決勝戦 高木道弘VS藻部野凡人

『これより、第八回超人格闘大会決勝戦を行います』

 レフェリー鮫島流さめじまながれが高らかに宣言する。


(どちらにせよ、勝たねば何も始まらんからな。頑張れよ)

 控え室に向かう俺にじいちゃんは笑いかけた。いつもの優しい眼差しだった。


『東より超人的凡人、高木道弘! 東より異世界チート勇者、藻部野もぶの凡人ぼんど!』


 武道場中央に立ち睨み合う。優勝したらどうしよう、そんなさっきまでの悩みは奴の顔を見ると吹き飛ぶ。

 中肉中背。特徴ないのが特徴。それが藻部野だ。だが、トラックに轢かれた瞬間異世界に転生し、最強勇者として活躍した。何人もの美少女をハーレムのように囲い、キスでしか魔力回復ができない少女たちとちょっとエッチなドタバタファンタジーを展開し、魔王をあっけなく倒して、こちらの世界に凱旋したのだ。

 なんなんだよ、そのつまらないネット小説みたいな展開は。

 俺の心に火が灯る。こいつだけは俺の手で葬ってやる!


「お前のような真性の普通人間に俺が倒せるものか! かかってこい、高木!」


 クッソ。ムカつくこと言いやがって。てめえはたまたま異世界に行っただけじゃねえか。何も努力しないで勇者だ? ハーレムだ? 絶対許さん!

 それに、こっちの世界では何一つチート能力は生かされないことはわかっている。つまり、この戦いは平凡な男同士のプライドをかけた戦いなのだ。


『ラウンドワン! ファイト!!』


 鮫島会長の宣言とともに駆け出す。

 藻部野もほぼ同時に駆け出してた。

 俺の素人丸出しの大振りの右フック。

 藻部野の下手くそなハイキック。

 同じタイミングで繰り出された攻撃は、同じように相手の顔面をとらえた。

「ぐはあ!」

「うげえ!」

 お互い汚らしい悲鳴をあげて、ダウンする。


『相打ちだァ! ダブルノックダウン! スタートから激しい攻防になっております!』

『レベルが同じもの同士の戦いこそ見ていて白熱しますからね。一点だけ残念なのは、二人のレベルがあまりに低いということですが』


 痛みに耐えながらも、耳に入る実況たちの失礼な発言。

 顔を押さえながら立ち上がる。同様に藻部野もふらふらと立ち上がった。

「なかなかやるな」

「お前こそ」

 睨み合う二人。

「うぉらぁっ!!」

 再び右フック。

「ドオリヤアッ」

 再びのハイキック。再びの相打ち。再びのダウン。


『ああっと! またしてもダウン! 白熱しておりますが、攻撃は単調の一言です』

『あ、藻部野選手が先に起き上がりましたね』


「このやろー!」

 雄たけびをあげてつかみ掛かってくる。俺も必死に抵抗する。


『さぁエキサイティングしてきました! 藻部野選手、髪を引っ張ります!』

『高木選手も負けていません! 藻部野選手の脇腹をつねっています!!』

『まるで……』

『子供の喧嘩ですね……』

 呆れた様子の実況席。


 藻部野が半べそをかきながら俺の髪の毛を引っ張る。

 俺も負けてられない。藻部野の無防備な脇腹を思いっきりつねってやる。

 取っ組み合うまま俺たちは武道場の真ん中でゴロゴロと転がった。


『ああ! 藻部野選手なんと嚙みつきだ! 高木選手の腕に噛み付きました!』

『高木選手これは厳しいか!?』


 くそ!負けられない!左手で藻部野の股間を思いっきり殴る。


「がはっ!!」

 藻部野の動きが止まる。


 よし、チャンスだ!!

 ああ痛かった。ちくしょ、歯形がついてやがる。許さねえぞ。

 両手をグーにしてボコスカ藻部野を叩く。身を丸めて防御の姿勢をとる藻部野。

 俺は汗だか涙だかわかんない液体を撒き散らしながら、藻部野をひたすら殴り続けた。

『一気に攻勢逆転です! このまま決まってしまうのかー!?』

『いえ、さすがにこれでは終わらないでしょう。超人格闘大会決勝です、ここから面白くなるかもしれませんよ』

 実況席の期待の声をよそに藻部野が叫んだ。

「痛い、痛い、痛い! 降参!降参! 参った!俺の負けだ!」

 藻部野が泣き叫ぶ。


『あ、藻部野選手、降参のようですね』

『うわ、こんなあっけなく……』

 

「よっしゃー!俺の勝ちだーっ!」

 両手でガッツポーズをして叫ぶ。

 会場の割れんばかりの拍手が俺を迎え……てない?

 冷静になって見渡すと、白けた雰囲気が場内を包んでいる。


『——長い歴史のある超人格闘大会での決勝がこんなにもつまらない戦いだったことは今までなかったでしょう』

『まぁ格闘経験のない凡人同士の戦いですからね……』

 落胆した様子の実況席の二人。

 そんなこと言わないでよ。一生懸命戦ったのに……。


『勝者! 高木道弘!!』

 レフェリーの鮫島会長だけは毎度変わらずのテンションで俺の右腕を掲げてくれた。

 しかし、観客は不満そうに席を立つものが多数を占め、俺を讃える拍手はまばらであった。





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