第6話

 かくして俺の恋愛大作戦という運びになったのだが、よくこういうシチュエーションならベタ子が裏で画策して、いろいろ協力して大成功、みたいな感じになって然るべきだと思うのだが、実際そうはならない。


「いってらっしゃーい」


 ベタ子はこの件に関して驚く程協力しなかった。何も言わず、裏で動いたりもしない。

 今日はどうだった、とか聴いてくる事もあれば、今日は少し喋ったねとか進捗状況を確認するだけだ。毎度確認されるのも癪だが、知らぬ間に付いてこられてどこかで勝手に見られているのはもっと癪だった。ついてくるならせめて何か助力ぐらいして欲しい所だ。


「こんな感じかな」

「ありがとうございます! ほんと、いつもすみません。ユウキ先輩だって忙しいのに」

「いいのよ。困ってる時はお互い様じゃない」

「いや、困ってる先輩を助けてあげられた事なんて多分一回もないですよ」

「そんな事ないよ。みなと君が憶えてないだけ」


 相変わらずユウキ先輩は優しくて綺麗だ。仕事にかこつけて喋る事ぐらいしか出来ない自分が情けないが、きっかけなんて恋愛に疎い自分には思い付けなかった。

 女性への声のかけ方とか誘い文句とか、恋愛における洒落た装備は何一つ持ってなかった。こんな俺が先輩と付き合うだなんて、想像するほどに現実感がなくなっていく。こんな調子じゃ、幸せには程遠い。


「んー今週も疲れたわね」

「ようやく休みですね。やっとゆっくり出来ますよ」

「週末のご予定は?」

「いや、特にないですけど」

「あれ? みなと君、彼女とかいないの?」


 俺は思いっきり吹き出した。


「いやいや、いるわけないでしょ!」

「そうなの? もったいないなー」

「え?」

「若いんだからちゃんと女の子と遊ばなきゃ」

「ユウキ先輩だって全然若いでしょ!」

「いやいや、若いだなんて年齢じゃないよもう」


 その時気のせいか、ユウキ先輩の顔が一瞬悲しげに見えた気がした。

 ぐっと心に何かが込み上げた。ユウキ先輩は頼れる存在だ。いろんな人の力になって、いろんな人の弱音を聞いて、皆の支えになっている存在だ。

 ふいに思った。そんな先輩は、ちゃんと誰かに頼っているのだろうか。ちゃんと弱音を吐けているのだろうか。


「先輩。今日まだ時間ありますか」

「ん? そうだね」


 ありったけの勇気を振り絞る。でも力みすぎないように気を付ける。自然に。あくまで自然に。


「金曜ですし、ちょっと飲みにでもいきませんか」


 ひょっとして、ベタ子は今も見てるのだろうか。だとすれば猛烈に恥ずかしい。だが言ってられるか。この際お前の未練はどうでもいい。俺は俺の幸せの為に行動するだけだ。

 軽い誘いだ。後輩が先輩をご飯に誘う。そんなに不思議なものではない。でも俺は今軽く震えている。緊張している。断られたら、帰って泣くかもしれない。それぐらいには繊細で脆い、情けない男なのだ。


「あら、珍しい。みなと君からお誘いだなんて」


 ユウキ先輩は言葉通り、珍しいものを見るように目を大きくした。

 その後に続く言葉を俺は想像する。どうしても頭の中ではユウキ先輩のお断りの言葉しか出て来ない。

 ユウキ先輩の目元がすっと細まり、頬が上がった。


「いいね。息抜きも大事だよね」


 笑顔の先輩に俺は内心ガッツポーズを決めた。

 ベタ子が傍で「いい調子です」と言ってくれている気がした。

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