鳥とともに
みなりん
出逢い
木下舞は、中学1年生。朝に弱く、目覚まし時計は、毎朝7時にセットしています。とは言っても、ギリギリの時間まで寝ていたいのが本音でした。
その年の4月、目覚まし時計のアラ―ムでも、お母さんの声でもない、別の存在が、彼女を起こしに来たのです。
「チュチュチュ チュチュチュン クチュチュチュ ジー、チュチュチュン クチュチュチュ ジー」
「うるさいなぁ~」
眠い目を半分開けて、ベッドサイドを見れば、まだ午前4時30分。舞はまだ、絶対起きたくなかったので、タオルケットを頭に巻きつけ、再びゴロンと横になりました。
ところが、鳥たちのさえずりが収まる気配は、全くありません。カーテンの隙間から外をのぞいてみると・・・。
2羽のつばめが、ベランダの物干しざおの上に並び、しっかりと足ゆびをかけてとまり、輝く茜空を背景に、翼を震わせていました。
「・・・!」
舞が、窓の鍵をガチャリとまわしたとき、つばめたちは、物干しざおから、さっと飛び立ちました。
「行っちゃった。敏感だなぁ。もうちょっと近くで見たかったのに」
舞は、パジャマのまま階下へ降りて行き、セキセイインコのピーちゃんに挨拶をしました。
「ピーちゃん、おはよう。もう、起きてた?」
「ピピッピ」
「あら? 片目だけ開けて、あいさつしちゃう?」
のぞきこんだ舞の顔を、ちらりと確認すると、ピーちゃんは、目を閉じるのでした。
お父さんは新聞を読み、お母さんは、朝ごはんの支度をしていました。弟は、まだ寝ているようです。
「おはよ」
「おはよう。どうしたの? 舞ちゃんが、起こす前に起きるなんて」
「本当だなぁ、こりゃ、雪でも降るぞ」
お父さんが、娘をからかいます。
「降らないよ、こんなことくらいで。大げさだなぁ」
「あまり早く起きて、学校で居眠りでもするんじゃないか? お父さんはそれが心配だぞ」
「それは、小学生のとき! 水泳の後、すぐ眠くなっちゃったんだもん」
「今日の1限は何なの?」
「今日の1限は英語だよ」
「水泳じゃなくてよかったわね」
「寝ないってば。先生も見てるし」
「なるほど。よし、じゃあ、お父さんはそろそろ行って来るぞ」
「舞ちゃん、お父さんを、玄関までお見送りするわよ。早く起きた時くらい、いいじゃない? 着替えて来なさい」
「はぁい」
舞は制服に着替え、エプロン姿のお母さんと一緒に、門のところまで、お父さんを見送ります。
「行ってらっしゃーい」
「行ってきます」
見上げると、青い空に、白い雲がふわっと浮かんでいます。そのとき、一羽のつばめが、風を切って飛んできて、お母さんの頭上をかすめていきました。つばめを見て、お母さんは、何か思い出した様子です。
「しまった、つばめちゃんの戸を開けてあげてなかった」
「つばめちゃんの戸?」
「しまった、しまった、しまってた」
お母さんは、庭の芝生を横切って、物置の引き戸を十五センチメートル程開けました。すると、上空で待ち構えていたのか、つばめが2羽飛んできて、すっと中へ入ったのです。
「物置の中でね、つばめが、巣をつくってるんだよ」
「あっ、それで、朝、2階のベランダに来てたんだ」
「戸を開けてほしかったのかもしれないわ」
そういえば、お母さんと一緒に庭の手入れをしていたとき、お母さんが、つばめの話をしていたのを思い出します。舞も毎年、春になると、通学路などで、つばめが飛んでいるのを見かけていました。
「去年もつばめ、来たんだよ。どこか巣をつくるところを探して、うちの玄関や物置に入りたがってね。『つばめが巣をつくる家は福がやって来る』って、昔からいうから、入れてあげたいけどね。でも、糞をするし。どうしようかね? どうしようかね?」
そう言っていたお母さんが、とうとう今年、物置の戸を開放し、期待に応えたつばめの夫婦が、巣作りに来たというわけなのです。
「福が来るといいね、お母さん。あれ、もう出て行っちゃったよ」
「わらをとりに行ったんだわ。またすぐ、戻って来るよ」
「じゃあ、つばめちゃんたちが、巣作りできるように、物置の戸をずっと開けておかなくっちゃね」
「夜閉めて寝て、朝早く開ける」
「そんな早く起きれるの? 戸を開けたまま寝ちゃえば?」
「お母さんもそれを考えたんだけどね、そうすると、別のものが侵入してくる危険があるから、だめだって、お父さんが」
「別のものって?」
「へび、ねずみ、いたち、おばけ・・・」
「ヤダー」
「フフフ・・・。舞ちゃんも、つばめちゃんたちと一緒に、早起きするといいよ」
「わたしは無理。だって、4時半だよ?」
「5時でいいんじゃない」
「絶対無理」
「早起きは気持ちいいよ。そのうち、わかるようになるよ」
「一生ならないと思う」
お母さんは、そのまま花の水くれをすると言って、物置にじょうろをとりに行きました。舞は弟の俊輔と一緒に、朝ごはんの続きをたべて、学校へ行ったのでした。
1年1組の教室です。あと5分ほどでホームルームが始まりそうな時、舞は後ろの席の神村蘭ちゃんから、肩をポンと叩かれました。蘭ちゃんは、にぎやかな性格で話好きな女の子。
「ねえねえ、廊下に留学生がスタンバイしてるんだけど。もしかして、今日からうちのクラスに来るの? やだ、どきどきしちゃう」
「そうだった」
「うちのクラスで席が空いているのは、今のところ、舞の隣だけだよね?」
「いちおうね」
予鈴が鳴り、教室の戸が開き、先生に続いて、留学生の男の子が入って来て、黒板の前に立ちました。
「今日から一緒にこの学校で勉強や部活動に励むことになりました、エミリオ・ラウレル君です」
「ハジメマシテ」
「ラウレル君は、まだ日本に来たばかりで、日本語がほとんど話せません。今日から1年という長い間、クラスの一員になるわけですから、みんなで助けてあげてください」
先生は、そう言うと、舞の隣の席へラウレル君を案内しました。舞は、どぎまぎしてしまい、隣を見ることができませんでした。丁度よいことに、一限目は、英語でしたので、彼女は英語の辞書を開き、振り返って蘭ちゃんに言いました。
「どうしよう、隣から英語で話しかけられたら……。緊張する」
「大丈夫よ、普通にしていれば。ねっ、ラウレル君!」
蘭ちゃんは、早くもラウレル君を、クラスメイトと認めた様子で、声をかけます。
すると、ラウレル君は言うのでした。
「ハジメマシテ、アリガトウ、コンニチハ、オヤスミナサイ、バイバイ、イタダキマス、オナカヘッタ」
舞が固まっていると、蘭ちゃんが笑いました。
「ただ知ってる単語を並べただけっぽいよ」
「そうか、びっくりした。もう、お腹減ったのかと思った」
「なんだか、可愛いね」
舞は、これから席替えまでの間、留学生の男の子が隣にいるのだと思うと、ドキドキが止まらないのでした。
鳥とともに みなりん @minarin
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