第4話 父の話 深夜に呼ばれて病室へ。

それから数日後。

彼氏とラーメンを食べていると、母から電話がかかってきた。


「今何しよん?」

「ラーメン食べよる」

「どこで?」

「天一」

「どこの?」

「狭山」

「もう、なんでそんなところおるんよ……今から父さんの病院行ってくれん?」

「は? 今から? なんで?」


聞けば、父がやらかしたと言う。

脳が腫れているから酒もたばこも厳禁。

喫煙すれば悪化するかもしれない。

なのに、父が喫煙したという。

叔母に頼んで財布を没収してもらったが、今度はテレビカードを換金してたばこを買ったらしい。

そしてまかさの病室内での喫煙。もう大迷惑だ。

母はいますぐ病院に行ってくれと言う。このとき時刻は18時。片道約三時間かかる。

終電のことを考えると30分といられない。そもそも私が行って何になるのか。そういっても母は


「ええけん、ええけんお願いじゃけん言って」


と電話口で繰り返すばかり。横で会話を聞いていた彼氏は、

「お母さん考えることを放棄してるな」といった。私もそう思う。

そりゃそうだ。散々親戚やら病院やら職場やらに迷惑をかけまくって、もう母は疲れ切っていたのだ。


仕方がないので、彼氏と別れて電車に乗り込んだ。

片道三時間。到着したときには既に21時を回っていた。

ナースステーションには数人の看護婦さんがいた。


「なんで呼ばれたんかよくわかってないんですけど……」


そう言うと、看護婦さんが説明してくれた。

まず父は脳が腫れているので、喫煙は厳禁。それなのに吸ってしまった。しかも病室で。タバコを買うために病室から脱走したこともあるらしい。

看護婦さんから渡された紙袋の中には、タバコ二箱とマッチ、それからはさみが入っていた。入院患者用の腕に付けるタグを切ったらしい。もういい加減にしてくれ。

そして、父はまだ小銭入れとタスポを持っている。それを取り上げるために私は呼ばれたらしい。そりゃ、病院側が財布を取り上げたら問題になりそうだもんな……。


病室に行くと、とっくに消灯時間を過ぎているというのに、父はベッドに腰かけていた。電気がこうこうとついている。父の目はどこを見ているのかわからない。足元には、踏むと音が鳴るセンサーがついていた。父はそうやって管理されていたのだ。


「もう父さん何しよんよ」

「おう、飯でもいくか」

「もう夜中よ」

「飯いくか」


すると、父は私が止めるのを聞かずに病室から出て行った。

慌てて後を追う。飯と言われても、もう夜中だ。どこも閉まっている。

そんなこともわからないのか。そんなこともわからなくなってしまったのか。


なんとも形容しがたい気持ちでいると、看護婦さんが出てきた。

もう閉まってますから、夜中ですから、と看護婦さんにいわれ「そうか」とやっと引き返す父。


「何か買ってきてほしいものでもある? コンビニやったら行けるけど」

「お前がお土産何を買ってきてくれたかによるが」

「何も買ってきてないよ。時間なかったんやけん」

「そうか」


この時のことを非常に後悔している。もう少し急げばお菓子の一つくらい買ってくる暇があったはずだ。手ぶらでやってきてタスポを差し出せというだけだなんて、愛想がなさすぎる。

それからは見舞いに行くたび何かしら土産を持参することにした。


「んでタスポどこにあるん」

「まあええやん」

「よくないって。何のためにきたんよ。」


仕方がないから、机の引き出しの中やロッカーの中を捜す。しかし見当たらない。

看護婦さんに聞いて、とりあえず小銭入れだけを預かった。終電の時間が近い。看護婦さんとお互いに頭を下げあって、その日は病室を後にした。


終電には間に合った。はずだった。しかしクソ田舎者な私は、尼崎で乗換に失敗した。

帰れなくなった。仕方ないので難波まで出てそこでカプセルホテルに泊まった。都会ってすごい。




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