第1話 戦国ニート女帝降臨!?

 退屈な一日が終わった。


 俺は、教室の窓から空を見上げながら、変わらない日常を心の中で憂いていた。教室の中でボーッとしていても誰も気にする素振りすら見せない、いわゆるぼっち状態である。

 ただただボーッとしていても寂寥感が募る一方なので俺はこの日も寂しく一人で帰ることにした。__正確には一人では無いのだが、俺以外にので、他人から見れば寂しく一人で下校しているように見えるらしい。

「いつもゴメンね、りょーちゃん」

 学校から離れ少しすると、隣に浮いていた少女が俺に話し掛けた、そう浮いているのだ。この少女、事故に遭い所謂幽霊少女となってこの世に残っている幼なじみみたいなものだ。

「香菜が気にすることじゃない、それに俺が好きでやってるんだからさ」

 香菜は俺が孤立していくのを快く思っていないらしい。自分のせいで孤立していくくらいならこの世から消えるとまで言ったこともある。

「……別にそんなこと気にしちゃいないんだけどな」

 香菜に聞こえない程度の声で呟いて、しがない高校二年生の俺__浮津亮輔うきつりょうすけは家へと歩を進めた。



 ***


 俺が何故幽霊が見えるようになったか。

 それは、5年ほど前に両親と旅行に行った際に対向車線のダンプカーが居眠り運転をして、こちら側の車線にはみ出し正面衝突。

 もちろん前に座っていた両親は助からず、相手の運転手も亡くなって、生き残った俺でさえ重体で2週間集中治療室に入院することになった。

 目を覚ましたら、誰もいないはずの部屋に長い黒髪の美人なお姉さんがいた。

「……誰?」

 声をかけられると思わなかったであろう女性はビクッと体を震わせて直後に虚空に消え去った。

 これが初めて幽霊の存在を俺が認識できた時だ、周りには幽霊は見えないため幽霊に話し掛ける俺の姿を見た周りの人間には『うつけ』と呼ばれるようになった。


 ***


「……ちゃん、りょーちゃん!」

「っ! おっ、おうどうした?」

 昔のことを思い出していたらついボーッとしていたらしい、香菜が心配そうに俺の顔を除きこんできた。

「大丈夫?」

「あぁ、大丈夫だよ。ところでどうしたんだ?」

「なんか不思議なブレスレットが落ちてきたんだよね」

 と、言いながら紫色の宝石の埋め込まれた黒い金属のブレスレットを差し出してきた。

「どういうことだ?幽霊の香菜で触れるなんて……」

 そのブレスレットに俺が触れた瞬間…

『レッツゴー!認証!諸行無常!!』

 という音とともに勝手に左手に装着された。

「な、はっ!?えっ!?」

 今目の前で起きた異常事態に脳が追い付けず素頓狂な声を上げてしまった。

「と、取り敢えず帰るか」

「そうだね、周りの視線も痛いしね」

 と、主に原因の香菜に冷静に分析されてしまい、俺はなんだか若干やるせない気持ちになったがともあれ家に帰ることにした。


 ***


「ただいま」

 家に帰りついた俺は、もはや癖になってしまった誰もいない無駄に広い一戸建ての我が家への帰宅のあいさつを済ませると、荷物を一度自分の部屋に置きリビングに向かった。

 普段なら気付いたはずなのに、何故か気付かなかった。消したはずのリビングの電気がついていたことに。

「あら、遅かったじゃない?」

「あぁ、ってはあ!?」

 誰もいないはずの我が家に、俺と香菜以外の声がした。そのことも驚いたがそのあと起きた現象が俺をもっと混乱させた。

 リビングの壁をすり抜けて、あの病院で見た黒髪美女の幽霊がそこから現れたからだ。

 ただ、5年前と違うのは垂れるだけだった黒髪をサイドテールに結い、その真紅の双眸をあらわにしていること、そして若干甲冑じみた和服を着ていることだった。

 あの時はわからなかった、というかあんまりじっくり見れなかった気付かなかったけど、身長は175cmの俺より頭半個分低いから160前半かな?無駄な肉は一切無いにも関わらずこれでもかと自己主張する胸(目算でDカップくらいだろう)、慎ましやかながらもハリの有りそうなお尻の丸み、そこからスラッと伸びる両足、そして何よりもキメの細かいキレイな肌!その視覚情報だけで俺は思った。

「(めっちゃタイプなんだけど…!)」

 割りとマジマジと、いや舐め回すように見つめていた為かその女性は恥ずかしがるように胸などを隠し、後ろからは香菜のチョップが(どういう原理かは分からないが)脳天に直撃した。

「いや、さすがにそんなに見つめられたら引くわよ」

「サイテーだよ、りょーちゃん」

 二人の女性にジト目で見られ、軽く罵倒される、そっちの趣味のあるやつなら大興奮だろうが俺にそんな趣味などない、断じて。


 ***


「で、あんた誰だよ」

 冷静に戻った俺は、改めて目の前に現れた女性の幽霊に問いかけていた。

「変態に名乗る名前なんか無いって言いたいところなんだけど」

 なんかやたら、根に持たれてる気がする。これは大分尾を引きそうだなぁ…。

「良いわ、教えてあげる」

 上から目線だがそこは我慢しよう。


「私の名前は第六天魔王・織田信長よ。あなたも聞いたことくらいはあるでしょ?」


 ……………………。


 暫しの沈黙の後。

「はあ?」

 これにはさすがの俺も、呆けた声を出す以外なかった。

「いや、信長っておっさんだろ?」

「おっさん?……あぁ、木偶助のことね」

「木偶助って……」

「要するに、影武者のことよ、実際に戦いの指揮を執ってたのは私」

「じゃあ本能寺で殺されたのは?」

「それも私。なんか知らないけど濃とイチャイチャしてたら光秀に猛烈に嫉妬されてね、で見事光秀の策略にハマって焼き討ちにされたって訳」

 それは、あれなのか。あの本能寺の変は、痴情のもつれで起きた大事件だったのか。さすが戦国時代、スケールがどでかい。

「いや、納得できるかっての」

「じゃあ何?濃と猿子のスリーサイズでも言えば納得してくれる?」

「聞きたいけど、いらんわ」

 どうやらホントに織田信長その人であるらしい。……だからといって、自分の嫁さんと家臣のパーソナルデータをさらりと言おうとするのはどうかと思うが。

「戦国時代ってのは女でも天下取れたのかよ」

「むしろ基本武将は女よ」

「はい?」

「女じゃなかった武将なんて立花道雪と斎藤道三くらいじゃない?」

 色々と衝撃的な事実が脳に飛び込んできて、脳内がパニックを起こす。幽霊が見えるようになったよりも衝撃的だ。

「で、なんでこの平和な時代に来たって言うんだ?この時代で戦でも起こそうってか?」

「私はその逆、戦を起こさないように止めに来たの」

「つまり、誰かが戦を起こそうとしてるってこと?」

 うお、まだ香菜はいたのか、さっさと自分の部屋に引き上げたかと思った。

「だって、りょーちゃんだけだと心配なんだもん」

 何故か心配されていた、更に言えば何故か心を見透かされていた。香菜……恐ろしい子。

「コホン。取り敢えず話を戻すわよ」

「あぁ、悪い頼む」


「今この世界……現世に幽世から、戦国時代の怨念集合体が何者かによって連れ出され、戦のための先兵として利用されているようなの」


「ふむ」

「私はその怨念集合体を『影夜叉』と呼ぶことにした」

「『影夜叉』ねえ……」

「その、影夜叉を率いてる奴も大体見当はついているの」

「と、いうと?」

「天草四郎そして、果心居士。どちらも、私はあまり関係無いんだけど、そうだろうって卑弥呼さんが」

「ほー、日本史の中では確かに悪もんだけどな二人とも」

「そんなに驚かないのね」

「驚き過ぎてもう、慣れた」

 それは当然だろう。なんせ、日本史の事実を7割くらいひっくり返す情報が次から次に頭のなかに放り込まれたのだ。驚きを通り越して、むしろ冷静になるには十分だ。

「で、ここからがもっと重要なんだけど」

 先程より幾分張り詰めたような声色で、信長は語り始めた。


 ***


 私は、卑弥呼さんから天草四郎と果心居士を止めてくれと頼まれたの。止められるかもしれない可能性を秘めたアイテム『戦国霊衣変換器』を託されて。

 卑弥呼さんはその時こうも言っていたの。

 そのアイテムは霊体の私には使用できない、使用するには余程霊力を溜め込んだ生身の人間でないとならないって。

 ただ、もちろん霊体の私にも触れるようには加工してくれたんだけど、現世に来る前に間違えてこの中に記憶を封印しちゃうし、記憶を取り戻したはいいけど影夜叉に追われるし。現世に来たら現世に来たで油断して手から滑り落とすし、滑り落とした『戦国霊衣変換器』も知らない女の子の霊がキャッチするし、キャッチしたと思ったら横の男の子が装着しちゃうし!もう、散々だったわ……。


 ***


 何やら後半は愚痴だったが、大体の状況は理解できた。

「つまり、このブレスレットが『戦国霊衣変換器』とか言うやつなんだな?」

「そうよ、長ったらしいならSCCで良いわ」

「つまり、俺はあんたのパートナー?」

「YESよ」

「マジカー」

 思わず棒読みになるくらいにショックを受けた、そりゃまあ盛大に肩も落としましたとも。

「嫌なの?手伝ってくれたらお礼くらいはするけど?」

「お礼……お礼ねぇ…」

 こういうとき男というものは現金だな。あれやこれや卑猥な考えしか思い浮かばない。でも、相手は霊体だから、触れない…ちくせう。

「なあ、信長さんは憑依とかって出来んの?」

「出来るわよ?それくらいなら、マネキンとかってある?」

「マネキン…あー、そういやお袋がファッション関係の仕事だったからあるかも」

 と言いつつ、俺は母親の部屋だった部屋に漁りに行った。

 15分後…。

「おーい、信長さん持ってきたぞ」

 俺が持ってきたのは、服屋の店先なんかにある素っ裸の女性型マネキンだった。……だって仕方ないだろう、それしか無かったんだから。

「じゃあ、憑依してみるわよ、見てなさい」

 言うと信長さんはマネキンに重なるように入っていった。少しすると、マネキンに人間のように肉が付き、髪が生え、間接ができ、顔のパーツが揃い、胸が膨らみ…ん?あれ、俺なんか、ここにいたらいけない気がしてきた。

「どうよ!ちゃんと憑依出来たでしょ!」

 と腰に手を当て胸を張る信長さんは隠すべき大事な部分を色々とさらけ出していた。なんで、こんなに抜けてて天下統一目指したんだろう。

「あー、お袋の部屋から服漁って来るわ」

 言いつつ背を向けてお袋の部屋に俺は向かった。……勿論、目に焼き付いてますけどね。眼福としか言えない光景だったし。


 しばらくして、お袋の部屋から戻った俺は目隠しされていた。

「だって、りょーちゃん下心見え見えなんだもん」

「いや、普通に不可抗力だからな!」

 そりゃまあ見てしまったのは申し訳無いとは思うけれど、まさか憑依したら服が消えるとは思わないだろう。

「ん、もう取っても良いよりょーちゃん」

 俺が選んだのはデニムのタイトスカートと赤のカットソー、そして黒い薔薇の刺繍のカーディガン。割りと俺にしてはセンスがある方だと思う(下着はさすがに香菜に選ばせた)。

「いや、ホントにゴメンな、信長さん」

「別に、気にしてないわ。あなたより年上だし?大人の余裕ってゃっょ……」

 最後の方声小さくなるあたりまるで説得力が無いんだが。

「まあ、悪く無いんじゃないかしら?」

 恐らく服が気に入ったんだろう。男の性欲に賛同したわけではあるまいし。

「で、聞くのは失礼だとは思うんだけどさ、信長さんって幾つ?」

「ホントに失礼ね、あなたには幾つに見えるのかしら?」

「そうだな…いってても22歳くらいかね」

「嬉しいこと言ってくれるわね、これでも27よ」

「俺より10歳上の人間には見えないんだが…」

「因みに一度死んでるから歳をとることも無いわ」

「一応誕生日の概念とかは有るのか?」

「まあ、そうね。多分この時代のとは違うわよ?この時代は多分木偶助の誕生日だし」

「なるほどねぇ」


「因みに私2代目信長だし」


「は?」

「まあ、詳しくは今度話すわ、それより」

 神妙な面持ちになった信長さんを見詰める俺。

 くぅぅぅぅ…。

「あ、なんだ、腹へったのね」

「そ、そうだけど違うわよ!」

「まぁいいか、取り敢えず飯作るから待ってて」

「…はい、お願いします」


 ***


「ごちそうさまでした」

「はい、お粗末さま」

 飯を食べ終わって、リビングで寛いでると玄関の方から妙な物音が聞こえた。

「なんだ?」

 少し心配になった俺は、様子を見に玄関に向かった。

 すると、そこにはどす黒いオーラを漂わせた、黒い甲冑の武士みたいなモノが立っていた。

「まさか、これが影夜叉?」

「そうよ、私の気配を嗅ぎ付けて来たみたい」

「どうすりゃ、良いんだ…こんなの」

 恐らく影夜叉も、霊的なモノだろうし当たる訳ない…とは思うのだが、なんせ血まみれの日本刀を握っているのだ。迂闊に近付けるわけもない、かといって逃げ出したら信長さんがどうなるかもわからない。

 そうして、どうしようもないまましばらく膠着状態が続いた。

「亮輔、今は私を置いて逃げなさい」

 こんな状態で何を言い出すのかと、思えば女性を置いて逃げろと?

 そんな不誠実極まりないことやったらお袋が化けて出てくるわ。

「そんなこと出来るわけないだろ!」

「私のせいであんたを傷付けたくないだけよ、そんな恩を仇で返すような真似はしたくない!」

「ハッ、上等!そんなことで、女性傷付けたらたとえ死んでも死にきれねえよ!……それにな」

 俺はひとつ呼吸を置くと、目を見開き腕を広げた。

「こちとら、相手が霊だとしても、守ると決めたら死んでも守るって決めてんだよ!」

 それは、俺にしては珍しいことだった。何がそうさせたのかはわからない、けど確かに守りたい、そう思ったんだ。

「わかったわ、亮輔。なら……」

 信長さんは少し躊躇って。

「私を纏いなさい」

 そう言った。

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