鬼の僕と彼女と鬼ごっこ

深咲 柊梨

001

 吸血鬼。

 この名を聞いたことがない者は、恐らくいないであろう。

 言い伝えでは、人間の生き血を吸い、その吸った者を同族の吸血鬼にしてしまう。と言われている。

 皆は、どの様な認識だろうか。

 化け物の類?

 生者と死者の狭間にいる者?

 凶悪犯罪者?

 まぁ、一言で吸血鬼と言っても、それを模倣した呼称や、題材となっている映画や漫画等、数多く存在するのだから、一概には言えないのかも知れない。

 ヴァン・ヘルシング。

 吸血鬼退治の専門家。 

 吸血鬼の作品には、欠かせないと言っても過言ではないだろう。

 作品の中に登場する、架空の人物として捉えられがちな彼だけれど、実は、僕の高祖父にあたる。

 作者と友人関係にあった高祖父がモデルとなり、名義もそのまま貸したらしい。

 そもそも、吸血鬼という者が、あまりにも非現実的過ぎて、それこそ架空の存在と捉えられがちなので、ヴァン・ヘルシングも同様な扱いなのだ。と僕は思う。

 作中にもあるように、ヴァン・ヘルシングは実際に、吸血鬼の研究、退治を行っていた。

 吸血鬼の実態の研究に明け暮れ、その傍ら、吸血鬼が現れれば討伐していたのだ。

 そう、吸血鬼もまた、本当に存在するのだ。

 まぁ僕が思うに、それすら研究の一環だったに違いない。

 作中で扱われている以上に、吸血鬼の生態の研究に没頭していたのだと、僕は聞いている。

 代々吸血鬼退治を生業としてきた僕の家系だが、時代は流れ、吸血鬼自体が、最早フィクションの中だけの存在になりつつある昨今。

 僕自身はヴァン・ヘルシングの様な行いはしてない。

 と言うより、ある年代を境に、吸血鬼退治を行わなくなったのだ。

 現在でも、昔よりは数が減ったとは言え、確かにそれは存在する。

 そして、僕はそれを見つける事が出来るし、退治する事も可能なのだろう。

 ただ、そうするには、僕自身の力量と技量がかなり求められる。

 何しろ、もう三代に渡って、吸血鬼退治を行っていないから。 

 僕には、その術がない。

 さて、先にも話した通り、ちょうど三代前から、方針が変わった。

 何故か?

 高祖父のヴァン・ヘルシングの娘。

 僕からしたら、曾祖母にあたる人が、あろう事か、吸血鬼退治を行う中で、一人の吸血鬼と恋に落ちたから。

 そして、その者との間に子宝を授かり、その成れの果てが僕と言える。

 僕の名前は、神谷 由生(かみや ゆき)。

 所謂、普通の人間ではない。

 ダンピールだ。

 曾祖母は、ヴァン・ヘルシングに、その関係を大反対され、勘当同然で家を飛び出したらしい。

 まぁ、当然と言えば当然だろう。

 と言うより、吸血鬼に恋心の様な物が存在するのに驚きだ。

 聞けば、曾祖父は真祖の吸血鬼だったらしく、故に人間であった時の記憶や、感情が残っていたからーーかもしれない。

 こればかりは、具体的な説明のしようがないのだけれど。

 その曾祖父母の件以来、吸血鬼を退治するのではなく、人間と吸血鬼が上手く共存出来るように、取り計らう役目に変わった。

 曾祖母は、故郷を離れ、流れ流れに僕は今、この平和な国、日本に産まれ住んでいるのだ。

 祖母と父は、曾祖母の外国の血が流れているけれど、祖父と母は日本人。

 故に、僕が和名なのである。

 なかなかに、ややこしい我が家の家系図を、今ここで表にしてお見せ出来ないのが、心苦しい所ではあるけれど。

 まぁ、とりあえず、吸血鬼の家計なんだー。程度の解釈で問題はないので、深く考えなくても大丈夫。

 とは言え、吸血鬼だった曾祖父から考えると、僕の吸血鬼の血なんて、大した事ないだろ。と思う方も少なくないだろう。

 僕も、願わくばそうであって欲しかった……。

 実の所、僕には真祖であった曾祖父の力が、かなり色濃く受け継がれている。

 あくまでも、僕の父や祖母に比べれば。だけど。

 普段隠してはいるものの、僕には魔力がある。

 飛んだり、元素を支配する事は出来ないけれど、動物を支配する事は可能だ。

 動物大好き人間な僕からしたら、この『支配』と言う言い方は、かなり抵抗があるのだが。

 回復力も異常だし、夜目も利く。

 かなりの怪力の持ち主でもある。

 何よりも、この怪力を普段隠さなければならないのが、辛い所なのだ。

 魔力は自分の意志一つで、どうとでもなるのだけれど、怪力に関しては、常に注意を払わないと、思わぬ所で発揮されれば、大問題になり兼ねない。

 人間のそれではないから。

 ただ、曾祖父と違う所は、吸血には全く興味がないと言う所。

 それは、祖母や父も同じ。

 やはり、ダンピールとなると、人間の血も混ざるせいなのだろうか、血を見ても、全く何の欲も沸いてこないのだ。

 父に至っては、むしろ血が苦手である。

 眷属を作るにしたって、魔力で作る方法で、決して吸血をして作る訳ではない。 

 あと、最大の武器と言っても過言ではないだろう。

 僕は、ダンピール故に、吸血鬼の弱点が全く効かない。

 しかも、真祖の曾祖父の力を継いでいるものだから、父には最強だ。なんて言われたのだけれど……。

 そんな、力があっても、戦闘の知識や、方法を知らなければ、技量もない。

 まさに、宝の持ち腐れと言うやつなのだ。

 この場合、この力を宝と表現するのは、正しいかどうかは悩ましい所だが。

 この平和な日本で、僕は、今まで吸血鬼に出くわした事はない。

 無論、襲われる事も、退治する事もなかった。

 だから、このままでも、大して問題はないし、そもそも、意を決した大恋愛の末、結ばれ、幸せに過ごした曾祖父母からの方針を、僕の代で無理に変える必要はない。

 そんな時代でもないのだ。

 だからーー僕は、今まで何も考えてこなかったんだ。

 この十六年の間に、少しでも自分の力を活かし、いざと言う時の為に、訓練でもしていれば、こんなに苦労はしなかったに違いない。 

 そんな物騒な事を考えている自分を想像すると、ぞっとしないけれど。

 実際、僕はかなりの窮地に追い詰められた。

 高校二年になって迎えた、ゴールデンウィーク。

 僕の中に流れる『鬼』の血が、奇しくも招いた現実。

 どうか、夢であってくれたらと、何度願った事だろう。

 そんな願いは、すぐに打ち消され、非現実的で残酷な、そして悲しい出会いと別れ……。

 そんな世界に、身を投じる事になる。

 悪夢の七日間。

 僕は、決してこの日を忘れたりはしない。 

 最初に言っておくけれど、これはフィクションではなく、本当にあった話し。

 僕が身をもって体験した、事実だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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