【スピンオフ】絶叫ループコースター

1.

「塩出といいます。理雪の友人です」


 理雪から『俺の教え子が何人か受かったから、よろしくな』と教えられた中には、彼の大切な人の名もあった。一言挨拶させてくれと引き合わせてもらったところ、待ち合わせた学食に来たのは、件の彼女だけではなかった。


 俺の自己紹介に背筋を伸ばして、「よろしくお願いします」と答えてくれた小さい子が藤倉さん。可愛らしくて礼儀正しくて、どことなく犬っぽい。理雪から聞いたとおりのイメージだ。右手の薬指に光るのは、理雪が俺をアドバイザーに選んだものとはまた別の指輪――あいつめ、いつの間に――だった。

 そして、関心なさそうに「どうも」とだけ返した大きい方が、その友達、蔦さん。あの理雪に正面きって食って掛かれる度胸の持ち主だと聞いている。

 彼女らが仲の良いのは理雪から断片的に漏れてきてはいたが、キャンパス内を歩くのにも、大きい子――蔦さんが、まるで藤倉さんのボディーガードのようにぴったりとくっついているようだった。ちょっと過保護にも感じるが、本人たちがそれでいいなら、俺がどう思おうと関係ないのだが。

 今日の目的は藤倉さんの顔を覚えること。とりあえず目的を達成したことだし、適当に締めておこうか。

「学内のことで何か分からないことがあれば聞いて。それなりに頼りになると思いますんでね」

「はい。よろしくお願いします」

「どうも」

 またそれかよと蔦さんの顔を盗み見て、綺麗な子だなとごく自然に思う。無愛想な対応にちょっとだけわだかまっていた不満も、現金なものですぐに氷解した。

 確かに頼りがいのありそうな姐さんだが、彼女が藤倉さんを守ろうというなら、寄り添っているのが逆効果という気もしないでもない。女の子にしては高い身長が、すっと伸びた背筋でさらに強調される。シャープな顔立ちに、潔いほどに短い髪が似合う。要するに、藤倉さんよりも蔦さんの方が目立つのだ。

 蔦さんは、黙って突っ立っている俺に首を傾げた。別にやましいことはないつもりだが、沈黙を不審がられただろうか。

 それから蔦さんは藤倉さんの腰をポンと叩く。それに促され、藤倉さんはぺこりと頭を下げ、ふんわりと笑った。

「じゃあ、私たちはこれで失礼しますね」

 俺は取り繕うすべが思いつかず、余計なことと知りつつも、サークルオリエンテーションの部屋を教えてみることにする。

「ああ。……暇だったら、俺、野鳥の会のサークル勧誘やってるから寄ってみてよ」

「わかりました。回れたらお邪魔します」

 蔦さんは相変わらずクールにそう答え、浅く一礼した。こりゃきっと来ないんだろうな、と直感したものの、社交辞令はきちんと押さえている彼女が意外でもある。


 俺は二人の背中を見送りながら、ただ今の会合を反芻していた。

 ――まずいな。藤倉さんよりも蔦さんの顔の方が先に浮かぶぞ。

 ――さて、どうしてくれようか。



2.

「山菜うどん温玉のせでお待ちのお客さま、お待たせしました」

 夜の学食・西食堂、厨房から繋がるカウンターにはお客さま。うどんの乗ったトレーを爽やかな営業スマイルで差し出した俺に、彼女は微妙な笑顔で応えた。

「お久しぶりです、塩出先輩」

「……つれないっすね」

 お客さま、もとい蔦さんは「そんなことないです」と多少きまりが悪そうに言う。しかし彼女は演劇部だ。もしかしたら、本当は何とも思っていないのに反応する演技だけしてみたという程度かもしれない。その証拠に彼女は、何事もなかったようにトレーを受け取った。

「ここでバイトしてるんですか」

「入学してすぐの頃からね」

 蔦さんは俺の顔をちらりと見た後に、視線を斜め上へとやる。恐らく年数をカウントしているのだろう。

 その間に彼女の背後を覗き込んでみたが、今日は藤倉さんの姿がない。蔦さんと藤倉さんはいつでも二人セットなのだとばかり思っていたが、どうやら違ったようだ。

 こうして単品で見ると、蔦さんの方はわりあい歳に見合った顔つきなのが意外だ。いつもは童顔の藤倉さんと並んでいるので、どうしても蔦さんの大人っぽさが際だってしまうのだろう。

 少し間があって、蔦さんは「結構な年数ですよね」とぼかした結論を出した。数えている途中で勤続年数が分からなくなったらしい。彼女はごまかすように七味の入った容器を手に取り、うどんに振りかけ始めた。

「他に勤めてる誰よりも長いからね。……今日、相方は?」

 彼女は俺の質問には答えず、七味を振り続けている。うどんの上に(俺の手で)きれいに盛りつけられた温玉は、やがて赤や橙の粉末にすっかり覆われてしまった。俺は止めようと慌てて声を掛ける。

「かけすぎじゃない?」

「デートです」

「は?」

「デートです。生物教師と」

 デートというのが『相方は?』への回答だと気付くまでには少々時間が要った。藤倉さんは、理雪と一緒なのだ。

 蔦さんが、静かに七味の容器を調味料置き場に戻す。感情が、七味を通して噴出したようだった。

 大好きな藤倉さんのことを一番に考えると、自分は引かざるを得ない。むしろ、彼女のためになら喜んで引く――それが藤倉さんにとっても、一番いいことだと思っている。そして、門限を破らぬよう、おそらく律儀に家まで送るであろう理雪も、決して嫌いではない。

 理雪から聞いていた話では、蔦さんは皮肉を言いつつもカップル成立を助けてくれたということだったのだが、当の蔦さんの中にはいろいろな思いがありそうだ。今のシーンだけを見ても、それくらいは分かる。しかし、残念ながら俺はそんな込み入った事情に言及できる立場ではない。今の俺にできるのは、あとで理雪に一言言ってやるという決意と、とりあえず彼女の舌と喉と胃の心配をすることくらいだ。

「……それ、食べれる?」

 彼女はそこで初めてうどんを注視する。丼内の惨状にはじめて気付いたのか、大きな目が余計に丸くなった。

「無理しないほうがいいんじゃない」

「いえ、自分で注文したんですし、何とかします」

「喉、大事にしなきゃ駄目でしょ?」

 蔦さんは、はっとして顔を上げた。唐辛子で喉を焼いて声が出ないなんてことがあったなら、演劇人としては致命的なミスだろうに、今日の彼女はそんなことも見えていないらしい。

 少し萎れた様子の蔦さん。こちらに向けられた瞳には、余裕の無さが浮かぶ。先日のとっつきにくい態度とは違って、ちっともクールじゃない。このギャップは――ちょっと可愛いじゃないか。

「無理しない無理しない」

「え?」

「……これ、俺が喰うよ」

 返事を待たず、俺は蔦さんの丼を手に取った。見事な茜色に染まった汁に一瞬ひるみはしたが、彼女に突っ込まれる前にうどんをすすり始める。辛い、というよりは痛い。しかし、辛すぎることと、麺が多少伸びていることを除けば、まあまあうまい。

「何するんですか!」

 俺は抗議を無視し、すっかり食べ尽くしてしまってから「ごちそうさま」と丼を置く。

「代わりに何かおごるよ。何か食べたい晩飯ある?」

「すいませんが」

「……つれないっすね」

 蔦さんはしばし、苦笑いの俺を見ながらなにがしかを考えていた。彼女の表情は、驚きというよりは呆れへと変わっている。この、少し冷たい目線は初対面のときの蔦さんに近い。調子が戻ってきたのかもしれない。

 やがて蔦さんはいつも通りのよく張った声で言った。

「じゃあ、『全部うどん』を」

「そんなんでいいの?」

「はい」

 掻き揚げと油揚げと山菜と温玉、それにわかめと蒲鉾。学食で可能なトッピングを全て乗せたうどんが『全部うどん』だ。俺の長いバイト経験の中でも、月に一度出るか出ないかのレア商品である。正直言うと、俺も食べたことはない。

 席に着いた蔦さんの前に丼を置き、俺も向かいに座る。閉店時間が近づいた西食堂はがらんとしていて、彼女の他に客はいない。少しぐらい持ち場を離れても構わないだろう。

 一口食べた蔦さんは、彼女に似合わないゆるゆるとした動作で顔を上げた。少し目を細めて、口角を上げる。

 俺が言葉を探しているうちに、蔦さんは再びうどんに目を落とし、旨そうに食べ始める。彼女が完食するまで、俺は見つめていた。

「ありがとうございます」

「俺、君のうどん食べちゃったんだよ。こっちが謝んなきゃ」

「いえ。……それでも、ありがとうございます」

「今度はほんとに外で晩飯でもどう?」

「……椿と若が一緒なら、行かないこともないですよ」

 蔦さんは、にっこりと笑ってさらりと言ってのけた。もう、すっかりいつもの彼女のペースに戻っている。

 晩飯も『NO』から一歩前進、『条件付きYES』。バイトやってて良かったと、俺は心から思った。



3.

「じゃあ、あとは若い二人でごゆっくり。また閉園時間に会おうぜ」

 俺はそう言い残すと、振り返らずにその場を後にした。隣で藤倉さん達に手を振る蔦さんの腕を取り、彼らとは反対方向に歩き出す。

 理雪と藤倉さん、それに俺たちの四人で来た遊園地。食事だけの約束が遊園地込みに膨らんだのは、藤倉さんと蔦さんの間での協議の結果だと聞いた。

 昼飯を終えたので、二手に分かれたところ。無事に向こうのカップルを分離し終え、ようやく肩の荷が下りた、と俺は気を抜いていた。

「先輩!」

 にこにこして振り返った俺に、蔦さんは頬を膨らませて抗議の声を上げた。今度はこちらのお嬢さんがお怒りのようだ。何かまずいことをしただろうかと考えてみても、思い当たる節はない。

「何、どうかしたの? とりあえずあっちの二人と離れられたけど、何か問題あったかな?」

「椿たちと別れたのはいいんですけど」

「うん」

「いきなり手を握るとか。もっと恥じらいが必要じゃないんですか」

 蔦さんは自分の手に重なっている俺の手をそっと剥がす。問題があったのは、理雪たちのことではなくてこっちのことだったらしい。

「馴れ馴れしかった?」

「……正直、そうです」

 彼女は申し訳なさそうに、しかしきっぱりと言った。顔をやや赤らめて、自分の手を自ら握りしめている。

 俺はもともとボディタッチに躊躇がない方だから、つい無意識にやってしまったらしい。

 ――それにしても。

 手を握ったのは謝るとしても、そこまで恥ずかしがることもないように思う。蔦さんは、俺が考えているよりもそういう方面への免疫がないのだろうか。

「ごめん。……とりあえず、せっかくだし何か乗らない? 俺、コースターがいいな」

「コースターですか?」

「だめかな」

「いえ。……わかりました。お供します」

 頬の赤みが引かないまま、彼女は早足で俺に付いてくる。

 この遊園地のジェットコースターは、走行中に二度の宙返りをするのが売りだ。園内のアトラクションの中ではいちばんの絶叫マシンであり、日曜の今日は行列ができるほどの人気である。

 俺の経験上、大人が恐怖を味わうには少し物足りないくらいの乗り物だが、小さな地方都市の遊園地にしては頑張っている。それに、絶叫するためでなく、純粋に遊園地を楽しみたい家族連れや恋人達にとってはちょうどいい。

 俺たちに順番が回ってきて、蔦さんと並んで座席に掛ける。周囲を見回すと男女の二人組が多く、俺たち以外はカップルであろうと推測される仲むつまじさ。さっき別れた友人達を思い出して、俺は蔦さんに話を振った。

「理雪たちも乗ったかな」

「椿はこういうの苦手だから、乗らないと思いますよ。……あ、動いた」

 ガクンという揺れと共に、コースターが進み始める。

「そっか。だったら、遊園地じゃない場所に誘えば良かったかな?」

「あの子なら、きっと若と一緒ならどこでも大丈夫ですよ」

 彼女は、藤倉さんのことなら何でも知っている。友人同士にしては深すぎる繋がりじゃないか、と俺は首を傾げた。先日の、七味をかけすぎたうどんを思い出す。いっそ、絶叫ついでに洗いざらい吐き出したらいいんじゃないだろうか。

「失礼かもしれないけど、一つ訊いていいかな」

「なんですか」

「蔦さんって、女の子しか好きにならない人?」

「私が椿を好きなのは、『友達だから』です。残念ながら、違いますよ」

「えっと、じゃあ、理雪と藤倉さんが付き合うのは、蔦さん的にはどうなの?」

「若が私に、椿のこと幸せにしてくれるって言ったから、許します」

 元担任に対して許します、とはさすが保護者だ。あの理雪からそんな約束を引き出すなんてただ者ではない。藤倉さんの親友に泣きながら怒られたと理雪は苦笑いしていたが、さては蔦さんのことだったか。

「それで、君は納得なわけ?」

「納得? しませんよ。するわけがないじゃないですか」

 コースターが二回転ループに差しかかったところで、蔦さんの声は絞り出すかのような叫びに変わった。

「私だって、椿のこと好きなのにっ!」


 観覧車は、コースターほどは混んでいなかった。四人がけのゴンドラに、二人で向かい合って座る。

 外の景色には目もくれず、彼女は無言で何かを考えていた。俺も何も言わず、ゴンドラは無音のまま、観覧車は動き続ける。

 空は夕暮れへと色を変えるころで、眼下には暖かい光を浴びた町並みが広がっていた。小さな街のわりに造りは綺麗で、こうして上から見下ろすとなかなか絵になるものだ――という話を彼女とできたら良かったのだが、あいにくそういう雰囲気ではない。

 ゴンドラが観覧車の一番上まで昇りきったあたりで、蔦さんはやっと口を開いた。

「若の次でいいって思ってるのは、本当です。私は二番でいい。だって、いちばんの人に攫われちゃったら、手の出しようが無いじゃないですか。椿のいちばんの友達にはなれても、いちばん大事な人には、たぶんもうなれない。……でも、私には、今もあの子がいちばんで」

 藤倉さんの一番は理雪、でも蔦さんの一番は藤倉さん。

 熱烈な片思いだ。藤倉さんへの気持ちが友人としてのものでも、たとえ恋だったとしても、蔦さんにとってはいちばんの人を取られたことに変わりはない。

 しかし、彼女の思いはまだ破れてはいない。自分に嘘がつけないために、折り合いの付くところが見つからないまま、それでも貫いていこうと足掻いているのだった。蔦さんはそういう子だと、短い付き合いの俺ですら分かった。

「どうしたらすっきりするの」

 聞き役に徹する姿勢だった俺が急に口を出してきたことに、蔦さんは驚いたようだった。大きく見開かれた目は、ややあって少し細められた。彼女は、笑ったのだ。形だけを見れば、完全な笑みだった。

「そういうキャラ、どうでしょう?」

 いつもは良く通り、舞台映えするアルトの声が、細かく震えて消えていく。

 悩んで悩んで、その結果が作り笑顔などというごまかしは、彼女には似合わない。俺は語気を強めた。

「まずい演技だ。笑いたいのか泣きたいのか分からない。……茶化すなよ」

「先輩もそう。……私の周りは、どうしてみんな大人ばかり」

 観覧車の向かいの椅子。雲間から夕陽が覗いて、彼女が背にした窓からは西日が差す。逆光で、蔦さんの表情が霞んだ。

「何やってるんでしょうね。子供みたい。馬鹿みたいじゃない。友達に彼氏ができただけの話ですよ。そんなこと、どこにだってあるでしょう?」

「ありふれた話だからって、蔦さんにとっちゃどうでもいい話って訳じゃないだろ?」

「……どうでもよくはないですけど、どうしたらいいのか分からないんです」

 恐らく、藤倉さんの中の『いちばんの友達』の席は、理雪には座れない。きっと蔦さんだけのものだ。

 ならば、友人としていちばん側に――それでは満足できないだろうか、とは言えなかった。満足できないからこそ、彼女は悩んでいるのだから。

 じゃあ、時間が解決してくれる、とでも言うのか。彼女にとっては、その忠告も何の助けにもならないだろう。

 彼女の納得のいく答えは、彼女が探すしかない。俺ができるのは、その手伝いくらいのものだ。いくら十も年が上だからって――いや、下手に歳を取っているからこそ、半端なことは言いたくはない。自分なりの道を探そうとしている最中に迷わせたくはない。殊に、相手がこうも真っ直ぐな場合は。

「俺ができるのは、聞いて一緒に悩むことだけかな」

「大人ですね」

「取り繕うのに慣れてるだけだよ。君より余計に年取ってる分だけ、な」

「聞いてくれるだけでも――」

 ブーッという間の抜けた警告音が、俺たちの会話を止めた。別のゴンドラが客を乗せてスタートする合図のブザー。いつの間にか、ゴンドラは一番下まで降りてきていた。

 係員がゴンドラのロックを解き、ドアを開けた。地上に降りた蔦さんは、憑き物が落ちたかのような顔で言った。

「うん。先輩に話して良かったって、思いました。……本当は、自分で悩んで引きずって抱えて、納得するしかないんだって分かってたんです。でも、きっかけと勇気がなかった。ありがとうございました、背中を押してくれて」

 ぺこりと頭を下げて、彼女は笑みを見せた。涙を浮かべて揺れていた瞳しか知らなかった俺は、瞬時に魅了された。

 ただ単純に、綺麗だと思ったのだ。

「俺でよかったの」

「だって、頼りになるって自分で言ってたじゃないですか」

 なんだか感謝されているが、俺は果たして役に立っていたのだろうか。そもそも俺は今日、下心だらけでここに来たわけであって、彼女に感謝されると心苦しい。黙っていればいいものを――そう考えつつも、言うか言うまいか迷って、結局白状することにする。

「俺さ、今日、実は、『付き合ってください』って言おうと思ってて」

「え?」

 蔦さんは、先ほどコースターのループのところで聞いたような声で短く叫んだ。たちまち頬は赤くなり、まばたきを何度も繰り返す。このギャップは何度見ても楽しいが、いつまでも楽しんでいるわけにはいかないので、俺は続きを一気に話す。

「でも、今日はやめたんだ。蔦さんの中のランキングは、藤倉さんが一位だって分かったから。ただ、俺は付き合うからには相手のいちばんになりたい男だけど、今は相手の逃げ場という扱いでも、別に構わないと思ってる。たまに呼び出してもらって、愚痴を聞かされるだけでも。……そうだね、最下位あたりに名前を足しといて貰えるとありがたいかな。それだけ言っとくよ」

「大人ですね」

「あと、せっかくジェットコースターに乗ったんだから、手くらいは繋がせて貰いたかった、とも思ってるんだけど」

 照れて付け足した一言に、「前言撤回」と蔦さんは肩をすくめた。相変わらず耳まで赤い彼女だが、ちゃんと突っ込みはしてくれる。おかげで、こちらも必要以上に気負わなくて済む。こういう相性はいいんじゃないかと、俺は勝手に考えているわけだが、さて。

 しばらく歩いて、観覧車の乗り場が見えなくなる頃、蔦さんは突然立ち止まった。

 振り返る俺に、彼女は仁王立ちで強い視線を送っている。睨むような、射るような目は、こちらを捉えて放さない。

 今日、これまでの彼女とは違う表情に、俺も何かを感じ取って身構える。

「……どうした?」

「本当に、本当に今の私で構わないんですか。椿のこと引きずってる私でもいいんでしょうか」

「いつか、いちばんになるまで待てる忍耐力はあるつもりだけど――それって、そういうこと?」

「最下位じゃないんです、先輩」

「ん?」

「椿の次くらい」

「マジですか」

 ――藤倉さんの次ってことは、二番手じゃないか。

 蔦さんは腕時計を見た。俺も、携帯電話で時刻を確認する。夕陽は沈む寸前だが、待ち合わせの閉園時間まではまだ楽しめるようだ。

 観覧車もいいが、ここはやはりあれだろう、と俺は自分の前方を指差した。その先には、今日いちばん最初に乗ったアトラクションがある。

「……コースター、もう一度乗らない?」

 彼女は俺の方へと一歩踏み出し、控えめに手を差し出した。

「返事は、これでいいですか?」

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雪椿 良崎歓 @kanfrog

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