第2話

 

 これまでの転校に次ぐ転校でもそうだったように、やはり新しい学校では和彦に友だちはできなかった。

 というか、あまり友だちとはどんなものかあまり良くわからないでいた。おしゃべりしたり適当につきあったりするのに抵抗はない。調子を合わせてスケベな話をするのも平気だ。しかし、正直なところ調子を合わせるのは面倒だったし、ときどき笑ってみせても楽しいわけではない。

 ただ周囲と浮いているとかえって余計な圧力がかかって面倒だから、という以外の理由はなかった。

 その中で結局、新入部員は千晶と和彦だけだったので、和彦は一種の期待を持ったが、かなえられたとは言えなかった。

 部活が実際に始まると、ふたりだけで机を並べることになったわけだが、和彦にはどこか見えないバリアのようなものが間を隔てているような気がしてならなかった。

 別に話しかけるなオーラを出しているわけではない。ふつうに話しかければきちんと返事が返ってくるし、千晶の方から話しかけてくることも少なくない。にもかかわらず、何かある程度以上は踏み込めないし、踏み込ませないような力が働いているような気がしてならなかった。

 千晶は和彦だけ、あるいは男子に対してそういうバリアを張っているわけではなさそうなのがいくらか救いだった。

 一緒に遊んでいた時の思い出が現実のできごとではなかったような気がしきりとした。たしか、千晶の家の近くで遊んでいたのだった。他にも何人かいたようだが、思い出せない。山の中のようでも、川のほとりのようでもあった。おそらく両方なのだろう。

 小学三年の時に保険会社に勤めていた父親の転勤でこの町を出て行ったから、実はかなり千晶のことは忘れていた。

 父の転勤と共に日本中あちこち転々としてまるで双六のように思いがけずこの母親の出身地であるF県に戻ってくるまで、なかなか友だちができない性格で、人を遊ぶこと自体あまりなかったが、だからといって改めて珍しく仲良く遊んでいた千晶のことを思い出すというわけでもなかった。

 あるいはそれほど仲良かったわけではなかったのかもしれない、と思う。あいまいで断片的な記憶しかないのは確かだ。しかし、記憶の中では千晶は笑ったり泣いたり、それから怒ったりとずいぶんストレートに感情を出していた気がする。

 ずいぶんきれいになったせいだろうか、とも思った。こちらが気おくれしているのか、当人がきれいなのを自覚しているからか、和彦の目には、ほとんど別人のようにきれいに映っていた。メガネの奥に隠れがちな切れ長の目、


 しかし、周囲の反応を見ていると、それほど美人と評価されているようではなさそうだった。メガネをかけて地味っぽくしてはいるが、今どき男子も女子も相手の容姿の評価には敏感だ。

 誰と誰がつきあっているとか別れたとか二股かけているとかなどなど、さっそくクラスのあちこちで噂が立っているが、千晶も和彦もそういう対象にはなっていない。   

 顔がいい頭がいいスポーツが得意といった評価基準に照らし合わせてどうこうというのではなく、最初からエントリーされていないようだった。

 それは和彦にとってはむしろ幸いで、先輩の女子たちこそ初めはからかい半分で千晶との仲を煽ったり噂したりしていたが、主に千晶が一向に反応しないのですぐに飽きて何とも言わなくなった。

 そして顧問の舟木の指導のもと、謹厳な雰囲気での書道修行が連日続くことになった。

 舟木自身が新進の書道家であり、自ら手本も書けば、古典を手本としてコピーをもってくることもあれば、古典を自分で模写したものを手本にしたりした。

 和彦は書についてはまったく知らなかったので、リンショという言葉を聞いても何のことかわからず、何ですかそれはと質問しようにも、先輩たちがごくあたりまえに聞いているので聞きそびれてしまった。

 あとでそっと千晶に訊くと、臨書と書いて、古典を模写したもののことですと即答された。

 古典といってもどんなものがあるのかまったくわからず、オウギシとかランテイジョとか言われてもどんな字を書くのかもわからないありさまで、いちいちそれを顧問の教師や先輩に聞くとバカにされそうなのでもっぱら千晶に訊き、王羲之、蘭亭序と書くことを教えてもらい、代表的な中国の書家とその作品であることを知った。しかし蘭亭序で現存しているのはコピーで原本は失われているのをまた模写するというのはいくら訊いても何か釈然としなかった。

 考えてみると、同年で同じ新入部員である千晶に訊く方が恥ずかしく思いそうなものだが、むしろわからないことがあるのをだしにして千晶に話しかけるのが楽しみのようになってきた。

千晶は何を訊いても親切に答えてくれた。しかし、また親切すぎてかえってよそよそしい。いや、それも考えすぎだろうか、などと考えはころころ変わり、一向に落ち着かない。

 入部の翌日からさっそく稽古が始まる。

 墨をするところから始まるのかと思ったら、水で書いたら黒く変色する紙を使うところから始めた。舟木先生の言うことには、下手な字を書くのに紙をムダにはできない、ある程度形がとれるようになるまではそれで練習しろという。

 舟木が和彦の筆の持ち方や、紙に向かう姿勢(文字通り身体の姿勢)をちょっと修正すると明らかに文字に伝わるものが変わってくる。それは何か整体でも受けたようだった。

 身も蓋もない言い方だが、不満を漏らすより先に舟木は練習用の紙がいくらするか具体的な金額を教えた。おかげで文句が言えなくなってしまった。

 特に掛け軸に使うような大きな紙(条幅という言葉も和彦は初めて知った)など、そう軽々と使うわけにもいかない。思う存分使っていたら、たちまち何千円何万円という金額になってしまう。書道で有名な四国の女子高は、地元の紙メーカーの協力があったから思う存分練習できたのだとこれも舟木に教わった。

 しかしそれもすでに何度も全国大会で入賞するといった実績があってのことだ。今のうちの腕前というと、素人の和彦の目から見ても先輩たちに関しては部長を含めてまあまあといった程度だった。

 しかし舟木の腕は、やはり素人目にもちょっと驚くようなものだった。というか、まずこういうのが優れた書なのだ、という具体例を舟木が次々と見せてくれたのだ。優れたものを見る目を養い、優れた書をものにするには、まず何より実際に第一級のものをたくさん浴びるように見なくてはいけない、と自分の私物を大量に持ってきて見せてくれた。

 中国のものと日本のものがほぼ半々で全部で三十巻に及ぶ。書の全集はどれもすごく大きくて重く、運ぶのに男手があってよかったと妙なところでほめられた。

 時代によって文字がまるで違っているのを初めて知った。漢字の体をなす前にあった骨に刻んだという文字も教わった。漢字にいちいち呪術的な意味があり、道という字は首を掲げて歩いたところから来ているという説明にはびっくりして、本当かいなと思い、そう口にしたら、典拠になっている「字統」「字訓」「字通」などといった漢字の研究書も見せてもらった。あまりに途方もない文字の種類と聞いたこともないその出典の古いこと難しいことに圧倒され、こういう世界もあるのかとびっくりした。

 さらに舟木は大漢和辞典という巨大な字典を持ってきた。というか、再び和彦に運ばせた。こちらは全十五巻、収録漢字は五万字を超すと言い、ページをめくってもめくっても見たこともない不思議な形をした漢字がずらりと並んでいる。

 さらにその字典が作られるまでの歴史もざっと説明された。字典を印刷するにも収録する漢字の大半が原典以外に存在していなかったので、活字をいちいち鋳造しなくてはならなかったと聞かされ、鋳造とは何なのかわからないのできょとんとしてしまい、ワープロでは打てないのかと質問して、ではワープロの文字はどうやって出る仕掛けになっているのかと聞かれて、和彦はぽかんとしてしまった。ワープロで変換すれば文字が出てくるものだとばかり思っていて、というか考えたこともなく、世界の初めからワープロがあったわけないでしょう、と舟木に言われて、それもそうだと今さらのように納得した。

 活字を組むとはどういうことなのか、とグーテンベルクの印刷術の発明から、その遥か昔に中国にあった木彫りの文字を組み合わせる活字技術があったことも舟木は教えた。

 さらに日本には言霊信仰といって、言葉に出すとそれが実現するような気がするから使うのがはばかられる空気が醸成されると聞かされ、差別用語とか忌み言葉がどうこうという例はよくわからなかったが、なんとなく納得した。

 あれよあれよという間に、それまでまったく知りもしなければ興味もなかった文字の歴史について次々と詰め込まれて、和彦は知恵熱が出たようにくらくらした。

 おかげで、千晶について意識している余裕はあまりない。千晶の方はすでに和彦が教わっている程度のことはとっくの昔に心得ているとみえて、舟木もいちいち教えようともしなかった。

 先輩たちもいざ練習が始まると、とにかく黙々と実際に書き続けた。たいていは舟木が書いた手本を臨書していたが、たまにそのまた原典になっている文字をコピーをとってなぞることもある。

 和彦は帰宅しても父親は忙しいし、母もパートに出るようになっているので、和彦は腰を据えて部活に打ち込んだ。

 その日も部員たちは静かに練習をしていた。

 舟木は場を外していたが、やることは決まっているので、それぞれ繰り返し書き続けている。

 和彦も集中して半紙に向かっていた。  

 千晶はほとんど舟木の指導を改めて受けることもなく、自分で手本を古典から選び、自分で臨書していた。自分の名前だけは手本がないので、あれこれと苦心して書き方を考えているようだった。

 まったくのど素人だったそれなり和彦も毎日練習を続けていくうちに恰好はついてきた。集中して紙に向かうことが増え、いちいち千晶も含めて他に気を散らすことは少なくなった。

 だから、それを見たのはまったく無意識に千晶の方を向いていた時だった。

 「若村千晶」という名前の文字が紙から起き上がり、今自分を書いた相手に向かってお辞儀をした。

 和彦は目を疑った。

(なんだ、今のは)

 千晶がちょっと自分の名前に対して挨拶を返したような気がした。しかし、和彦が改めて見直した時には、さっきと同じように集中して筆を動かしていた。

   


 

 

 




 

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