第7話 剣道少女と野球少年
乾いた校庭に広がっていたのは異常な光景だった。ホームベース上に仁王立ちする袴姿が似合う黒髪ポニーテールの少女。腰には刀。竹刀でも木刀でもない。鞘に納められた日本刀だ。
少女の前方のマウンドには肩で息をするピッチャー。ピッチャー以外の内野手はうめき声をあげ、うずくまっている。所々に転がるボールは何故か真っ黒で、辺りには焦げたような臭いが立ち込めていた。
「これでおしまい?」
涼しい顔で剣道少女が尋ねる。
「ま、まだまだだ」
そう言うとピッチャーは大きく振りかぶった。
「そうこなくっちゃ」と微笑を浮かべた少女は刀に手をかけ腰を落とす。
「うおりゃああ!」
雄叫びと共にピッチャーの手から放たれたボールは一直線に少女に向かって伸びる。
危ない、そう思った瞬間だった。
閃光一筋、居合斬りの要領で抜かれた刀がボールを捉えた。
「飛炎抜刀斬!!」
ジャストミートされた白球は刀との摩擦により燃え上がり、弾丸ライナーとなってピッチャーを襲う。
「なんとぉーー!!」
とっさの反応でボールをグローブに納めたピッチャーだったが、火球の勢いは衰えず、グローブごとピッチャーを丸焦げにし、数メートル吹き飛ばした。
「む、無念……」
どさりと地に伏すピッチャー。死んだんじゃないか? 大丈夫か?
「ふふ、なかなか良い球だったわよ。今年はベスト8くらい狙えるかもね」
刀を一振りし、満足そうに笑う少女。
「じゃ、あたしはここらで退散するから。約束は守ってもらうわよー。野球部は雨の日だからって剣道場を勝手に使わないでよね。それから、剣道部へバニラ牛乳の差し入れ1ヶ月だからね」
うずくまったまま悔しがる野球部員たちを尻目に刀を鞘に納める少女。
「ほんと、だらしないわね。球遊びなんてやめて剣道やりなさいよ、剣道。そしたら、もう少し頑丈になるわよ」
そう言い残し歩き始める少女。
その様子を俺は廊下から眺めていた。
どうやら俺はまた人間離れした奴に遭遇してしまったようだ。
「剣道部2年の抜刀少女、またの名を
真衣が俺をこづく。俺はただただ立ち尽くすだけだった。
「いやさぁ……。さっきから対策対策って言うけどさぁ。あんな化け物みたいな奴らにどうやって対抗するんだよ」
「だからそれは自分で考えなさいよ」
肝心なところはすぐコレだ。
「だって武器なんか使われたら勝ち目ないじゃんか……、てか武器はありなの? その大会は」
真衣はがさごそとカバンから書類を取り出して確認する。
「んー、ダメとは書いて無いわね。書いてないんだから有りなんじゃないかしら、知んないけど。なんならあんたもミサイルでも鉄砲でもこしらえて来なさいよ」
「んな無茶な!!」
バックネットの裏で言い合う俺たち。と、突然背後から野太い叫び声が聞こえた。
「草薙さくらぁあ!! 聞き捨てならねー!!」
俺は驚き振り向いた。野球帽を目深に被った男が部室から出て来るところだった。
部活に遅刻でもしたのだろうか、ガチャガチャとズボンのベルトを締めながら出てくる様はあまりに間抜けである。足を止め振り向く草薙さくら。
「あれー、
「じゃーかましいわ!! てめえ今、野球を球遊びと抜かしやがったなー!! 許さん!! それだけは断じて許さーん!!」
なんだなんだ、またよく分からない奴が出てきやがった。
「超高校級ピッチャー、そして、地獄の野球拳法家の一文字剛毅よ」
真衣が説明を入れる。なんだよ、野球拳法って……。
「彼の家は由緒正しい拳法一族だったのよ。でも彼は野球がしたかった。それで、師である父の目を盗んで編み出したのが野球拳法なのよ!」
「どーゆーこっちゃー!!」
俺の叫びを無視し、校庭では新たなバトルが始まろうとしていた。
「さくら、俺と勝負だ! 俺の野球拳法の恐ろしさ、教えてやるぜ!」
倒れていた野球部員たちを退避させて一文字はマウンドに上がった。一文字は身長は高いが筋骨隆々というタイプではない。むしろ先程、草薙さくらと対峙していたピッチャーの方がエースの風格を持っていた。
ボールを二度三度と宙に投げて、不敵に笑う一文字。
「準備はいいか」
「いつでもいいわよ」
草薙さくらは既にバッターボックスに立ち、居合の構えを取っていた。
「行くぜ!激烈弾!!」
一文字が大きく振りかぶる。ゆったりとしたフォーム、全身のばねを使って右のオーバースローから剛速球が投げ込まれた。
「速い!!」
俺も思わず声を上げてしまうほどの直球だった。レーザービームの様に突き進む白球。
さくらにしても予想外の球速だったのか、必死に防御の姿勢を取る。刀身を鞘から半分だけ抜き、なんとかその剛速球を受け止めた。鈍い金属音、刀に弾かれた白球が宙に舞う。
さくらは撃ち返せなかった。つまりは一文字の勝利か。
と思われたその瞬間、さくらは刀を素早く抜ききると、ふらふらと落ちて来た白球を袈裟斬りの要領で叩きつけた。
「風刃閃!!」
打ちつけられた白球が疾風を纏い一文字を襲う。
「おもしれえ!!」
そう叫ぶと一文字は、迫り来る球をなぎ払うかのようにグラブで受け止めた。その反動を利用し一回、二回と体を回転させる。一文字の周りに風の流れが生まれた。
「秘投、竜巻投げぇぇ!!」
さくらの打ち返した球の勢いを利用した超剛速球が一文字の手から放たれた。
「何っっ!?」
再び防御の体制をとるさくら。刀と白球のぶつかる音。荒れ狂う豪風を纏った球は受け止めたさくらをじりじりと後方へ押し流す。
「ぎゅるるる」と回転を続ける球に苦悶の表情を浮かべるさくら。
どっちが勝つのか。一文字の速球か、さくらの剣技か。
てか、なんだこの状況は。もはや野球でも何でもないぞ、と俺が思ったその時であった。
「そりゃぁぁぁぁ!!」
気合の声と共にさくらが刀を振り切った。弾かれた白球が明後日の方向へ飛んだ。強烈なスピンがかかった白球は大きくうねり、段々と大きくなって見えてきた。球の縫い目すら見えるほどの……って要するに、こっち向かって飛んできてるってことじゃないか。
いや、ちょっと待てって、マジか。うわぁあああああ!!
はっと気がつくと、俺は保健室のベットの上で寝ていた。頭が痛む。俺は夢を見ていたようだ。
夢というのは突拍子も無いことが平然と起こるから不思議だ。魔法少女と魔族の戦いを見て、美少女ロボットの開発現場を見て、人間離れした剣道娘と、同じく超人じみた野球部を見て……。ホント、変な夢だった。
「……あんた何をぶつぶつ言っているのよ。打ち所、悪かったの? それ、全部現実よ」
「うわぁ、内藤!? なんでここに」
俺は飛び起きた。急な動きで頭の痛みは激しさを増した。
「本当にどんくさいんだから。あのくらいの球は避けなさいよ」
「ったく、本当だぜ。あのくらいの球も避けられないで、よく超人格闘大会に出る気になったよな」
壁にもたれたユニフォーム姿の男子生徒が面倒くさそうに言う。
「剛毅! 何てこと言うのよ。私たちのせいで、この人は怪我したのよ! 一般人にとって硬球なんて凶器なのよ!? わかってるの!?」
袴姿の少女もいる。今日の出来事は全て夢だったのではないかと言う俺の淡い期待は崩れ去ったのだった。
「あんたがぐうすか寝てるうちにあんたの紹介は済ませたわ。何かそれ以外に言っておきたいことはある?」
「突然そんなこと言われたって困るわい。えっと、高木です。よろしくです」
無難な挨拶をする。
「ったく、あんたは本当に面白みのない挨拶しか出来ないわね」
「くそ、この女。どんだけ口が悪いんだ」
「何か言った?」
怪我人である俺の胸ぐらをつかむ勢いで身を乗り出してくる真衣。
「いや、別に……」と情けなく目を伏せる俺。
「あの、さっきはごめんなさいね。私ったら近くに人がいるなんて全然気がつかなくて……」
俺と真衣のギスギスした雰囲気に割って入るように、さくらが申し訳なさそうな顔をして頭を下げる。
「あなたも超人格闘大会に出るんですって? 私は刀龍会館の再興の為に、何としても秘伝の書を手に入れなければならないの。もし、試合でぶつかったら、その時は申し訳ないけど全力で戦わせてもらうから」
神妙な面持ちではあるが、はっきりした口調でさくらは言った。茶色がかった瞳が俺を見る。
「け、マジになりすぎなんだよ」
一文字剛毅が唾を吐く。
「俺は単純に野球部専用のグラウンドが欲しいだけだ。来年こそ甲子園に出る。そのために必要なのは専用のグラウンドなんだ。だから、仲間のためにも俺はぜってえ負けねえ」
そう言い残し、剛毅は保健室を後にした。
「ちょっと、待ちなさいよ! ちゃんと謝りもしないで! あ、高木君。今日は本当にごめんなさいね。あいつ追いかけるから。またね!」
さくらも剛毅を追って駆け出した。保健室には真衣と俺が残された。
「じゃ、私も帰ろっかな。あんたもそんな所でいつまでも寝てないで、さっさと帰って戦いのイメトレでもしなさいよ」
じゃあねー、とヒラヒラ手を振って真衣まで帰ってしまった。一人ぼっちでベットに残される。
ちくしょー。俺が何をしたってんだ。
何だか視界がぼんやりしてきたが、別に泣いてるわけじゃねえよ。
ちくしょー。
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