異世界にて料理はいかが(仮題)

NewBLTサンド

第0章 下準備

第1話 不幸中の幸い

「おめでとうございます!見事、特賞が当たりました」


パンパカパーン!

一面真っ白の世界で、気の抜けるような音が男の耳に届いた。


「あれ・・・どこだ、ここ?」


男―――沢辺誠一は困惑していた。

気がついたら何故か知らないところにいた。

全く身に覚えがない。


「酔っ払ったか、それともついに年でボケたか」


とにかく、一から思い出してみよう。

歳は71歳、性別は男で独身だ。

職業は飲食店経営。

さっきまで自分の店で準備をしていたはずだ。

そこまでは、しっかり覚えている。


「おめでとうございま・・・て聞いてますかー?」


30歳の頃から続けている飲食店で、地域の人々に親しまれていた。

たしか、今日は近所の魚屋から良い秋刀魚を仕入れたんだよな。


「あのー、すみません。オーイ」


最近言うことを聞かなくなった体にムチを打ちながらも、一人で切り盛りしていた。

常連のお客さんに心配されてたっけ。


「グスッ・・・、どうせ私は影が薄い地味女ですよ」


それで今日もいつものように準備をしていて、それで、それで・・・・・・思い出せない。

そこから先の記憶が頭からすっぽりと抜け落ちている。

とりあえず手がかりはないかと、誠一は周囲に意識を向けた。


まったくもって見覚えのない場所。

水平線が広がり、端が見えず、ここが限りないほど広大な場所である、という事は分かる。

自分が立っている地面には草一本どころか、汚れひとつ無い真っ白だ。

上を仰いでも、これまた白一色。

青ではないという事は、此処は外ではなく室内なのか?


己の周りには現実離れした空間と体育座りでさめざめと泣いている女だけ

―――とても殺風景かつシュールだ。


その光景を見て、今更ながら誠一はある疑問を口にした。


「そういえば、あんた誰?」


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 


やっと気づいてもらったのが嬉しかったのか、先ほどまでさめざめと泣いてた少女は立ち直り、誠一に話しかけてきた。


「すみません、恥ずかしいところお見せして」


「大丈夫ですよ。気づいてなくて、ほとんど見てなかったですから」


「フグッ!フォローがフォローになってない・・・」


目の前には少女がいる。

歳は18ほどだろうか、金髪でポニーテール。

顔はとても整っており美人である。

この不可思議空間と相まって神秘的で、ただ立っているだけで絵になる。


しかし、美人なのだが、メンタルが弱くどこか残念な匂いがただよってくる。

再びこぼれそうになった涙を何とか堪え、少女は言葉を続けた。


「気を取り直して、沢辺誠一さん。あなたは幸運なことに見事、特賞が当たりました!」


パンパカパーン!


また気の抜けるような効果音がどこからともなく聞こえた。


ただ、今はそんなことは置いておこう。

とりあえず聞きたいことが沢山ある。


「あの、話を遮って悪いんだが、まず最初にここはどこなんだ?」


店のこともあるし、出来るだけ早く帰らないと。

さっきから言っている『特賞』が気になるが、まずは状況確認だ。


目の前の少女は俺の質問に嫌な顔せず答えてくれた。

但し、その答えは予想の斜め上をいくものであった。


「ここは誠一さんが分かりやすいように言うならば、あの世です」


「・・・はあ?」


一瞬、思考停止した。

あの世?一体、何を言ってるんだ。

からかっているのだろうか?

いや、待て。そもそも何故俺の名前をこの少女は知っているんだ?

面識も無い筈だし、自己紹介だってまだ――――


「それは心を読んだからですよ」


突然、少女が話しかけた。

それは普通ならば成立しない意味不明な文章。

だが、誠一と少女の間において、成り立っている、成り立ってしまうのだ。

混乱している俺に構わず少女は話を続ける。


「戸惑うのは仕方ありません。よくあることです」


そう言って区切り、真剣な顔で俺の目を真っ直ぐに見て、


「あなたは死んだんです。店の準備中に心臓発作で」





死んだ・・・死んだのか、俺は。


名も知らぬ少女の口から告げられた受け入れがたい真実己の死。

普通なら、何の冗談を、と笑い飛ばすであろうが、それが出来ない。

目の前に立つ少女の透き通った瞳が、誠一に虚偽などではなく事実だと理解足らしめていた。


おい、そんな、そんなのって。

待てよ、ということは、ということは―――





「準備してた明日の分の食材、全部パーじゃねえか!!」



男の心の叫びと共に少女がずっこけた。



予想の斜め上を行く回答に思わず少女はずっこけてしまった。それはもう昭和の漫画のように。

誠一が良く動く子だなあ、と思っていると少女はガバッと立ち上がり誠一に問いただした。


「普通嘆くところそこですか!」


「バカ野郎!それ以外に何がある、常識だろ。しっかりしろよ」


「あれー!?私が間違ってるんですか」


「全くもぉ、食べ物を粗末にしちゃダメって、何時も言ってるでしょ!」


「何故にお母さん口調!?」


あれ〜?と頭を抱え混乱する少女。

間違っているのは完全に誠一の方なのだが、あまりにも自信たっぷりで言われたため自分の考えに自信が持てなくなってしまった。

そんな少女の反応を見て、なにげに少女をからかうのが楽しくなってきた誠一だが、このままだと先に進まないので切り出すことにした。


「つまり、俺は死んで、あの世に来ちまったってわけか」


「あ、はい、そうです。というか受け入れるんですね、亡くなられたこと」


「まあ結構な年だったし、死んだら死んだでしょうがないかなと。まあ、使えなかった食材が勿体無いがな」


「そ、そうですか。それと、こう言うのは変なんですが良い葬式でしたよ、常連客の皆さんが来て涙を流してましたから」


「そうか・・・そりゃ良かった」


長い間、経営していたため多くの常連客が食べに来てくれた。

案外俺は好かれたんだなと知り、不覚にも涙が出そうになった。

だが言葉はそこで終わらなかった。


「ただ、皆さん誠一さんにへと食材を持ってきて柩に入れたので、火葬の際に香ばしい匂いがしたと」


「・・・料理人冥利に尽きると考えよう」


生肉や魚まみれの自分を想像し、何とも言えない気持ちになる。

シュールすぎるだろう。

常連客は悲しくて泣いたのか、笑いすぎて泣いたのか分かんねえよ。


妙な空気になりつつある状況を変えるべく少女が話を続けた。


「とまあ、亡くなった誠一さんはあの世に来て、幸運なことに特賞が当選したんです。あ、紹介遅れましたが自分は下っ端神の彼岸 ハナミと言います」


「これはどうも。ところでさっきから言っている特賞ってなんなんだ?」


「よくぞ聞いてくれました!」


一応こんなのでも神様なんだと思いつつ特賞のことを聞くと、ハナミは水を得た魚のごとくテンションが高くなった。


「あの世では天国行きの亡者の中から抽選で各賞ごとの特典を与えることにしているのです」


「特典?」


「例えば一等賞は転生後必ず結婚し幸せな家庭を築く、二等賞は転生した際にイケメンになるなどです。もちろん、賞ごとに他の選択肢があるのですが」


「へー、一番下でどんなの?」


「参加賞で花粉症にならないやつですね」


「地味に良いなそれ。で、特賞の特典は何なんだ」


「はい、1京分の1の確率でしか当たらない特賞。何とその特典は【異世界転移】です!」


ババーンと効果音がつくぐらい高らかに宣言された。

最初の不機嫌はどこに行ったのやら、だんだんテンションが高く、ノリが良くなってきたハナミ。

そんな残念な子、もといハナミを見て、俺もノリに乗ることにした。


「異世界ってなんか不安だな〜」


「大丈夫です、特典ではカタログの中から能力を5個も選べるんです。これであなたもチート野郎になれるんです!」


「でも、お高いんでしょ」


「安心してください、今ならなんとタダで神界が全てバックアップいたします!」


「おおー」


「こっちは大赤字だぜ、もってけドロボー!」


「だが断る!」


ガクッとハナミが膝をつき落ち込んだ。

いや、断ったぐらいでそんな落ち込まんでも。


「えーーーー!?なんでですか、異世界ですよ!チートですよ!それでも男ですか」


「別に俺、料理にしか興味ねえし。ハーレム作るより、クレープとか作るほうが好きだし」


「乙女か!」


ツッコミ疲れたのかハナミがはあはあと息をつく。

ほんとにおもしれえなコイツ(笑)


「面白がらないでください!」


「流石、神様。心読めるんだ」


「読まなくても、その笑顔見てればわかります」


気を悪くしたのか、体育座りをしブツブツと愚痴を言いだした。

まるでいじけた子供のような反応である。

いい年した人、じゃなく神様がいじけるその背中から、どこからともなく哀愁がただよってくる。


「まったく、なんなんですかもう。異世界ですよ。ケモ耳にエルフですよ、剣と魔法ですよ。あっちの世界は美味しいもの少ないですけど、誰もが夢見る世界なんですよ。それを興味ないなんて、ブツブツ・・・」


「おい、ちょっと待て」


やさぐれたハナミはネガティブなオーラを全開に放出している。

他の人が見たら誰もが避けて通るだろう。

だが、誠一はそんなことは気にせず、ハナミに話しかけた。

いや、気にすることが出来なかった。


「さっき何て言った」


「え、誰もが夢見る世界に興味ないって――」


「そっちじゃない、その前だ!」


「ヒッ!?美味しいものが少ないって言いました!」


なぜか鬼気迫った誠一に肩を掴まれて問いただされ、ハナミは慌てて答えた。

誠一はその言葉を噛み砕くように何度も反芻した。

そんな誠一をハナミが見守っていると、突如誠一が顔を上げ口を開いた。


「やっぱり異世界に行くわ、俺」


「ほ、本当ですか。でも、いきなり何で?」


「俺は異世界に行く。そして...」


先程まで異世界に微塵も興味がなかった誠一。

この男の意志を変えたものとはいったい何なのか?

この男が異世界に行く目的とは何なのか?

それは―――




「そこで俺は店を開き、旨い料理を世界に広める!美味しいメシが無いなんて人生半分損してるようなもんじゃねえか!」




こうして料理好きの男、沢辺 誠一は異世界【ガルテア】に行くことになった。

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