COLORS

烏乃実沙

第1話

真っ暗な空間。


生まれてからずっと私はその空間で生きている。



私は、宮崎県の山あいの小さな町に生まれた。

木々が生い茂り、それらは夏には涼しげな色に、秋には暖かい色に変わるという。両親は、そんなこの町のそんな風景が好きでこの町に引っ越してきた。



「志穂。起きなさい。学校よ」

と、母が言いながら、私の身体をさする。

4月。先日、中学校を卒業した私は、今日から家からほど近い県立高校へ通うこととなった。

「はぁい」

眠たい目をこすりながら返事をする私の肩を母が支えリビングまで連れて行ってくれる。これは毎日の恒例だ。


私は目が見えない。

私が生まれた後、泣き止まない私を見て不安に思い両親が病院へ連れて行くと、先天性の全盲であると告げられたという。


両親は、目の見えない私に対してできることは何でもしてくれた。毎日の介護はもちろん、最新の研究に関した論文や研究会の資料を読み漁ったという。

しかし、どんな治療法でも私が"光"を感じることはできなかった。


ただ、耳は聞こえるし、匂いも嗅ぐことができる。目の見えない私は人の声色やその時の雰囲気を声や音、匂いで感じることができるようになった。


「今日は、入学式なんだから張り切っていかないと」

母は、私をリビングの椅子に座らせながら言う。

「張り切るも何も中学校の時とみんなほとんど変わらないじゃん」


私の地域は児童数が少なく、同じ高校に行くのはほとんどが中学校の時の同級生だ。


「まあ、そうね。」

と納得したような声色で母は呟く。


すると、母は私に朝食のパンを渡しながら、思い出したかのように

「志穂は部活はいらないの?」

と、聞いてきた。

「な、なんで?」

突然の事に聞き返してしまう。

「だって、一度しかない高校生活なんだから、なんでも経験していた方がいいじゃない?」

そういう母の声はどこか弾んでいた。

「部活かぁ」

確かにやってみたいと思ったことはある。

中学校からの帰り道、友人たちが大きな声を出しながら走る足音やボールが転がる音、そんな音を聞いて楽しそうだな、と。

ただ、私は目が見えないのだ。

どうせ、楽しめるはずがない。

そう思って私は小、中とずっと帰宅部だった。


「まあ、考えとくね」

そう言って私はパンを食べ、顔を洗い、髪をとかして、まだ新しい制服へ袖を通した。

「似合ってるわ、うん」

母がそう言うと、自分では見えなくてもやはり照れてしまう。

うるさいなぁ。そう言おうとした時、

ピンポーン。とインターホンの鳴る音がした。

「あら、綾瀬くんもう来ちゃったわね」

と呟きながら母は、玄関の方へ向かう。

綾瀬くん、母からそう呼ばれたのは私の幼馴染で隣の家に住む綾瀬廉だ。

廉くんは3歳の頃から目の見えない私と一緒に遊んでくれた。

まあ、物好きなやつだ。


「待ってね、今志穂連れてくるから」

そう廉に話す母の声が聞こえ、すぐ後にこちらへ駆けてくる足音が聞こえる。


「さ、志穂、廉くんと行ってらっしゃい」

そう言って母は、また私の右肩を手で支えて玄関まで連れて行く。


「おはよ、志穂」

玄関に着くと少し低くなった廉の声が聞こえた。

「おはよう、廉くん」

と返すと私の手を取りながら

「じゃあ、行くか」

といつものように言う。

私は少しごつごつした手を握りながら、母に「行ってきます」

とだけ告げ家を出た。


「もう高校生かあ」

そう呟く廉くんの声は少し弾んでいた。

「高校生って言っても周りにいるのはみんな中学校の時のと変わらないじゃん」

先ほど母に告げた事と同じような事を言いながら笑っていると

「いや、やっぱ変わるだろ。2.3人は他のとこからも来るしな」

こういう元気なところは変わらないなあと思いながら

「そうかなあ?」

とだけ相槌を打つ。



「おう!きっといい高校生活が待ってるよ」

そう告げる廉くんの声はさっきより一層弾んでいて、私の髪を撫でる春の風のように爽やかだった。

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COLORS 烏乃実沙 @karasunomisa

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