六節:二回目の待ち合わせ
まだ太陽が真上へと昇らない朝の時間。
正面から吹き込む風に体を押し返されながらも俺は、麻祁との待ち合わせの場所へと向かい、坂を上り続けていた。
――あの日から、二週間が経っていた。
坂道から這い上がった後、俺達は麻祁が呼んだヘリに乗り込み、そのまま学校へと戻ってきた。
ヘリから降り、保健室へと向かう時には、坂道を登る時と同様の担ぎ方で運ばれる篠宮さんが大声で叫び始め、廊下中に声を響かせていた。目をつぶれば今でも、下校していた生徒達のあの不思議そうな表情で向けられる視線が頭に浮かんでくる。
保健室に運ばれた後、篠宮さんはベッドに寝かされ、保健室の先生に容態を見てもらい、そのついでに俺達も見てもらうことになった。
結果、俺と麻祁は気付かないうちに出来ていた数箇所の切り傷以外には目立った外傷はなく、骨や内臓にも損傷はなかった。……しかし、篠宮さんの方は重体だった。
胸の辺りにある助骨の部分にひびが入っており、さらに右腕にもひびがあるとの事。
その言葉に麻祁は、
「カルシウムとビタミン不足」
と言い、それに対し篠宮さんが、
「あんたらがおかしいのよ!!」
と大声で返していた。
その姿から心配する必要はないということは伝わってきたのだが……正直、本当に折れているかどうかも疑わしい気持ちになる。
そもそも、その調べた方法にも少しばかり疑問がある。まず、レントゲンなどを使わず、ただ広げた手を俺達に向け、後は体をなぞる様にゆっくりと動かしていくだけだった。……よくテレビで自称超能力者が行っている方法だ。
果たしてそんなものだけで、本当に骨が折れているなんて分かるものなのだろうか? 今考えると頭の中に疑問ばかり浮かんでくるが、あの場で麻祁に聞いていれば解消された悩みも、今では聞きそびれてしまい頭の中で残る。
篠宮さんの骨が戻るまでに約二週間。そう聞かされた俺達は、完治するまでの時間を待ち、そして昨日、その報告が入ってきた。
電話でその話を受け取った後、麻祁は俺に向かいこう言ってきた。
「篠宮の骨が戻ったようだ。明日はちょうど土曜日だ、出かけてくる」
その言葉に、自動的に頭の中でその意味を探り始める。
出かける……ということは、この前の依頼の続きかな……。
数秒開けてから返事をすると、今度はこう問いかけてきた。
「――行かないのか?」
一瞬、肩が上がる。
どこに目を向けていいのかも分からず、とりあえず机に目を向けたまま俺は、いい、と首を横に振った。
篠宮さんの容態は気になるが、正直、あのような経験を二度体験するとなると、それだけは絶対に避けたい話だった。
今までのは、なんだかんだで一回きりの出来事。麻祁に助けられながらも必死でもがき、ここに帰ってきているんだ。それをわざわざ命の危険をさらしてまで同じ目に遭おうなんて、頭のおかしいヤツがする話だ。
それに一応俺の命を狙っているヤツもいるって話もあるが、たかが一日家にいただけで襲撃されるなんて、そんな都合のいいような話に……なるわけもない。
頭を下げたまま、横目に映るテレビに視線を移した後、顔をそちらに向けた。
画面の向こう側ではわざとらしく聞こえてくる複数の笑い声が響き、声を張り上げる司会の人が、端から端へと忙しく駆け巡っては、再び笑い声が湧き上がらせる。
それは見ている人達を楽しませる言動。しかし、今映っている視野の端で、麻祁の顔がやけにチラついてそれに集中ができない。
まるで俺の言葉を待っているかのように、麻祁は何も言わず、ただジッとこちらに顔を向けている。
「まぁ、行こうとしない人間を無理に連れて行くと、ただ邪魔になるだけなんだが……一つお前に伝えたいことがある、実は……」
突然に語られる麻祁の言葉に、俺は――。
坂を上ると、ふと視界にあの門が入ってきた。その横にある柱の前に篠宮さんの姿も――。
最初に出会ったあの時と同じ、左目を髪で隠し、制服姿の右手には大型のバッグな握られている。
俺は足早と近づき、そして声を掛けた。
「し、篠宮さ……」
「変わってるわ」
正面へと顔を向けたままの篠宮さんが俺の言葉と足を止める。
「変わってる?」
「一度危険な目に遭ったのに、二度も同じ目に遭おうとここに来た。そんな人が私の横にいる。変わってると思わない? ただの異常者よ」
「いや、そ、それは……」
その言葉はまさしく正論であるものの、俺とてここに来た理由もあってと、どこをどう説明を始めていいのか困っている中、それを察してくれたのか篠宮さんが理由を聞いてきてくれた。
「どうせ麻祁式にそそのかされてここまで来たんでしょ? 意志弱そうだし。で、なんて吹き込まれて来たの?」
「ええっと……骨の方は治ったけど、代わりに篠宮さんの行動で人に支障を来す障害が完璧に再発したとかで、一人では苦労するとか……」
「障害? なに言ってんの? 再発も何も私はもとからそんなもの患ってないわ。バカじゃないのあいつ」
「確か、完璧に再発した、って言葉を何度も言ってたような」
「完璧? 再発……完璧に再発ってなんか使い方が……かんぺき……?!」
何かに気付いたのか、突然篠宮さんが目を見開かせ、大きな舌打ちをした。
「あのバカ……本当に大バカね!」
イライラしているのか、鼻息を少しばかり荒げる。
「あのかんぺきって……」
「かんぺきは癇癖ってそのままの意味よ! くそ、私が居ないからって言いたい放題言って……あんなヤツの言葉なんて信じちゃダメよ! 十割まともな事伝えないんだから! それに――」
まるで悪い事をした子供を説教するような言い方だ。
勢いに押され、俺は何も言えず、ただ首を縦に振るだけだった。
しばらく篠宮さんの言葉を聞いていると、落ち着いてきたのか、徐々に口調の荒々しさが納まっていく。
「――ったく、本当に……で、他には? 何か他にも余計な話し聞いた? 」
「後は……あのミミズみたいな黒い塊みたいなのが学校に出たときに、横の廊下から銃を撃って助けてくれたとか」
「ミミズ? ああ、あのうねうね動く気持ち悪いヤツね。あいつのせいでもうメチャクチャよ。廊下のあっちこっちに飛び散っているわ、ウネウネ動くわで、ああ……思い出しただけでも気持ち悪い!」
「その時俺もいて、その……あの時に撃ってもらったおかげで、倒せたって聞いたから……」
「……で、そのお礼も兼ねて人助け? やっぱり相当な変わり者ね。命を捨てる事になるかも知れないのに、たった一日だけ出会って、ましてやあの時の話だって本当に助けたかもどうかも確証がないのに来るなんて……」
「いや、あの、それともう一つ聞いていて、トラックが坂道を下りるあの時に、篠宮さんが俺の体を外へと投げ出してくれたって……もし、あの時にトラックに居たままだと、生きていたかどうかも分からないって……」
「……それは私のおかげじゃないわ。久柳龍麻、あなたの運が良かっただけよ。現に、荷台に乗り続けていた私は生きてるじゃない。自分に感謝すべきね」
「それはそうかもしれないけど……」
「本当にバカね、そんな事で来るなんて……確かに麻祁式の言ってる手伝ったという事だけは事実だわ。でも私はあまりそういうの好きじゃない。何かのお礼をされるために助けた訳じゃないんだし、気まぐれもある。……でも、そうね、このままじゃ妙なわだかまりも残って気持ち悪いからこうしましょ」
ふっとため息をつき、真っ直ぐと立てた人差し指を俺に向ける。
「……そうね、まず、私のことを、さん付けして呼ばないこと」
「篠宮さん……って?」
「そう、ちょくちょく耳にするけど、麻祁式の情報だと私とあなたは同級じゃない。同年代に、わざわざ篠宮さんなんて呼ばれ続けるのなんて気持ち悪い。それに、こういった場だと、一々さん付けして、格差を付ける必要もないわ。情報としての伝達も遅れるわけだし、良い事なんて一つも無い」
「それじゃ篠宮……」
顔を窺いながら名前を呼ぶ。
篠宮さんと会うのはこれで二回目になるが、俺としてはあまり親しくない……というより、友達でもない人に対し、気軽に名前だけで呼ぶのは正直心苦しさを感じる。が、一人だけ例外はいる――麻祁だ。
あいつだけは、どれだけ命を救われるようとも、世界を揺るがす天変地異が起きようとも、さん付けでは絶対に呼ばないだろう。……目をつぶれば今でもあの恐怖が甦ってくる。
足を銃で撃たれたり、映画に出てくるような大きなクモの住処を見つける為の餌にされたり、そして今じゃ麻祁が殺した人物への報復対象として俺まで狙われる始末。
そんな経緯もあり、初めて出会ってから今の一度も俺は、麻祁さん、など呼んだ事は無い。本当に、最低最悪の状況での出会いだ。
ふと一瞬だけ、強い視線を正面から感じた。伏せ目がちになっていた顔を前へと戻す。そこには篠宮さんの目があった。
開かれた右目で俺の顔をジッと見てくる。
「――それでいいのよ」
呟くようにそう言った後、再び篠宮さんがため息をつく。
「それと、アレも忘れずにね」
「アレ?」
「探りよ、さ、ぐ、り。何でいいから何かの違和感を感――」
篠宮さんの右目が大きく左へと向く。それに釣られ、左に向くとそこに麻祁の姿があった。
自身と同じ身長のザックを背負い、眠たそうな細い目をこちらに向け、門を開けては、振り返らずにそれを閉め、俺の前に立つ。
「もう少しで車が来る、それに乗って前と同じ場所へ行くぞ。あっ、篠宮」
横目でジッと視線を向ける篠宮さんに向かい、麻祁が今気付いたようにわざとらしく片手を上げ名前を呼んだ。
「篠宮心配したぞ。篠宮骨は大丈夫か? 篠宮具合は悪くないか? 篠宮準備はいいか?」
何度も名前を連呼されるも、篠宮さんは表情を変えない。
「腹立つわね……最初から聞いてたなんて悪趣味ね。あんた一人だけには呼び捨てにされる覚えはないわ。厄介事の面倒事ばっかり持ってきて……呼び捨てされるよりも、敬称されるべきよ、様ね、様!」
「篠宮様御心配を、篠宮様御骨折を、 篠宮様御具合は? 篠宮様御準備は? 篠宮様」
「……なんかムカつくわね」
後方から聞こえてくる車のエンジン音。それに釣られ後ろに振り向けば、一台の白のバンが現れ、俺達の横で止まった。
ブルブルとマフラーから音を上げ、排気ガスを吐き出す車の後部を麻祁が開ける。
中は椅子もなく、ガラッとした空間が広がっている。荷台となる床には絨毯のようなものが敷き詰められていた。
「軽トラックの荷台は風が当たって寒いから今回はこれでいく。私も後部に乗るから、さあ行くぞ」
その言葉に、篠宮さんはぶつぶつと文句を言いながらも先に乗り、次に麻祁が中へと入った。
胸の中で一気に膨らみ上がる疑問を抑えつつ、俺もすぐに乗り込んだ。
広くも狭い空間に荷物のように三人が身を寄せ固まる。
「狭いわね、もう少し広い車はなかったの?」
「これでも内部を改装して広げているんだ。狭いと感じるなら、これが邪魔なんだよ、これが。どけたらいいだろ?」
篠宮さんの持っているバッグを麻祁が邪魔くさそうに端を引っ張る。
「ふざけんじゃないわよ! これが要らないなら私が行く意味がないでしょ! だったら、さっさと降ろしなさいよ! 大体、それこそ邪魔なのよ!」
背中から降ろし、壁にもたれさせていたザックの天辺を篠宮さんが摘み、引っ張る。
「これは本当に邪魔だと思う。今回は必要ないんだがな」
「はあああぁあー!? だったら何で持ってきたの!? バッカじゃないの!! そういえば前もそうだったわ。無駄に荷物持ってきて、おかげであの時は――」
徐々に口数の増える篠宮さんと、その言葉を真剣に聞いているのか聞いてないのかよく分からない表情で黙ったままの麻祁の姿に、俺はため息をつき、窓の外に目を向けた。
床が微かに揺れると同時に、止まっていた景色が動き出した。
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