる武器――それが教会の公式見解とされているが、彼らにとってはそれはどうでもよいことである。


 その背に似合わず膨らんだ胸を包む、季節に似合わないノースリーブにミニスカートの衣装。淡く黄緑に光るラインが、まるで血管のように全身に組み込まれている。これもまた、類を見ることなき神よりの下賜品である。


 ブーツを履いた足は地に着いてない。


 翼をゆっくりと動かしているが、羽音はない。


「リサ、あのな、『マスター』じゃなくてファルラ、って呼んでくれ」


「マスター、名前、ファルラ、登録済。マスター」


「そういうことではなくて」


「ソノ命令コード、無効。新タナ命令ヲ」


 ファルラは嘆息した。


「だから……」


 ここでいくら感情を荒げても、それが何ら意味のないことだと、ファルラにはイヤというほど分かっていた。


 その思いをファルラはぐっとこらえる。

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