星降り 08






背中で、また音がする。

扉の向こうで、誰かの息遣いが聞こえる。


「そんなところに立っていないで、入って」


机のある方向、窓のある邦楽を向いたままアレン・フランツは、そう言う。

もう、何も言葉を発してはくれない端末を撫でながら。


「………」


「もう、泣いてないよ」


扉がゆっくり開く音がする。

その音は、過去を開く扉の音なのか。はたまた、未来を拓く扉の音なのか。


後ろに、その人物が立っている気配がする。

いや、確かにその息遣いを感じている。


「………」


「うん、分かってる。聞いてたことを怒ってなんかいない」


それは、自分と似ているようで。

それでいて、正反対なようで。


「――ヴァレリ、きみも、『そう』なんだよね」


息を呑む音が聞こえた。そして、確信した。

ああ、やっぱり。そうなんだね。


「きみも、大切な人を、亡くしたんだよね」


さらに、体を震わせる音が聞こえた。

それ以外は、何も聞こえない。


「僕は、演技、してしまうんだ」


聞こえるのは、どこか遠くの、鳥の声だけ。

鳴いてるのかな。それとも、泣いてるのかな。


「もういないはずの人を、重ねてしまうんだ、自分に」


きっとその答えは、

本物の大空を翔けている鳥本人にしか、分からない。


「その、名前も。性格も。もっとも僕の場合は、

性格をよく知るすべも時間もなく、その人達は死んでしまったけれど」


だから、飛空士が何を背負って空を飛んでいるかなんていうことも、

きっとその飛空士にしか、分からない。


「忘れたくても、忘れられなくて。忘れようとしても、その人の姿が、声が、温もりが。今でも確かにそこにあるように、感じられてしまって」


それは、空の向こうではない、

とても近くから、小さい、まだ声にすらなっていない声が聞こえる。

変えられないはずの過去と、変えていけるはずだった未来を、悲しむ声が。


「―そうだよね、


ようやく、その声が聞こえる。

でも、後ろは振り返らない。それは、変えられない過去だから。

彼女がどんな表情をしているのかなんて、簡単に分かってしまうから。


「僕も、手伝うよ」


ぽたぽたと、滴が落ちる音が聞こえる。

それは決して、雨の音ではない。


「だから、一緒に行こう。僕らが歩いてる道は、どうせ一方通行なんだ。

前から歩いてくる誰かにぶつかる心配なんて、しなくて良いんだ」


たとえばあの時、

僕が母親の邪魔をしなければなんていう心配は。

/本当に星そのものが降ってくれていたらなんていう心配は。


たとえばあの時、

父親が乗る車に黒い雨が当たらないで

/黒い雨で兄の姿が飛び散ってしまわないで


「でも、そうだな…

それでももし、その時が来たら」


大切な過去も未来も、あの時のまま、変わらなかったらなんていう心配は。

飛空士である僕ら/私達はきっと、

する必要が無いんだ。


「ちゃんと、送り出してあげるから」


「―――――」


彼女が、声にならない叫びを上げる。

それと同時に、冷たいはずの背中を、温もりが覆う。


「―――――――――」


彼女の腕が伸びて、孤独だったはずの背中を、身体を覆う。


「―――――――――――――」


出ないはずの声を震わせて泣き叫ぶその手を、

/いないはずの人を演じて生きてきたその手を、


「――――――――――――――――――――」


僕は/私は、

あのとき大切な人の手を握られなかったはずの手で、


優しく、握り返した。






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