絶望のエリュシオン

くると

第1話 再来の絶望


 七海 陸兎 ナツミ・リクト。34歳、男、独身。ただの中年。趣味はゲーセンで『オケアノス・ライド』をやること。フリーター。いつもダルそうにしているおっさん。その容姿と名前から、兎と呼ばれている。自分でも兎が気にいっている、オケアノス・ライドでの登録名も海兎だ。まぁ苗字と名前を繋げただけだが。


 しかし、いつも眠そうにトロンとした目をしてるから兎って……微妙に納得できない。そこまで眠そうな目をしているだろうか? 精々眉尻が下がった薄目で、緊張感のない緩んだ顔つきってだけだ………自分で言っておいてあれだが、確かに眠そうだわ。



 はぁ、と鏡に映った自分の顔を見てダルそうなおっさん面を再確認する。まぁそんなことはどうだっていい。いまさら過ぎることに一々悩んだりはしない。そこそこ長く生きているから、わりと達観している。


 

(今日の開店……確か早かったはず……)


 なんでも、夏休みの特別企画なんだと、知り合いの店員が自慢していた。イベントがあるっても自分には関係ないことだし、それで早く開くなら特に問題はない。少しだけ、ゲームをやれる時間が伸びるだけだ。

 混んだら嫌だなぁ、と呟き顔を水で洗い流した。このさっぱりする感じ、嫌いではない。




 財布に2万ほど突っ込み、シテル(スマホの発展型デバイス。腕輪型で空中にディスプレイを浮かべてくれる、しかもそのディスプレイでのタッチ式)をズボンのポケットにねじ込む。腕輪ってなんか違和感あって嫌いなのだ。付けるくらいなら違う場所にねじ込むだけだ。使うのに一々取り出せなければいけなくなるが、それでも腕に付けるよりはマシだ。

 あとは……ショルダーバックに財布を詰め込めば準備は完了。これで戦場にいくのみ。戦場――オケアノス・ライドが待っている。

 

 








 オケアノスに守られし海上都市――エリュシオン。

 この限られた海と空、そして機械で造られた人造の大地。それが俺たちが暮らしている日常。

 数百年前。それこそ、俺たちが生まれるずっと前に一つの災害が起きた。――――雨がやまなくなったのだ。それも世界各国同時に。この時点では、水が増えたことに頭を悩ませつつも概ね受け入れられていた。だが、それが一月二月、しまいには年単位で降り続けたのだ。それはもう悲惨な事になった。人類の大半は高地に逃げるか、あるいはエリュシオンのように海上都市、または開拓船団と名付けた巨大船の群れを出して生き延びようとした。


 だが、それらの計画は頓挫した。

 

 ――――ラスト・デイ。終わりの日。終焉。神の鉄槌。様々な呼び名が付けられた悪夢の日。あの日、世界を震撼させた巨大な化物が現れたのだ。奇妙な形をした巨大な生物たち、学者達の研究によれば「海に呑まれた大地で生き延びる為に異常適応した生命体――海獣」だそうだ。本来ならば生命としてありえない異常な進化を遂げた獣たち、奴らは人を襲った。

 未だ理由はわかっていない。だが、奴らは人類を攻撃する。それも命を賭して。こちらを滅ぼそうとしている。

 この異常事態は世界中で起きた。海へと逃げた者たちのほとんど助からなかったという。そもそもが小さいモノでも3~4mという人とは比べ物にならない大きさだ。銃火器で応戦しようにも、そのほとんどは硬い表皮に通じず。戦車なんていう置物では彼らの速度に付いていけず。戦闘機やヘリならば勝てるのではないか? と迂闊に行動した馬鹿は、その身をもって教訓となってくれた。今でも海獣の危険性を知らせるため、教科書に載っているほどだ―――理由は簡単、奴らの中には空を飛ぶ固体までいるのだ。それも鋼以上の硬度を持ち、猛禽類のような機動性さえも保有する化物。そんなモノに戦闘機の豆鉄砲では掠り傷一つ負わせられない。精々嫌がらせがいいところだ。核を放った馬鹿もいるが、アホすぎてこっちは教書にすら載っていない。物知りな教師が遊び半分で教えてくれる程度のものだ。

 そりゃあ、いかに海獣といえども核の光に焼かれれば死ぬ。だが考えてもみてくれ、世界中に存在すると思われる海獣を殺しきれるほどの核を、いまさら生産できると思うか?

 大半の工場は海に沈み。残った物も大半は海獣に襲われて潰れた。国が隠している戦力や兵器はあるだろうが、期待できるほどのものではない。


 空を飛ぶのに海獣なのか? という疑問はある。しかし、学者たち曰く「彼らが人類に対してもつ異常なまでの敵対性は共通している。数mはある巨体で空を飛ぶという異常な進化。また普段は海で過ごしていることを考えれば、十分に海獣と言えるかと思いますが?」と嫌みったらしく答えてくれる。


 そのうえ、雨はやむことなく未だ降り続けている。陸地はなくなったと言っていいだろう。少なくとも、人類が確認できる場所から大地は消え去った。まぁ、すべての大地が消える前に人類は、打開策を講じた。相手の機動性に引けを取らないスペック、海の中や雨の中でも戦うことができる機械。今ないのなら、これから創ればいい。明日という未来のために。1人の男が残した偉大な言葉を信じて生き残って人々は着手した。一つの計画に――



 ――――試作機0-1T型オケアノス・ゼロを開発してみせた。あれが人類すべてが初めて協力しあい創りあげられた――人の巨人、人の守り手タイタン。海をイメージして塗られたブルーカラー。明るい青に彩られた巨人は全体的にほっそりとした見た目だ。海中戦と陸戦をカバーするため創られて結果、武装は換装式になっている。6mという体躯で戦場を駆ける人型駆動兵器オケアノス・ゼロ――通称ゼロは圧巻だ。小型の海獣ならば圧倒してみせた。……しかし、開発に成功するもすでに手遅れだった。どんなに敵を圧倒できたとしても、すでに守るべきものを失った巨人に戦う戦場はなかったのだ。


 同時進行で開発されていた人類救済計画――コード・楽園が発動され、数万人という少数の人間を乗せて、箱舟は動き出した。次々と沈んでいく陸地とともに残った数十万人。彼らの犠牲を背に、人類という種を生き残らせるために。


 巨人オケアノスに守られし箱舟『エリュシオン』に乗り込み、人々は生き延びた。










 それが数百年前の出来事。正確なことは未だに判明してないらしい。なんでこんなことを今語ったか? プロローグ画面が流れているからだよっ! 毎回思うのだが、オケアノス・ライドのムービー長くない? 鬱陶しいだけだと思うんだけど。


 ぶっちゃけ、とっくの昔に雨はやんでるし。海獣の危機なんて存在しない。あるのは海上都市とオケアノス・ゼロの発展機くらいなもんだ。少なくとも、俺が生まれてから34年、この海上都市が海獣とやらに襲われたことは一度もない。近頃の学者は「そんな事実は確認されていない。どうせ何かの物語が混じっただけだろう」とまで言い切る者までいる。

 



「まぁ、俺ぁこいつができればね、なあんも文句はないんだけどねぇ」

 学者どもの見解になんて欠片も興味がない。テレビで言い合ってる姿はよく見るが、はっきり言って――当時の人間でなければ真実か嘘かなんてわかるわけもないじゃないか。

 目元を完全に覆うタイプのVR機――トリスタを装着し、ゲームの世界に入っていく。


 選ぶ機体は……ゼロの後継機、汎用機0-51型海神。使い易さと独自なカスタマイズが売りだ。実物と本物の操作性をもつというオケアノス・ライド。ぶっちゃけかなりぶっ飛んだ機体性能をもつ機体はどうにも苦手だ。尖り過ぎてて扱いにくいし、潰しが利かない。見た目はゼロとほぼ同じだが、海神の方がでかい。6mのゼロに対し、海神は7mある。まぁ性能的にも全体的に上回っている。よほどの懐古マニアでもなければゼロを選ぶ奴はいない。



「最初だしなぁ、とりあえずはまぁエネミーでいいかな」


 腕慣らしを兼ねてvEを選択する。機体強化用のポイントを手に入れられるし、対戦リストをちらっと見た限り、ランカーは誰もいなかったのだ。あまり楽しめそうな人もいなかった。これなら雑魚を狩って技量を上げてる方がいい。




 ギュイーーーーンと機械音が聴こえ、景色が一変する。ランダムマップを選んだが、いったいどこになったのだろうか。

 周囲を見渡し、手早く場所と状況を確認する。どんなミッションがあるかはわからないが、戦場の把握は早い方がいい。優位に戦うためにもマップの構築は必須だ。


 ミニマップを展開し、視界に入るようにする。同時に索敵用の震動を飛ばした。そこまで質のいいものではないが、周囲の敵を見つける程度の性能はある。


 ――ピピッ


  警告音とともに、ミニマップを埋め尽くした赤い点。どうやら索敵の結果が出たらしい。この数を真っ向から相手にするには流石に火力が足りない。あくまで、性能は本物準拠だ。ポイントで可能なカスタマイズも現実でできることしか対応していない。



「んー……高いとこ、ないかねぇ」


 周囲を確認する、ビルがもっとも高い。ならばあの上に上りたいが、20m優にありそうな建物だ。海神についてるブースターだけでは届かないだろう。



「――おっ、いいとこあるじゃん」


 道中にある家々を踏み台にし、ビルの最上階目掛けて大ジャンプをする。――グンッ、と地面に押し付けられるような慣性重力が体に負荷を与えてくる。毎度思うが、ここまでリアルに再現する必要はあったのだろうか?

 もちろん、届くわけもなく途中の窓にぶつかる。張られていた強化ガラスをぶち破り中に体を入れる。かなり窮屈ではあるが、横になれば入れないことはない。



「まぁ階段は上れねーか……」


 別に期待していたわけじゃない。ただ、上れたら楽かなぁ程度に思っただけ。あいにく、この海神に飛行用のパーツなんて付いてない。カスタマイズで飛行用ユニットを取り付けるのが精々だ。

 壁に張り付くようにしてビルから這い出る。そのまま上に上っていく。案外、細かいを動作をしてやらないといけないが、まぁ慣れてる。実際、vPで爆弾の解体をしたこともある。







「ついたついたぁ」


 ビルの上からディスプレイを拡大して襲われてる地点を確認する。食糧生産プラントの元へ大量の海獣が暴れている。迎撃用のNPCユニットが3機ほど守っているが……劣勢だ。数が違いすぎる。

 それに、海神2機でケートス1機というの分が悪い。重装特化の機体ケートスでは広範囲をカバーできない。戦力としては活躍しているが、あれは本来大型の海獣と戦うための機体だ。小型主戦のこの場ではあまり役に立たない。10m前後の中型2匹を足止めしているから、完全な足手纏いというわけでもないが……。


 ケートス――ダークブルーで彩られたボディ、すべての部位を覆う重武装。全体的にゴツイ。とにかくゴツイ。機動性を完全に捨てた近~中距離戦特化機体。鈍い。本当に戦う気があるのか? と思うほど鈍い。13mという圧倒的なサイズから繰り出させれる高出力。汎用機海神の倍近くもある。重装甲、重武装、もはや一種の砦といっても過言ではない。




 ――ピッ


 短い音、ディスプレイに表示されるミッションの文字。どうやら、ようやく今回のボーナスポイントを稼げる方法がわかる。


『食料生産プラントの損耗率を7割を保ち、3機のユニットを死なせない』

 ミッションを開き目を通して、

「めんどくせぇ。弱い奴の護衛って、苦手なのよ?」


 誰に聞かせるわけでもなく呟き――飛び降りた。なんの躊躇いもなく、本当に吃驚するくらい、ひょいっと飛び降りた。食料生産プラントに向けて。風圧が機体を揺さぶる。






 タタンッタタンッ

 短い銃声が響き、海獣の唸り声と吠え声が周囲を満たしている戦場に――――奇妙な光景が訪れる。


 ケートスと殴り合っていた海獣の頭上に――1機の海神が降って来た。それも態々ブースターで加速して。正気の沙汰ではない、中型海獣がクッションにならなければそれだけで大破し行動不能になっていた可能性が高い。むしろ、中型をクッションにしたくらいで衝撃を消せるものではないだろう。踏み潰した海獣の上から飛び降り右腕にもったアックスで道を切り開き、左腕にもったアサルトライフルを乱射し周囲の小型を蹴散らしていく。

 どうやら、中型を相手にするつもりがないらしくケートスに任せて小型を狩り尽くさんとばかりに潰していく。






 ―――――――ERROR――――ERROR――――ERROR――――――――


「――っ。このタイミングで割り込みって、嘘でしょぉ……」


 ディスプレイが赤く染まり、ERROR表記を吐き出し続ける。せっかく気分良くポイント稼いでたのに、稼いでいた分はなくならないが……当然ミッションは失敗扱いだ。そのうえ、先ほどまでうじゃうじゃといた小型や中型、しまいには迎撃ユニットも消えている。これではもうポイントを入手できない。後は対戦相手を倒すくらいしか入手方法がない。



「で、誰? 邪魔してくれちゃったのは――」

『お久しぶりね、海兎』


 別に返事を期待していたわけではないのだが、彼女は答えた。


「嘘っしょ……?」

 ディスプレイに映る彼女の登録名と機体名。それは俺を絶望の淵に落とすには十分な威力をもっていた。


『あら、何が嘘なのかしら? まさか、仕事上がりで久しぶりに来てみればあなたほどの大物がいるなんて思いもしなかったわ』

 MISA。ケートス。そう、彼女が繰る機体はケートス。俺が現在使用している武装では端から勝ち目がない。かといって、換装するなんて甘やかしを彼女がさせてくれるなんて思わない。

 一応、vEからvPになった影響で弾薬は再装填されているし、ブースターの燃料も補充されている。


「大物って、あんたの方が強いでしょう?」

 なあに言ってんだろうねぇ。ケートスなんて使い難い機体を使ってるからランキングは俺より下の4位。しかし、ケートスで上位ランカーなんて彼女だけしかいない。下手したら、彼女のほうがよほど世間に知られているかもしれない。


『うふふっ! 笑わせてくれるじゃないの。あなた、自分の順位がどれだけ凄いのか――理解しているのかしらね』

 ディスプレイ越しに――ギラリ、と睨み付けられる。


 直後――世界は爆発した。光と轟音。煙が周辺を覆い隠し見えなくなる。



『チッ、しぶといですわねぇ』

「――――待ったなしでそれは酷くないぃ?」

 ありえないでしょ。会話して注意を引きつけながら、ステルス性のミサイルをこの辺一帯にばら撒きやがった! そのうえ舌打ちって! エグイッ! エグイからねっ!?

 いったい、今のだけでどれほどのポイントを使ったのか……弾薬だってタダではないのだ。それもステルス性のミサイルって言ったら……か、考えたくない額が飛んでいっただろう。


『なあんで生き残ってるのか、教えてくれてもいいのでは?』

「嫌だねぇ。不意打ちでここまでしてくれちゃう君に、対策なんて教えたらすぐにでも殺されちゃうもの」

『あら、そんなことはありませんわ』

「嘘つき」

『ふふ。教えてもらわなくても、今すぐ殺しますからねっ――――』


 ――――ドオンッ


「しまっ――――」


 真後ろにあった食糧生産プラントをぶち抜き現れたダークブルーの機体。両手に巨大なハンマーをもっている。両肩には高電圧粒子砲を二門取り付けていやがる。先ほどのプレーンケートスが可愛く見えるほどの重量感。機体のあちこちにミサイルポッドを積んでいるのか、かなり歪な形になっている。


『これで私の勝ちですわーっ』

 MISAの嬉しげな音声が聞こえてくる。腹が立つがしてやられた。まさか奇襲の二段構えとは、恐れ入る。一応警戒して索敵飛ばしてたのだが、まるで反応しなかったところをみるに、面倒な電子戦装備を積んできたのだろう。

 だが、こちらも負けてやるつもりはない――――


「――――なめんなっ」


 いかに足が遅いケートスといえども、ここまで至近距離にもってこられたら応戦するのは厳しい。伊達に近距離最強の称号を名乗ってはいないのだ。

 ここからケートスの一撃を避けるのは不可能に近い。また、避けたとしても両肩に付けられた高電圧粒子砲が確実にこちらを撃ちぬく。



 ブースターを吹かせ機体を全力で――――後ろに突っ込ませる。


『――へ?』

 ハンマーを振りかぶり、今まさに海神へと振り下ろそうとしていたケートスにぶつかる。大した衝撃を与えられなかったのか――ぽかん、としたMISAの声が響く。

 だが、これで距離は潰せた。


「やー、おじさん近距離は得意じゃあないんだ」

 とぼけた声をあげアサルトライフルを地面に向けて乱射する。


『あ、あなたいったいなにを……?』

 必死に海神を引き剥がそうとしているケートス。しかし、ただでさえ馬鹿でかいケートスを更にごつくした異例の機体――MISAモデル、小回りが利かなすぎてなかなか振り払うことができないのだ。

 ……しかし、圧倒的なパワー誇るケートスに近づくなど自殺行為以外の何ものでもない。離れた瞬間スクラップに変えられる。かといってこのまま張り付いていても、徐々にあちこちのパーツが駄目になっていくこちらがジリ貧だ。そこきて地面に向けて銃を撃っている。謎すぎてさぞや頭が混乱していることだろう。


「なあ知ってるか? 戦場じゃあ、機体を攻撃するよりも地形に攻撃する方がよほど効果的だったりするのよ」

『なにを言って――――』


「もう少ししたら、嫌ってほどわかるさ」

 MISAの声を遮り、ディスプレイを消した。これで通信はできない。


「まぁ、相打ちにもってけただけ十分しょ」


 ――――ボゴッ

 

 何の脈絡もなく地面に空いた大穴、それに呑まれるようにして2機が大破した。









「最初にマップを完成させといたおかげだねぇ」


 食糧生産プラントの真下には大きな空洞があった。単純に暴れただけでは落ちないよう頑丈に造られていたが、一箇所だけでも穴が空けば保たれていた均衡が崩れ一気に脆くなる。それも片方はケートスだ。超重量に耐え切れず、地盤が崩落しただけのこと。

 無論、そんなものに巻き込まれて無事なわけがない。2機とも見事にデットロストを迎えましたとさ。



「しっかし、本物のロボットって奴には乗ってみたいもんだ」


 毎回オケアノス・ライドをやる度に思う。軍にでも入れば乗れるのだろうけど、自分みたいなゲーム好きのおっさんが入れるとも思えない。入れても付いてけないだろう。のんびり気ままなフリーター暮らしも性にあっている。


 トリスタを外し、背もたれに身を預ける。どうやら、順番待ちもいない。しばらく休んだらもう一度やるとしよう、と決めシテルを取り出し時間を確認する。

 1時間もの間、海獣と戦い続けそのうえMISAとの対戦までしたらしい。そりゃあ疲れもするよなぁ。

 あらかじめ買っておいたお茶のペットボトルに手を掛け、ぐびぐびと飲み干していく。心地良い冷たい感触が喉を伝い胃に落ちていく。火照った体を冷まし、疲れた気分を回復させてくれる。



「さて、と。もっかいするか――――――」


 体を一度大きく伸ばし、再度プレイしようと財布に手を伸ばしたところで固まる。――ちょっと待て。いいから待てって。なにあれ、なんだあれ、なんなんだよあれ!!

 

 財布を取ろうとショルダーバックに手を伸ばすと、自然体は横向きになる。偶々――そう偶々窓の外が見えただけだ。窓の外、そこにはがいた。もっとわかり易く言えば、先ほどまで俺が戦っていた相手が、猛威を振るっていた。

 そのことに気づいた奴らが暢気に写真を撮っている。馬鹿なのではないだろうか? あきらかに異常な事態だ。――いや、警報が未だ鳴っていないから映画の撮影とでも思っているのかもしれない。

 逃げなければ殺される。しかし、どこに? 存在すら疑われはじめた神話の化物――海獣、なぜいまさら現れたのか? 正直、そんなことはどうだっていい。この場に留まれば死んでしまう。俺の直感がそう告げていた。




 ――――異常事態が発生しました! 繰り返します、異常事態が発生しました! 各自近場の避難シェルターまでお逃げください。焦らず、しかし迅速に行動してください。


 ようやく鳴り始めた警報。そして同時に入った非難勧告。これは洒落になっていない。あんなことを言ってしまえば――パニックにならないわけがない。

 警報を聴き、慌てて逃げ出そうするが外には小型で溢れている。馬鹿が店から数名出て行くと――あっさりと殺された。潰され、呑み込まれ、死んでしまった。あれは、全身を覆う頑丈な甲殻を持った小型の海獣――ワームだ。長さ5m横幅2mの体躯を誇る。その頑丈な甲殻は戦車の主砲クラスでないと傷も与えられない。

 つかやってくれたな馬鹿ども! あいつらが店から出てしまったため、ワームがこちらに気づいてしまった。もっと言えば、奴らは獲物がここにいることを知ってしまったのだ。


(……まずいな、このままじゃここも襲われ――――)

 

 俺の懸念は一足遅かった。ワームが窓ガラスをぶち破り中に侵入してきたのだ。店に残っていた数名が悲鳴をあげ逃げようとするが、ワームはその姿に見合わない俊敏性をもっている。

 絶体絶命のピンチ。だが逃れる術はない。こちとらただのおっさんだ。そりゃあゲームは得意だよ? 操作性が本物と同じってんなら海神だって操縦できるだろうねぇ。でもさ、それって道具海神がなければ何もできないってことだからね?


 なんとか隙を突いて逃げられれば――――そんな甘いことを考えていると、同じことを考えたと思われる店員が、こちらに注意を向けているワームの隙を見事突いて、ワームが空けた穴から出て――いけなかった。

 目の前で暴れるワームの所為で忘れていたが、外の方が危険度は高いのだ。なにせ、店にいる数の――それこそ数十倍のワームが暴れているのだ。

 どっちみち、絶望的であることは変わらない。



『いいいいいいやっふうううううう! 音楽を鳴らせ、悲鳴をあげろ! 時代遅れの雑魚に教えてやれぃ! ここが誰のものであるかをなぁ!!』

『『了解』』


 聞こえてきた馬鹿みたいな会話に驚愕を隠せない。なんだ? 今度はなにが起きている?

 理解できない状況に理解できない状況を上乗せされた。頭がパンクしそうだ。――ワームが音に反応し、一瞬でも俺から意識がそれたのがせめてもの救いか。


『待ってください隊長! 私のケートスでは追いつけないんですけど……っ』

『あぁ……ミサくん。君は独立小隊の隊長だ。もう俺と同格なの。隊長って呼ばれても困るぞ』


 ……MISA? ケートス? え、流石に気のせいでしょ。

 まさか軍の連中? 軍が来てくれたの? 俺と同じ疑問と希望をもった奴らがしきりに叫んでいる。うん、マジで軍が来たのかもしれない。



『私しかいないじゃないですか! ぶっちゃけ足の遅い私と誰も組みたがらないだけじゃないですかっ!!』

『そ、そんなことはないぞ。あ、君は中型を担当してくれ。一応大型が出た時のために余力は残しておけよ。では――2機編成の小隊で各個撃退せよ、都市部に被害を与えなければどんな武装を使用してもいい』

『おっ。それは良いことを聞きました。では――』

『あ、待てよアルファ1。それでは、僕もこれで――』

『くそーっ。待ってよ、皆酷いよっ』

『う、うむ。すまんな、エイシス1はのんびり来てくれ』

『隊長ォォ……恨みますからね……』

『だから隊長じゃないっつーに。それと、作戦中はマクス1と呼べ』



 あ、遊んでないでワームの掃討をしてくれないかなぁ!!! こっちはわりと切羽詰っているんだけどぉぉ。

 ひたすらワームから逃げ惑う陸人。ぶっちゃけ店に残っていた数十名は半数を切っている。かなり余裕のない状態だ。助けが来てくれたことを喜んでいるが、このままじゃ全滅してもおかしくない。

 店の中に、まだまだワームは入ってくるし。どんどん逃げ場がなくなっていく。



『待たせたなっ』

 すぐ近くで聞こえた巨人の声。

 海神がアサルトライフルでワームを蹴散らしながら近づいてくる。――助かった、という気持ちと戦い方が下手だなぁ、という気持ちが沸いてくる。あのままでは早晩弾薬は切れ、困った事態になりかねない。


『アルファ1、先行しすぎです』

『でもよお、無理してでもいかねぇと――かなり死ぬぞ?』

『だとしても、あなたが死ねばより多くの命は失われます』

『チッ。ならサポートしろ、俺が死なねぇようになっ――――』

『アルファ1! はぁ、仕方ないですね、わかりましたよ。まったく世話の掛かる』


 山門芝居はいいから助けてくれないっ!? ――あっちょっワーム来たあああ。外で暴れまわるのはいいんだけど店の中にいる人を考えてくれないかな!?

 もはが3人しか生き残っていない。最初は数十人という結構な数がいたのにも関わらず、かなり死んだ。








『大丈夫か?』


 紫カラーに塗り上げられた海神。アルファ1と呼ばれた機体から声がかけられる。なんとか3人は生き残れたが……正直、俺以外の2人が生き残ったのは意外だった。これでもワームの習性と行動を熟知していた俺は、無事生き残れたわけだ。……ワームの認識外に出続けただけどねぇ。あのゲームどうなってんの? ゲームまんまの行動をワームが取ったけど……。


「ええまぁ、なんとか生き残れました」

『そうか。では急いで避難シェルターを目指すといい』


 それだけ言うと、次の敵を目指してブースターを噴かせて行ってしまった。……ここから1番近いシェルターでも、数時間は掛かるのだが……。まぁ近くにワームの生き残りがいないことを願おう。

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