テンプレ展開のせいで、おれのラブコメが鬼畜難易度 特別編/氷高悠

ファンタジア文庫

テンプレその1『クラスの女子は、なぜかコックリさんが好き』

「ねぇ、コックリさんやらない?」

「いいね! ちょうどコックリさん、やりたいと思ってたとこだったんだ!!」

 昼休み。

 おれ――結野奏汰が机に寝そべって休んでいると、クラスの女子たちがなんか、唐突に盛り上がりはじめた。

【女子がコックリさんで盛り上がる……うんうん、これもいわゆるテンプレだね♪ 『テンプレートデイズ』の力は、今日も絶賛発動中だよ!】

 スマホにRINEのポップアップが表示されたかと思うと、黒髪ツインテールの美少女スタンプが、ポンッと押される。

 差し出し主は――テンプレの神様。

 ……はぁ。

 もういいよ、テンプレは。

 この自称神様がやって来て以来、おれの人生はテンプレだらけ。

 見てのとおり、クラスメートは女子しかいないし。

 両親は揃って海外出張に行って、帰ってこないし。

 空から降ってきた自称許嫁は、おれの家に同居しはじめるし。

 とにかく――テンプレ展開の数々のせいで、おれの平凡だった日常は跡形もなく崩れ去ってしまったってわけだ。

 そこに「クラスメートがコックリさんをやる」なんて、マンガやアニメにありがちなイベントが発生したら……分かるだろ?

 十中八九、ろくな目に遭わねぇ。

 だからおれは、絶対に机から顔を上げない。

 このまま寝たふりをして、予鈴が鳴るまでやり過ごしてみせるからな!

「ふむ……コックリさんですか」

 そんな後ろ向きな決意を固めた、おれの隣の席で。

 一番関わり合いになってほしくない奴が、興味深そうに声を上げた。

「聞いたことがあります……確かコックリさんとは、お金を使って好きな人の名前をなぞることによって、その心を意のままに操れるのでしたよね?」

 ちげーよ。どんな呪いのマインドコントロールだよ。

 おれは嘆息しつつ、薄目を開ける。

 瞳を煌めかせつつみんなの輪の中に入り、コックリさん用の紙を見つめているのは――ティナリア=アルゼクラン。

 不本意ながら、おれの許嫁ってやつだ。

 白い肌に、ぱっちりとした瞳。セーラー服の上からでも分かるくらい、大きな胸。

 腰元まである青みがかった銀髪を揺らして……ティナは嬉しそうにを取り出した。

「よろしければ、わたしも参加したいです! これくらい出せば、コックリさんはわたしの願いを叶えてくれますかね?」

 値段の問題じゃねぇんだよ! 硬貨を使え、硬貨を!!

 心の中でツッコむが、そんなおれの心の声など聞こえるはずもなく。

 ティナはコックリさん用紙の上に、ドカッと札束を置いた。

「コックリさん、コックリさん。わたしはアルゼクラン皇国の第五皇女、ティナリア=アルゼクランと申します。お気軽に、ティナとお呼びください」

 すると、ティナが手を添えている札束が、おもむろに動きはじめた。

 そして……用紙に書かれた文字を次々に示していく。

『ティナちゃん やっほー』

 軽いな、コックリさん!

「わぁ、すごいです! 本当に動きましたよ!!」

 札束に手を乗せたまま、ティナは興奮したように騒ぐ。

 周囲の女子たちも、実際に札束が動いたことで、ざわざわと沸き立ちはじめた。

「ん? 何やってんの?」

 そうして奇妙な盛り上がりを見せている教室に――一人の少女が帰ってきた。

 首筋で切り揃えた茶髪に、ちょっと勝ち気な瞳。

 背は低いし、胸もぺったんこだけど、小学生じゃないぞ?

 彼女の名前は、天里美織。

 世界一かわいい……おれの幼なじみだ。

「あ、美織さん。見てください。わたし、コックリさんに挑戦中なんですよ!」

「コックリさん?」

 えへんと胸を張るティナを怪訝そうに見て、美織は机の上を覗き込む。

「へぇ、コックリさんか。小学生の頃に、やったことあるなぁ」

「美織さんは、今も小学生みたいですよ?」

「うっさい! ちっちゃいって言うなぁ!!」

 顔を真っ赤にして、ティナに食って掛かる美織。かわいい。

 こうして一生、机に寝そべったまま美織を見つめていたい。

 っていうか、いっそ机になりたい。

「……では、次はこんなお願いをしてみましょうかね」

 そんな美織を邪悪な笑みで見やって、ティナは再び札束に力を篭めた。

「コックリさん、コックリさん。どうか美織さんの胸を、大きくしてあげてください」

「はぁ!?」

 怒気をはらんだ声を上げる美織を尻目に、札束は再び紙面上をスライドしていく。

 そして示された言葉は……。

『ないものは むり』

「……ぷっ」

 左手を口元に当てて、ティナが小さく笑いを漏らす。

 美織はぷるぷろと肩を震わせながら、ティナのことをまっすぐ指差した。

「ち……ちょっと! あんた、絶対わざと動かしてるでしょ!?」

「ふっふふー。認めたくない気持ちは分かりますが、これは正真正銘、コックリさんの言葉です。無から有を産み出すことは、できないのですよ? 日本のことわざに『無い胸は張れない』とあるのを、ご存じですか?」

 ご存じねぇよ、そんなことわざ。

「な……無くはないもんっ! ちょっとはあるもんっ!!」

 しかし、そんなティナの無茶苦茶な発言でさえ、今の美織には効果抜群だったらしい。

 うっすらと涙すら浮かべて、「ぐぬぬ……」と唇を噛み締めている。

「さーて。今度こそ、きちんとした願い事をしなくてはですね」

 そんな美織から視線を逸らし、再びコックリさんに向き直ったティナは、グッと札束を握り締めた。

「コックリさん、コックリさん。どうか奏汰さまが一生わたしだけを見ていてくれるよう、その心を操りたまえー!!」

 それ、もうコックリさんでもなんでもねぇだろ! いい加減にしろ!!

「さ……させるかぁ!」

「ちょっ!? み、美織さん!?」

 そのときだった。

 札束を持ったティナの右手を、美織がガシッと掴んだのは。

「……なんのつもりです? 美織さん」

「……そんな願い事、叶えさせるわけないでしょうが。そうくんの心は、あたしが護ってみせる!」

「ふ……ふふふっ! わたしが全力で動かす札束を、止められるおつもりですか?」

「あたしの腕力を、なめないでほしいわね! 身体がちっちゃくたって、力だけはあるんだから!!」

 全力て。腕力て。

 お前ら、ちっとも真面目にコックリさんやる気ねぇな!

 おれがコックリさんだったら、とっくの昔に祟ってるところだぞ!!

 まったく。どうして毎度毎度、こいつらは面倒事ばっかり起こすかなぁ……。

「ねぇ、知ってる?」

「うぉ!?」

 唐突に声を掛けられて、おれは思わず変な声を出してしまった。

 そして、おそるおそる顔を上げる。

 そこにいたのは、本日最初に「コックリさんやらない?」とか言い出した、クラスメートの一人。

 分厚いレンズの眼鏡がトレードマークの、モブの代表格。

 茂部花子こと――モブ子だった。

「いきなり話し掛けんなよ、モブ子……こちとら、気持ちよく寝てたのに」

「寝たふりしてただけでしょ。分かってるんだから……そんなことより、知ってる結野くん? 『コックリさんを札束でやったときの祟り』って」

 何そのピンポイントな噂。

 嫌な予感しかしないんだけど。

「コックリさんを札束でやるとね――その持ち主が最も愛する人に、災難が降りかかると言われているの」

 はい、予感的中ー。

 おれは頭を抱えながら、光の速さでスマホを取り出し、RINEを起動した。

【おい、バカ神! なんだよ、この展開は!?】

【えー? コックリさんやったら祟りが起きるなんて、テンプレ中のテンプレじゃん? 何か問題でも?】

【大ありだよ! なんでおれが祟られなきゃいけねぇんだ!!】

【知らんがなwwww】

 こいつだけは、いつか絶対ぶん殴る。

 そう誓ったおれの腕が……唐突に震えはじめた。

 ――いや、違うな。

 おれの座ってる椅子が、ガタンガタンと音を立てて揺れ出してやがるんだ。

「ポ、ポルターガイスト! 結野くんに、コックリさんの祟りが訪れたんだわ!!」

 OK。解説役をありがとう、モブ子。

 なんて――余裕を持っていられたのは、ほんの数秒。

 ロデオマシーンも驚くほどの振動っぷりに、おれは堪らず声を張り上げる。

「おい、ティナ! 美織! 今すぐそのコックリさんをやめろ! 今まさに、おれはコックリさんにとり憑かれている!!」

「「えっ!?」」

 同時に声を上げて、ティナと美織がこちらに振り向いた。

 札束から手を離して。

「た、大変! ちゃんとした手続きをせずにコックリさんをやめてしまったら、さらなる災難が結野くんに!!」

 モブ子が震える声で、叫ぶように言う。

 何それ何それ。完全にとばっちりじゃねぇ!?

 まるで納得いかねぇ……そう思いながらコックリさんの用紙を睨みつけると。

 ふいに――誰も触れていないのに、札束が動き出した。

「な!?」

 そして、コックリさんが札束で示した言葉は……。


『そうた すき』


 ……はい?

【いやっほおおおお! おめでとう、奏汰っち。コックリさんとフラグが立ったよ!!】

【コックリさんとフラグ!? 何言ってんの、お前!!】

【いやぁ、コックリさん……もといコックリちゃんとは、昔から知り合いなんだけどさぁ。あの子、かーなーり惚れっぽいから。おおかた、ティナっちの恋愛相談を聞いてるうちに、自分が奏汰っちのこと好きになっちゃったんじゃない?】

【てめぇの知り合い、ろくな奴がいねぇな! 友達の彼氏とか平然と取りに行くタイプだろ、それ!!】

 もうやだ、この人外の連中。

「コックリさん、ひどいです! 奏汰さまは、わたしの許嫁なんですよ? 勝手に好きになったりしないでください!!」

「そ、それなら、あたしだって! そうくんの幼なじみなんですけど!!」

 幼なじみ関係なくね?

 まぁ美織は発言するだけでかわいいから、別にいいんだけど。

「こうなったら、アルゼクラン皇国の財力を駆使して作成した、『神にも効果があるチェーンソー』で……」

「それ、まだ持ってたのかよ!!」

 ティナが取り出したのは、この間の騒動以前にアルゼクラン皇国が作っていた、用途不明の物騒な代物。

「コックリさんが神様なのか、別な悪霊なのかは知りませんが……取りあえず使ってみましょう」

「待て待て! それをどうするつもりだ!?」

「どうって、奏汰さまの身体をこう、さくっと」

「さくっと……じゃねーよ! コックリさんの前におれが死んでしまうわ!!」

「奏汰さま。日本のことわざに、こういうのがあります……『元気があれば、なんでもできる』と」

「それ、ことわざじゃねーし! 元気だけじゃ、物理法則は変わんねーんだよ!!」

 死ぬ、死ぬ! 絶対死ぬって!!

【おい、神様! コックリちゃんとやらを止めてくれよ! お前ら、友達なんだろ!?】

 …………。

 あ、既読マークが付いた。

 …………。

 …………………。

【だーかーら! なんで、こういうときに、既読スルーすんだよお前はあああああ!!】



 テンプレどおり、女子がコックリさんをはじめて。

 テンプレどおり、コックリさんの祟りが訪れる。

 そしてテンプレどおり、おれがひどい目に遭うっていうね。

 やっぱりこれ……ご加護じゃなくって、呪いだよな。


 テンプレ展開のせいで、今日もおれの人生は前途多難だ。

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