第27話 風に舞う🍃サクラ🌸

「待った〜?」


 ——待ったさ......


 でも、退屈はしなかったよ。

 あの誰もいない桜の木の下で、白昼夢をみていたんだ。

 さっきまで桜色の羽衣を広げて舞っていたのは、キミだったんだから。

 キミは明るい笑顔のかげで、あんなにも深い哀しみを抱えているのだろうか......


 桜香は微笑みながら、黒いヘルメットを片手に持って立っている。レザーのツナギが、彼女がライダーとしてハンパないことを主張していた。そして、大きな真っ黒い瞳でこちらを見ていた。


 ——俺には見える。


 キミの瞳の奥にある、キラキラと輝く沖縄の、あの青い海が......



 そのまま私は、彼女が走った環状2号線のワインディングロードに飛んでいた。


 その沖縄北部の山あいを縫う道は、確かに他とは違っていた。

 自然を色濃く残すジャングルの中からは、いつクイナが飛び出してきても、おかしくはなかった。


 バイクで走る彼女は、もはやこの山々の自然に同化していて、マシーンが身体の一部になっている。

 カーブを切るたびにゆるめるスロットルと、再びくる加速の緩急のリズムは、山が呼吸しているようだった。


 ヘルメットのスクリーンを通して見上げる空の青い色は、沖縄ブルーだ。



 ——俺は見たんだ。


 港町の椅子に座っている老人。

 女と歩く米兵。

 パチンコ屋から出てくる母子。

 たくさんの綺麗なハーフの若者。

 誰もいない浜辺の、危険動物注意の看板。


 俺はバイクを降りて、ひとりそこで何時間も海を見ていた。


 そして、流れる涙が、俺に教えた。

 この海が、涙でできたことを。


 ......特攻隊、自決、ひめゆり......


 なにもかもが、この海に流れ込んで、混沌としている。

 それは、いまもここに住む人たちに受け継がれていた。




 ......しばらくして、私は白いホテルにもどり、プライベートビーチを眺めながら、ロビーでピアノを聞いていた。

 ただの観光客として座っていた。


 ただひとつ、少し違うのは、羽田空港にいる時から、ヘルメットだけをぶら下げていることだった。


 ホテルについてしばらくすると、レンタルバイクの店の息子が私を迎えに来る。恩納村で唯一のバイク店だった。


 その店からバイクで出発すると、私は沖縄の街に溶け込んで、その魂に触れようとした。


 そして、たどりついたのは、海と涙が混じり合った、深いブルーの哀しみの世界だった。


 私はバイクにまたがり、スロットルを振り絞る。

 まるで何かから逃れるように、風を切る。


 それでも、哀しみの塊は追いかけてくる。

 どこまで走ったとしても、逃れられないのだ。


 そして、悟る。

 影を消すことができるのは、明るい太陽の光だけであることを。


 キミは、太陽☀️だ。

 明るく、暖かく、哀しみの影を消してくれる......





 私を、上野山の花見の喧騒が再び襲った。


 桜香は先に歩いて行き、坂を下ったスタバの前に置いてあるバイクの前に立った。

 それは白いドゥカティで、彼女はすぐにまたがると、つま先立ちでスタンバイ。


 私もヤマハにまたがり、片手をあげてスタートの合図を送る。


 サクラの木のアーチの下で、花びら🌸のシャワーを浴びながら、彼女が駆け抜けていく。

 カーブに差し掛かると、お尻をシートから大きくずらして、バイクを傾けた。


 ——あの時と同じだ。

 あの、沖縄の2号線......



 ミラーに白バイが映り込む。

 私はハザードを出して、彼女に減速を促した。


 白バイは、2人の脇をすり抜けると、振り向いてニヤリと笑い、ピースサイン。


 彼も、行ったのだろうか?

 あの、沖縄の2号線......



 僕たちは、海に向かっていた。


 悩みの影を振り払い、海に哀しみを置きにいくために......


 桜の花びら🌸が、風🍃に舞った。













  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る