第2話 壊れた髪のグラデーション
歩く。右足を出す。左足を出す。だけでは歩けない。姿勢を崩して初めて前に進めるのだ。
脳味噌もとい少女型の義体を操る人物の歩調は危うかった。初めて入った体でしかもジュッコイチのポンコツときている。脳味噌を収められただけマシなのだろう。
だが奇跡をかみ締めるには床の味は苦すぎる。
「くそがっぁぁぁあ!?」
歩こうとして躓き頭から地面に倒れる。ガンと痛そうな音と共に人物は動かなくなった。
暫し時間を置いて人物が起き上がる。頭を押さえてふらふらとしていた。たとえ機械の体があるとしても脳味噌だけは自前だ。衝撃を受ければ脳が揺れて機能が一時的に停止してしまう。
「よ、よし、歩けるようになったぞ!」
ぐっと拳を握りオオーッと声を張り上げてみせる。白々しい宣言だった。歩くことに四苦八苦七転八倒しているくせに。
ともあれ、人物はなんとか歩けるようになっていた。時折転倒こそするが酒を飲みすぎたサラリーマン程度の歩行能力を獲得していた。
人物は、ここで初めて部屋の隅に据え付けられていた自分の体を映せる姿鏡を見遣った。
白い裸体。白い髪を腰まで垂らしたうっとりするような美しい肢体が写りこんでいた。サファイアのように青い瞳が特に際立っていた。
人物は鏡の前で前屈みになってみたり腰に手を当ててポーズをとったが、むなしそうに首を振った。
「ロリコンくらいしか引っかからないぞこりゃあ……まともなボディがあればなあ」
言葉がトリガーになったわけではなかろうが、突如として白い髪の毛が波打ちつつ虹色へと変化していく。グラデーションをつけて色が変わったかと思えば、黒一色になる。白に戻る。壊れたテレビよろしく色がモザイク状にもなった。
不思議に思い義体の制御システムを呼び出すと、出るわ出るわエラーの数々。規格の合わないものを無理にくっつけた害がエラーコードの羅列となってスクロールしていく。
人物はため息を吐くと、自分の髪の毛が次々別の色に切り替わる様を見つめていた。
「髪色を変更する機能に性行為用の……オイコレ“そういう”目的用の義体じゃあないのかね?」
髪色を変更する機能。性行為の為の機能。つまるところ“そういう”目的であることが理解できた。
義体とはつまるところロボットなのだ。ロボットの原語の仕事を代替わりするという意味合いとして解釈するならばロボットではなかろうが、広義的な意味ではロボットと言えるだろう。
問題は義体が機能不全を起こしていて髪の毛の色が勝手に変わってしまうことだろう。エラーコードを全て細かく解析していけば他の不全箇所も見つかるだろうが、考えるのが面倒になりやめた。
ともあれ状況を確認しなければならない。
服が無い。全裸で出歩くのはリスキーすぎた。人物は止むを得ず、地下室に放置されていた毛布を首にくくりつけて外套とすると、サンダルを履いてペタペタと歩いて地下室と地上を繋ぐ金属製の扉へと向かいコンソールに触れた。
【緊急事態対応中 スキャン……放射線量……検出されず】
「ちょっと待て、ちょっと待て! 放射線ってなんだ」
人物は地下室から地上に出る為の扉のコンソールの表示に目を疑った。記憶がないとは言え、放射線が検出されるような状況に生まれたわけではないことは確信できた。
嫌な予感がする。
扉が開いていく。頑丈そうなそれは、人物は知らぬことであったが複数の素材を組み合わせて作られた高度なものであり、核爆発を想定していた。
地下室を出る。照りつける太陽に目が眩む。一歩を踏み出す。
「ふぎゃっ」
思い切り転んだ。
何せ地下室を出たら鉄骨が足元を遮っていたのだから。
よろめきつつ起き上がった人物の目に飛び込んできたのは、荒れ果てた街並みであった。
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