僕と君の素晴らしい世界

@arasaki

プロローグ ろくでもない世界

目覚まし時計のやかましい音で目が覚めた。

 会社を辞めて三ヶ月経とうとしているのに、寝る前にセットするくせがなかなか抜けてくれない。

 欠伸をし、軽く伸びをする。

「ふぁ……」

 猫っ毛の髪をぐしゃぐしゃとかき乱しながら、とりあえず朝刊を取りに行く。

「あ……そっか」

 清々しい朝日が差し込んでくる玄関の郵便受けには、新聞が差し込まれておらず、その理由を思い出すのに数秒の時間の要した。

 諦めて台所に行き、水道の蛇口をひねる。なにも出てこない。

 冷蔵庫に入れていたミネラルウォーターで喉を潤す。

「ぬるい」

愚痴をこぼしながら、コンロに火を点けようとしたがうんともすんとも言わず、カチッという空しい音が響くだけだった。

これではカップラーメンを食べることもできない。

「うーむ」

 少し考えて、カップラーメンの中身をそのまま食べた。

 ばりばり、ぼりぼり噛みながらリビングに向かい、リモコンでテレビの電源を入れる。

なにも映らない。

 16インチの液晶画面に映るのは、猫っ毛の眠そうな顔をした男だけだった。

「……」

 どうやらガスも水道も電気も全て止められたらしい。

 三ヶ月も滞納していれば当たり前なのだが、それでも薄情すぎやしないかと嘆く。

 これからどうしようか。

お金はないし、水道なども使えない。これでは人間らしい暮らしなどできない。このアパートもいつ出ていけと言われてもおかしくないし、そうとなればもう死ぬしかないじゃないか。

「まあ、それでもいいけど」

 もう、どうでもよかった。

 あの会社に入ってからもう人間社会で生きていく、なんていう妄言を吐くことなんてなくなったし、なんなら人生終わってもいいと思っていたし。

「はあ……」

 ごろりとフローリングの床に寝転がり、嘆息。

「どこで狂ったんだろう、俺の人生」

いいことづくめの人生ではなかったけれど、それでも人並みに成功して、人並みに失敗して生きてきた。

「はぁ……」

 答えの代わりに、出るのは溜め息だけだ。


 もう死んでしまってもいいのではないか。

 高校卒業して、やっとの思いで就職した会社が散々で、逃げるように辞めて。そのせいで新しい職場を探す気にはなれないし、これからもなることはないと思う。

「……」

 最初は軽い冗談のつもりで浮かんだ案を、しかし必死に思案している自分に気づく。

 死ぬのもいいのかもしれない。

 こんな、生きていてもなんの価値も見いだすことのできない俺みたいな奴が、いつまでもいつまでもいつまでもしがみついていなくてはいけないものなのだろうか。

 こんなろくでもない世界、大嫌いだ。向こうも俺のことが嫌いだろうし、ここらでおさらばしてもいいだろう。

 そうと決まれば後は早い。

 夏の陽光が容赦なく照りつける外へ出るため、就職祝いにと両親からもらった靴をはく。

 どこで死のうか。やはり山で首吊りか。それとも入水自殺? でも苦しそうだしな……。

 なんかの小説で、二酸化炭素が充満しているところに頭だけ突っ込んで、脳を破壊するのが一番綺麗な自殺方法だと読んだことがあるが、どうやってその空間をどうやって作るのか忘れてしまった。

 植物を使ったとかそんな感じ立った気がするが、細部が全く思い出せないのでこの方法はなしにしよう。

 最期くらい楽に……。となると睡眠薬を大量に飲めばいいのだろうか。それとも練炭自殺?

 推理小説で読んだことがある自殺方法が次々に思い浮かぶが、どれも途中で決心が鈍りそうなものばかりだ。

 一瞬でいけるようなものがいいのだが。

 少し悩むも、とりあえず外に出ることにする。歩きながら考えればなにか思い付くだろう。そんな、甘い考えで。

 玄関の扉を押し開けると、湿気の少ない爽やかな夏の空気が俺の肺を満たす。

 北海道だから梅雨などないし、気温も高くはない。

 日差しを全身に浴びながら、伸びをする。空には雲一つ浮かんでいなかった。

 それは死ぬと決めた俺の心のようにどこまでも澄み渡っていて、一大決心を祝福してくれているようだった。

「さて、と。死に場所求めてさまよいますか」

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