一節:転校生
俺の反応が面白くなかったのか、チャイムが鳴ると同時に、僚がふてくされた顔をして自分の席へと帰っていった。――いい気味だ。
ガチャガチャと椅子を動かす音が部屋中に響き、しばらくして音が止んだ。
数分後、扉の開く音と同時に先生が入ってきた。
ネクタイのついてない白のワイシャツに、跳ねた短髪の縁なしの眼鏡。少しダレたサラリーマンの様な雰囲気を相変わらず出している人物――山田先生、俺達クラスの担任だ。
山田先生は、黒板前にある机に出席簿を置くなり、眼鏡を支える中心部分を押し上げ、口を開いた。
「突然だが、今から転校生がこのクラスに転入することになった。理由は本人が話す、――それじゃ入ってくれ」
声と共に扉が開き、そこから一人の生徒が現れた。
同時、湧き上がる声、男女問わず、そこに居た全ての生徒がその姿を見て声を上げた。
扉から入って来たのは、一人の女子生徒。まっすぐ伸びた背筋で歩き、山田先生の横につく。
正面に向けられた清涼あるその顔は、まるで異国のお姫様みたいな感じにもみえた。
窓から流れる風により、俺達とは違う、銀色の長髪がゆらゆらと揺れ動き、より一層その異国感を引き立たせていた。
なびく髪に合わせるように、男共が声をあげる。
「それじゃ、挨拶を……」
山田先生の言葉に転校生は小さく頷き、その小さな口を開いた。
「初めまして、アサギシキといいます。この度、両親の都合により、こちらに転校する事になりました。知らないことばかりですが、よろしくお願いします」
転校生は軽く首を下げた後、顔を正面へと戻し、真っ直ぐとした目で俺達へと視線を送ってきた。。
なびく銀髪に白い肌、ハーフのようにも見えるその姿に俺は思わず息をのんだ。――いや、この場の全員が一瞬にしてのみ込まれた。そのあまりにも場違いである人に対して……。
「……って訳だ。一応名前を黒板に書いてくれるか?」
誰一人喋ることのない場において、山田先生が淡々と話を進め始めた。黒板の隅にあるチョークを手に取り、それを転校生に渡す。
「…………」
転校生は、返事をすることも無く黒板に名前を書き始めた。
――麻祁式
「……ん、珍しい漢字だな。これでアサギシキか?」
「はい、アサギシキと読みます」
「変わった名前だな……。まぁいい、名前は麻祁式と言うそうだ、以上で自己紹介は終わりだ。このままHRに移るから、詳しい事に関しては後で本人に聞いてくれ。それじゃ……席は……」
先生の指がゆらゆらと動き空いている席を探し始める。
今、俺たちのクラスの空き席と言えば………正直どこもない。
あるにはあるのだが、それは欠席で休んでいたり、何より不登校で来なかったりと、何かと訳アリの席だけだ。
もし転校生が事前に来るならば、代わりの席を事前に用意するはずなのに、今朝来たときにはどこかの席が増えたりなんて事は見えなかった。
そうなると、新しい席を別の教室から自ら運び、持って来る以外には考えられない。それじゃ一体どこに席が加わるのだろうか……。
俺が辺りを見回し始めたとき、ふと妙なものが見えた。俺の遥か右側の前の席。皆が静かに息をのむその場にも関わらず、ある男が天高々と片腕を挙げていた――僚だ。
「はいはいはい! 先生! ちょうどここに空いている席があります!」
僚は声を張り上げ、自身の右側の席を指差した。しかし、その場所はただ今日たまたま欠席しているだけの生徒の席。どう言った所で座れるわけがない。
その事を知ってるはずの僚が、満面の笑みで指し続けた。
「……おい斉藤。その席は清水の席だろ。今日欠席してるだけじゃないか」
「あれ? そうでしたっけ? まぁ、いいんじゃないですか、早めの席替えってのも。麻祁さんに今日は一時的にここに座ってもらって、明日また考えるか、もしくは清水の席を龍麻の横に移ってもらったりとか、なんか気になるとか最近俺に相談してたみたいだし」
「なっ!!?」
突然の名指しに思わず出そうになった声を押し殺した。僚の言葉に数人の生徒が俺の方を向き、ケラケラと笑い始める。
――清水は男だぞ。
「今は片思い? いつか俺が相思相愛にさせてみせますが、まずはファーストステップとしてぜひとも席を――」
「んー、俺にはそういう個人的な内情は分からないし、お前がキューピットになるのも構わないが、そこは駄目だ。……そうだな、そこでいい」
笑い声の響く教室で山田先生がある場所を指差した。
「……えっ? ちょ、ちょっと待ってください! この席は!」
俺は思わず声を出し聞き返した。そう、先生が指差した場所は、俺の後ろにある空席だった。
確かにこの席は空いている。しかし、それはあくまでこの席が不登校での空席であり、居ないわけじゃない。もし、その生徒が学校に来て座る場所がなかったらどうするつもりなんだ?
「ああ、その席ずっと空いてるだろ。その生徒とは今も話し合い中でこっちで何とかしているから。せっかくの転校生にわざわざ席を持って来させる訳にもいかないだろ。今日は来れないんだし、今はそこでいい」
先生の言葉にすかさず僚が割って入ってくる。
「せ、先生! ちょっと待って下さい! なら俺の横でも今日だけは大じょ――」
「明日、清水は来るだろ? なら俺が伝えてやろうか? 斉藤が清水の事を心配してたって」
「……え、ええ……そ、それは……」
僚が顔を引きつらせて、しぶしぶと黙り込んだ。その姿に教室内に笑い声が響く。
「よし、それじゃ席も決まった事だし。麻祁、あそこだ」
「はい」
軽く返事をした後、麻祁さんが先生の指差した席に向かって歩き始めた。こちらに近づいてくる毎に通り過ぎた生徒の首がこちらを向く。
「はい、それじゃ始めるぞ」
麻祁さんが席に着くと同時に、先生が声を出し注目させる。俺もそちらに顔を向ける、のだが……。今後ろに座っている新たな転校生が気になって仕方がなかった。
開かれた窓から風が吹き込む度に、頭の中ではあの髪がなびいている映像が流される。
「……ん!?」
突然、麻祁さんが俺の背を指先で叩いた。咄嗟のことに動揺するも、俺は振り返った。
そこには先ほど前で見ていた近くにあった。
にっこりとした笑みを浮かべて、俺を見ている。
その表情に見惚れていた自分に気づき、一気に恥ずかしさが込み上げ、顔に熱くなった。
「ど、どうしたの急に……」
前で先生が話すホームルームの中、俺は出来るだけ気づかれないように、顔や体を真後ろには向けず、傾けるようにして小声で話かけた。
麻祁さんはじっと俺の顔を見つめ、再び笑顔見せた後、細い指が再び背中を叩いた。
「手、出して」
「手?」
言われるがまま俺は、麻祁さんの前に左手を出した。
ふと、何重にも小さく折られた四角形の紙がそこに置かれた。
あまりにも急な事に動揺したが、
「読んでみて? 後でお願いね」
そう言われた為、俺は急いで手と顔を前へと戻し、机の上でそれを広げた。
「……えっ?」
そこには、ある言葉が書かれていた。
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