第13話 私の話 ぜんそく
私は四歳から十二歳頃まで小児喘息を患っていた。
今ではそれもすっかり影を潜めたが、昔はわりと大変だった。五回入院した。入院する度に数えていたから間違いない。
多分二回目の時だった。五歳か六歳の頃だ。様態が悪くなった私は、アルファベット三文字の謎の部屋に連れて行かれた。(ICUではない)看護婦さんにベッドごとガラガラと運ばれた記憶がある。
院というのは、本当に暇だ。子供部屋ならまだ遊び相手もいたが、アルファベット三文字の謎の部屋では遊び相手など誰もいない。それを見かねてか、ある日母がたまごっちを買ってきた。私が頼んだのかもしれないが覚えていない。
赤い半透明だった。海シリーズだとかなんだとかで、液晶の中では、どう見てもクラゲにしか見えない何かがうごめいていた。全くかわいくない。私は泣いた。何故か泣いた。
「テトリスの方がよかった!」
と、これでもかと言うほど泣いた。では何故テトリスを買ってくるように頼まなかったのだろうか、自分で自分がわからない。
アルファベット三文字の謎の部屋で号泣する私を見かねて、看護婦さんが慰めにやってきた。
「でもほら、たまごっちもかわいいやん」
かわいくない。このクラゲのような何かには微塵も愛嬌がない。私はクラゲが気に入らなかった。同じたまごっちでも、小動物のような可愛らしいものであったら、私はあそこまで嫌がらなかったと思う。こんな意味の分からないクラゲを飼育するくらいなら、ブロックを延々と消していたかった、そう思って私は泣いていたのかもしれない。いや、多分違う。
看護婦さんは私をなだめようとしたが、私は一向に泣き止まなかった。いくら子供とはいえ、悪い事をしたと思う。地面に頭突きを繰り返しながら土下座して謝るべきだが、もう名前はおろか顔すら覚えていない。
この後どうなったのかは覚えていない。たぶんどうにもなっていない。ただ、泣き疲れた私がふとたまごっちを見ると、液晶の中では相変わらずクラゲがうごめいていて、そこはかとなくやるせない気持ちになったということだけ覚えている。
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