第二回戦第1試合 藻部野凡人VS草薙さくら
■妖刀『血桜』
人を切るとその刀身に桜の花びらのような刃紋が浮かび上がることから命名された。平安時代に活動したと言われる伝説上の刀匠、
草薙さくらは幼い頃より、道場の奥に大切に飾られていた自分の名前に似たその刀をいつかは自分のものにしたいと考えていた。
それは意外な出来事によって実現する。
……父の死だ。
剣の道などには全く興味のない母には道場を任せられなかった。さくらが自ら道場を守らなければならなくなった時、彼女はその妖刀に手を伸ばした。それは覚悟の証でもあった。
◯ ◯ ◯
『さぁ、いよいよ第二回戦のスタートだ! 異世界勇者、
『この戦いは読めませんね』
あれ、いつもは歯に衣着せぬ物言いでズバズバ切る解説の柳原さんなのに、不思議なことを言う。あの藻部野がさくらにまともに立ち向かえるとは俺には思えないのだが。
あいかわず、下手くそなファイティングポーズをとる藻部野。一回戦では、相手の王城スバルが武道場を魔界の属性に変化させていたから、偶発的ではあるが異世界限定のはずだったチート能力が発揮できた。
藻部野は金髪になり、銀の鎧を身につけた姿に変身した。正直カッコよかった。だが、それがまた俺のハラワタを煮え繰りかえす原因にもなった。
だから俺は力の限り声を振り絞って応援するんだ。
「頑張れ!! 草薙さん! 斬り刻んじゃってー!」
「——お、おい!貴様物騒なことを言うな!」
藻部野がこちらに怒鳴ってくる。そんな余裕などないだろうに、本当にアホだ。
「なんか最近あんた変わったわね」
驚いた顔をしているのは真衣。
「なんだよ、お前が俺をこんなわけのわからない格闘大会に出場させたんじゃないか。しかも平凡平凡ってことあるたびに言いやがって。俺だってたまには怒るぞ」
「ふふふ、いいんだよ。別に。なんか明るくなったじゃん」
「内藤は他人事だからいいけどさ、俺は本気で命の危険が伴ってんだからね。そりゃ吹っ切れるところは吹っ切れるよ」
真衣は笑いを咬み殺せず、声をあげて笑った。
「いーねぇ。いろんな経験をしてちょっとずつ成長していく。それもいかにも凡人っぽい。さすが超人的凡人!」
「それ、褒めてんの?」
「大絶賛よ!」
なんだよ、変な奴だな。と、そんな外野の会話などよそに、さくらが攻撃を仕掛けた。
「伏龍閃!」
深く腰を落としたさくらは下から切り上げるように抜刀する。風圧が地を這う。風圧により地面が盛り上がりながら藻部野へと進む。
まるで地中に潜む龍が藻部野をめがけて駆けていくようだ。
「どわぁ!」
あっけなく吹き飛ばされる藻部野。実況席の方へ絶叫とともに飛んでいく。
『草薙選手の攻撃になすすべもなく藻部野選手、やられてしまいましたー!吹き飛ばされた藻部野選手はこちらに向かって飛んでくるって……うわあ!!』
実況席へとダイブする藻部野。これだけ吹き飛ばされたのだから、深刻なダメージを負っているかと思えば……
『なんと、藻部野選手、ラッキースケベです!ラッキースケベが発動しております!』
鼻息荒く叫ぶ実況。藻部野はなんと解説の柳原さんの胸の谷間に顔を埋めていた。ばしんっと重たい音とともに頬を張られた藻部野が試合会場に落ちていく。
ガバッと立ち上がった藻部野は自分の頬をペタペタと触っている。何かを確かめるように。
「こ、これはもしや……」
奇跡的に藻部野は無傷だった。吹き飛ばされた衝撃を柳原さんの胸の谷間で受け流したというのか。
『悪運強し!藻部野選手! 柳原さんのそこまで大きくないバストでも胸は胸。奇跡的なラッキースケベで窮地を脱しました!』
「確かに大きくはなかったな」
偉そうに腕を組む藻部野。
『二人とも試合が終わったら殺しますからね』
無表情で柳原さんが言う。本当にやりそうだから恐ろしい。
『ぼ、僕もですか!? 僕は実況として皆様に事実のみを的確にお伝えしただけで……、あ、やめてください!暴力は! ああ!!』
なにやら実況席周辺でエキシビジョンマッチが始まってしまったようだ。
だが、そちらは多分一方的な虐殺になるだろうから、視線は藻部野とさくらに注いでおくことにしよう。
「運が良かったわね! でもこれを避けられるかしら!」
刀を抜き中段の構えを取る。
「一応、峰打にしたげる!」
地面を蹴って飛び込むさくら。刀を振り上げ藻部野に迫る。藻部野もかわそうと身を引くがスピードが段違いだ。
脳天めがけて刀が振り下ろされる。峰打だって、あんな鉄の棒を頭にくらえば死ぬんじゃないのか。
まあ、せっかくだから死ね! 藻部野! 線香くらいは上げてやる!
そんな俺の期待は藻部野の予想外の動きで裏切られた。藻部野が足を滑らせて転んだのだ。
その反動で奇跡的にさくらの刃を交わすことに成功した。だが、さくらもそれくらいでは動揺しない。
すぐさま次の太刀を入れる。倒れてもがく藻部野は怯えた表情で身をよじる。
——ギリギリだ。
さくらの薙ぎ払うような斬撃を本当にギリギリのところで避けた藻部野はなんとか立ち上がり、必死で間合いを取る。
肩で息をして汗だくの藻部野と、澄ました顔で構えを取るさくら。完全に狩る者と狩られる者の構図だ。
「もうバテたの? まだまだこれからよ。風刃閃!」
さっき放った伏龍閃とはまた違う剣圧での遠距離攻撃だ。
藻部野はあっけなく、その攻撃を食らい吹き飛ばされた。
「ぎゃー!」
情け無い悲鳴を上げて吹き飛ばされた藻部野は先ほどのリプレイのように放送席で実況の生徒をボコボコにしている解説の柳原さんへ飛んでいき……。
『ぼふっ』と彼女の胸の谷間に顔面から飛び込んだ。会場の空気が固まる。
そして、またしてもリプレイのようなビンタ。武道場へ叩き落される。
……で、奇跡的に無傷。客席もこの一見馬鹿馬鹿しいながらも、おかしな雰囲気にざわめきだした。
『藻部野選手に奇跡的な出来事が立て続けに起きています! これはどういうことなのでしょうか!? 単なる偶然と言うには出来すぎています!』
血だらけでボッコボコにされながらも、実況を続ける男子生徒。偉いぞ、名前は覚えてないけど。
『偶然ではないでしょう。発動したのです。藻部野選手のチート能力が』
柳原さんが自らの拳にべっとりついた血をハンカチで拭きながら解説する。怖いよ、ガチで。
『しかし、相手は草薙選手です。異世界的な要素は無いはずです。何故彼の異世界限定のチート能力が発動しているのでしょうか!?』
『草薙選手の持つ刀にその秘密があると思います』
『……刀ですか?』
さくらの持つ日本刀に視線が集まる。学の無い俺にとっては一見なんの変哲も無い日本刀に見えるが。
『あの刀は妖刀血桜。平安時代の作品とされていますが、その作りは近代的です。実は単に出自が不明というわけではないのです。あの刀はこの世の物ではありません』
ざわつき会場。
「どういうこと!?」
尋ね返したのはさくらだった。自分の刀をこの世のものでは無いと言われたから当然だろう。
『その刀はとある異世界の刀匠の作品です。鍔の模様、それは単なる模様ではなく、異世界の言語が書かれているのです。「ア ライヌ テル ウェバー」訳すと"世界を超えて道を究めん者へ"です。その刀は最高の使い手を求めてこの世界に転送されてきたのです。強き者にしか扱えない刀として。代々その刀を所持していたのは武芸の達人でした。そして、それを引き継いだのが草薙選手のお父様だったのです』
なんでそこまで柳原さんはさくらの持つ日本刀について詳しいのだろうか。謎は深まるばかりだが、俺の疑惑の眼差しは藻部野の高笑いで遮られた。
「……とすれば、俺の能力では負けるはずはないということだな! 草薙さん! 危険だ。今の俺はちょいとばかし、危険だぜぇ」
パチンと指を鳴らし気障に決める藻部野。急に強気になりやがって。調子のいい奴だ。
「道弘、あんた、あんな奴に負けちゃダメよ」
真衣が隣で心底不快そうな顔をする。俺はもちろん力強く頷いた。
「ふん、それこそ、やりがいがあるってもんよ」
切り掛かるさくら。さっきまでのへっぴり腰が嘘のような身のこなしで攻撃を避け続ける藻部野。
華麗な連撃だが、それを全てギリギリのところで避ける彼のその表情は涼しげであり自慢気である。
いわゆるドヤ顔って奴だ。余計に腹が立つ。
手に汗握る攻防だ。藻部野は全ての攻撃を避けてはいるが、攻勢に出ることができない。それほど息を継ぐ暇も与えず、さくらは攻撃を続けた。
次第に藻部野の動きが鈍くなる。基礎体力の違いだろうか。
『藻部野選手、段々と避けるのもキツくなってきたかー!?』
『異世界チート能力が100パーセント発揮されてないようですね』
『なるほど、それは何故でしょうか?』
『一回戦は王城選手が会場に異世界の波動を呼び寄せたので、藻部野選手は完全に能力を解放出来ました。しかし、今回この会場の空気は異世界の磁場の影響を受けてはいません。ただあの刀だけが異世界の物なのです。ですから攻撃を避ける時にはチート能力を発揮できるのでしょうが、戦う相手は刀ではなく人間の草薙選手なので、攻撃面に関してあまり力が出せないのかもしれません』
なるほど、だから藻部野は金髪状態に変身もしていないわけだ。
柳原さんの解説の間にも必死に攻撃を避け続ける藻部野だが、体力の限界が近づいてきた。ふらつく場面が増えたのだ。
「くそ、そういうことか。だから力が解放されないのか。ってことはアレか? ジリ貧か!? くそー!」
息が切れかかりながらも悪態をつく藻部野。さくらの斬撃が藻部野の肩を掠める。惜しいことに体操服の袖を切り裂いただけだったが。
『ついに、草薙選手の攻撃が藻部野選手を捉え始めました!』
このままさくらの攻撃が続けば藻部野が負けるのも時間の問題だ。そう思った時だった。
『あーっと!藻部野選手! 攻撃を避けようとした瞬間に足がもつれて、あり得ない転び方で草薙選手を押し倒してしまいましたー!』
そう、 彼のチート能力は戦闘に特化しただけものではなかった……。
……俺にもどうしたら、そういう絡み方になるのかわからないのだが、藻部野はさくらの胸の谷間に顔を埋めるようにして倒れこんだのだった。
「わわっ、ごめん! そういうつもりはなかった!」
慌てて立ち上がる藻部野。
「な、なにするのよ!この変態! 」
胸を押さえながら立ち上がるさくら。顔が紅潮している。
「違うんだ!わざとじゃない! 俺のチート能力の中の一つにラッキースケベってのがあって——」
「問答無用!斬り捨てる!」
峰打にしていた刃を元に戻す。本気で怒っているようだ。
「馬鹿馬鹿! 俺のチート能力だってここでは半分も出てないんだぞ! 手加減してくれないと、本気でやばいって!」
本気で焦り逃げ回る藻部野を追いかけ回すさくら。背を見せて逃げる様子は、無様の一言だ。
「藻部野選手! 戦意喪失とみなし失格にしますよ!」
レフェリーの鮫島会長が注意する。
「そんなこと言ったって……って。うわぁ!」
またしても不可解な転び方で倒れる藻部野。なぜか追いかけていたさくらに足が絡み、今度はさくらの方が藻部野に覆い被さる様な体制で倒れこんでしまった。
仰向けに倒れる藻部野の顔に、さくらは胸を押し付けた形で倒れこんだのだ。
「ふがふが……」
さくらの胸に圧迫され藻部野が情けないくぐもった声を出す。
顔を真っ赤にして飛び起きるさくら。
「な、なんなのよ!コレ! なんでこんなことになるのよ!!」
混乱している様子だ。そりゃそうだよな。明らかにどう転んでもそうはならないだろって体勢でこんがらがるんだもの。
「だ、だから言っただろ! ラッキースケベなんだって! 多分、君が俺に攻撃すればするほどラッキースケベのレベルは上がっていく。このままだと、こんな公の場では見せられない様なラッキースケベに発展するかもしれないぞ! いいのか!?」
なんという情け無い脅し文句だろうか。藻部野の言葉に女生徒からはブーイング。男子生徒はなんだか期待と嫉妬の混じったなんとも言えない視線で二人を見つめている。
『さぁ、どうする、草薙選手。このまま攻撃を続けるのか!?』
『これ以上は危険かもしれませんね。レーティングに引っかかるかもしれません』
……確かに。
「遠距離攻撃なら大丈夫でしょ!」
さくらが間合いをとり、抜刀術の構えをとる。
「ちょっと待て!」
両手を振り懇願する藻部野だが、さくらは容赦しない。
「風刃閃!」
勢いよく抜かれた刃の風圧が藻部野を襲う。
「マジかー! ぐわー!!」
避けることもできず見事に食らう。そして、吹き飛ばされる。フェンスまで吹き飛び衝突。
しかし、ぶつかった藻部野は人間らしくないバウンドをしてまた宙を舞い、さくらの胸に頭からダイブした。
再び絡み合って倒れる藻部野。
ああ!なんてことだ、藻部野の右手がさくらのあんなところに潜り込んでしまっている!!
「い、嫌ぁー!!」
涙目で藻部野を蹴飛ばし立ち上がるさくら。藻部野もここまでラッキースケベが続くと『美味しい』などという気持ちも浮かばないようで、申し訳なさそうな顔をしている。
「だ、だから言っただろー! 不可抗力なんだよ! もう抵抗するのはやめてくれ!その刀で攻撃する限り君に僕は倒せない!」
「くっ、こんな奴に勝てないなんて……」
怒りと屈辱にまみれた表情のさくら。
「勝負で言ったら君の勝ちだよ! ただ、試合としては俺が一応勝ったってだけだよ! ね? 泣かないでよ。俺が悪かったから」
「……いえ、私の負けよ」
さくらは涙をこらえ背を向けた。
「降参、ということでよろしいですか? その刀以外の攻撃方法でなら、まだ戦えると思いますが」
レフェリーの鮫島会長が確認する。
「私は剣士です。剣が通用しないのならば、そこまでして勝ちたいとは思いません」
背中でさくらは語った。肩が悔しさで震えている。
「わかりました」
手を挙げる鮫島会長。
「鮫島選手の降参により、勝者! 藻部野凡人!」
そんな勝ち方あるかよ!!
俺の怒りのツッコミも届かず、藻部野の勝利で第二回戦第一試合は幕を閉じたのだった。
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