Ⅰ:異世界転移
セッションが終わったのは午後八時だった、最終回ということで少し遅くまでずれこんだがみんなが仲良くプレイできてよかった。
今は近くの牛丼屋で晩御飯を済ませスーパーで買い物を済ませた帰り道。
大きな買い物袋を両手にぶらさげている。
昨日で醤油や味噌、塩砂糖その他調味料が同時に切れてしまったのだ。
いや、醤油はだいぶ前から切らしてたし砂糖も一昨日切らした、同時ではないかと自己完結する。
調味料の他に一週間分の食料も買い込んだ、今現在アパートで一人暮らし、自炊はするけれども一々買い物にいくのではなく特売日に買い込むのだ。
そうすれば一度に使うお金は大きくなるが結果的には安く済む。
ただ最近暑くなってきたのでそろそろ生ものを買い込むのは控えたほうがいいかもしれない、腐ってしまっては元も子もない。
今日だって安い鶏胸肉を買い込んでしまった。
今日の買い物で調味料を抜いて二番目に高い買い物になった。
一番はハーケンダイツのカップアイスクリーム、しかも二個、普段で三百円はする代物だ。
今日はセッションの無事エンディング到達記念として奮発して二個買った。
今から家に帰るのが楽しみで気分が高揚している。
見慣れた住宅街を歩いていくと視界がすこしぼやける。
目をこすってみるが何も変わらない、どうやら陽炎のように目にゴミが入ったとかではなく景色自体が歪んでいる。
ただしばらくするといつもどおりの住宅街へと戻っていた。
不思議に思ったがすぐに戻ったので特に気には留めなかった。
そんなことがあったが特に事故無く帰り道の前と左に繋がる丁字路につく。
「さて、どっちから帰るかな」
前を進むか左に曲がるか、どちらも距離に差は無くルートが違うだけ。
ポケットからサイコロを取り出して手の中で転がす、迷った時や特別重要じゃないことを決める時はダイスで自分の行動を決定している。
一から三なら前、四から六なら左の道を通ろう、そう心で決める。
「よっと」
サイコロを軽く地面に投げる、カラカラと音を立てて転がって止まる。
出目は六、左の道を曲がる事になった。
「うし、こっちからいくか」
サイコロを拾ってポケットに直して歩き始める。
住宅街を抜けると電車の陸橋が見え始める、陸橋下のトンネルをくぐり家路につくのだ。
トンネルに入って少しするとゴゴゴという音が響く、恐らく頭上で電車が通り過ぎているのだろう。
いつもならすぐ通り過ぎて鳴り止むのだ……。
「長いな……?」
中々鳴り止まない、それどころか音が増していってる気がする。
音と共に揺れまで起こり始めた。
「何か……やべぇ気がする……」
地震か何かわからないがもしかしたら崩れてしまうかもしれない。
トンネルを抜けようと走り出す。
「ぜぇっ……ぜぇ……なんで……」
いくら走っても出口が近づかない、いくらなんでももう抜けているはずだ。
それに音と揺れも大きくなってきた。
揺れに足をとられて尻からこけてしまう。
「っ…………」
諦める、そう思ってしまう。
どれだけ走っても出ることはかなわない、揺れは酷くなるばかり。
頭上を見上げれば今にも崩――――。
「…………ぁ?」
これだけ揺れているというのに天井は微動としていない。
(もしかして揺れているのは自分……?)
そう考えた瞬間辺りが光で満ちる、思わず目を閉じてしまう。
(どうか何事も起こらないでくれ……!!)
再び目を開けたとき、そこはトンネルではなかった。
ただ辺りが暗いのはそのままでトンネルとは違いだだっ広い空間に出る。
「あ……どこだここ?」
あたりを見渡すが見覚えのあるものは両手にある買い物袋だけ。
ともかく立ち上がって辺りを見回す。
「…………いつもの場所……じゃねぇなぁ……」
どこを見回しても見覚えのあるものはない、ただ広く目に映るものといえば。
「玉座……?」
装飾が施された玉座とその前に赤い絨毯が扉まで続いていた。
扉とは逆方向、玉座の裏に扉がある、そこから灯りが漏れていた。
「………………」
徐にサイコロを取り出す、奇数なら扉から、偶数なら光へ向おう。
弧を描くように放り投げてコーンと跳ね返り止る。
出目は四、灯りのある方向へ向かってみることにした。
灯りの漏れる扉に近づくとかすかに水が流れる音がする。
「すいませーん……どなたかいますかねぇ……」
一応人がいる気配がするので声をかけてみる。
扉越しで聞こえなかったのか返事はない。
扉に手をかけると鍵はかかっていなかった。
失礼を承知して扉を開けて確認してみよう。
ドアノブを回しきぃーという音を立てて開くとそこは私室のような雰囲気だ。
家具など最低限はあるものの殺風景でどこか古めかしい雰囲気が漂う。
「すいません、どなたかいますか?」
「……っ……待ってて……」
再度声をかけると奥から返事のような声が響く。
聞き取れたのは待ってて、前後の文はおそらく少しそこで待てだろうか。
お言葉に甘えて待たせてもらおう。
「よっこいせ……」
そこらにあった無愛想な木の椅子に腰掛ける。
両手に持っていた買い物袋を下ろして一息入れる。
「本当に一体どこなんだ……つか土足でいいのかな……」
変なところで気を使ってしまう、まぁ土足とかは置いておこう。
部屋を見回すと本棚が目に入った。
少し気になって本棚に近づき本を手に取る。
本の表紙はなくただタイトルが書いてあるが……。
「どこの文字だこれ……」
タイトルも内容見たことのない文字、日本語でもなければ英語でもない、見たこともない文字が羅列されている。
「すみませんヴェル、少し長引きまし……た……」
先ほど返事をくれた相手だろう、同じ声を持った少女がタオル一枚で現れた、タオル一枚で、大事なことだから二回。
お互い微動もせず、まるで銅像のように固まる。
どうやらシャワーで湯浴みをしていたらしい、そしてこの少女が呼んだ名前、恐らく自分を誰かと間違えたらしい、その人物は大層親しいのだろう、無警戒で出てくるほどなのだから。
「あー……えーと……」
言葉が見つからない、こういうときどういう言葉を発せればいいのだろう。
「………………」
相手も無言だ、だが表情が見る見るうちに赤くなる。
「………………」
非常に気まずい空気が続く、できれば誰か説明してほしい。
「えっと、ひとまずあちらを向いてもらって構いませんか」
「あっはい」
言われた通り壁を向く、背後からシュルシュルという布の擦れる音が聞こえる。
どうしてだろう、こういう音だけというのは色っぽいというかなんというか。
(いやいや、相手はどう見ても中学生がいいところだ、何をときめいているんだ、まったくこれではただのロリコンではないか)
「あ、どうぞ……」
着替えが終わったのか少女は先ほどのタオル一枚とは打って変わってローブのようなファンタジーでいう魔法使いとかそういう類の衣服を纏っている。
「えぇと……何かすいません」
「いえ、こちらも相手を確認せず招き入れたことですし」
なんとも礼儀正しい、スカートの裾を少しあげ頭をさげたのだ。
「ですが、不可抗力とはいえですね、見たことは念頭においてください」
「肝に銘じます」
それに関してはこちらが悪いだろう……たとえ理不尽であろうとも。
「そして……貴方は誰ですか? 魔者ではないでしょうし……人間でもない?」
「いや、人間ですけれど」
流石に非があるとはいえ人間否定から入られると辛いですよ。
「いえ、魔力を持つ生命なら生きてるのはおかしいですから」
「魔力?」
魔力という単語が出てきたせいで嫌なことが思いつく。
異世界、魔力、魔者、ここまでワードが出ればなんとなく察しはつくだろう。
「えぇ、でないと話がつきませんし……ちょっと失礼」
目の前の少女はそういうと栄光の手を取るとぎゅっと握る。
人生上異性に触れられるという経験は恥ずかしながら少ない。
「えーと、何でございましょう?」
日本語がおかしくなった。
「いえ、やはり人間ではないのでは」
「だからその扱いはやめてください泣いてしまいます」
同性同士なら笑って飛ばせるが異性にそういわれると死にかねない、精神的に。
「いえ、そういう意味じゃなくてですね」
良かった、社会的に死んだわけじゃないんだ。
「えぇと私の特性上魔力を持った生物は魔力を暴走させて、えぇ、死にます」
「おおう」
衝撃の事実が告げられた。
「というわけで基本的に魔力を持つ人間や魔者は近づいたら死にます」
「何だそれ、魔王か何か?」
「魔王ですけど」
「ほう」
ふーむ、魔王ときたかー、ほーう。
「まーじで」
「えぇ」
「え、世界征服するぞーとかそういうの?」
「初代と二代目だけは目論んでましたが以降は共存を望んでます、というか今時そんな思想持ってましたら袋叩きですよ、えぇ」
なんとまぁファンタジーな世界に対し現実的な話だ。
「んー、ということは今共存関係にあるのか?」
「…………いえ、上手くは行ってません」
「やっぱり、こう、相容れない!! という感じだったり?」
「そうではないはずなんですが……というか理由については人間である貴方のほうがよく理解してるのでは?」
「いや、全然知らんよ、多分この世界の人間じゃないし」
「えっ」
眼前の少女が目を点にしたかのような表情で呆気に取られている。
「いやぁ、話聞いててある程度察したけど……ここ俺がいた世界じゃないっぽい、ちなみに俺のいた世界だと知的生命体は人間しかいない」
「そ、その話が本当だというなら何故この世界に」
「俺が知りたい」
現在一番知りたいのは栄光だ、今日は早く帰って祝い用に買ったお高いアイスを食べたかったのに帰る最中ファンタジー世界。
(……そうだ! アイス! 溶けてねぇよな!)
慌てて買い物袋からアイスを取り出す、ドライアイスやクーラーボックス等に入れずそのまま入れていたため少し溶けている。
本当はすぐに家に帰って冷蔵庫にぶち込んでから食べようと思っていたのだ。
「どうかしましたか……?」
栄光がいきなり足元の袋を覗き込んだ行為を傍から見ていた少女は不審がっていた。
「あー……いや……」
(このままだと折角のアイスが溶けてしまう……!! かといって冷蔵庫みたいなものがあるとは思えない……こうなると今食べるしか……)
「とりあえず食べながら話さない? アイスっていうんだけど時間が経つと溶けちゃうからさ」
そっと袋から取り出したアイスの一つを少女に差し出してみる。
「え、えぇ、別に構いませんが、腰掛けるならそちらにどうぞ」
向かい合ったソファに促され腰掛ける、少女が差し出されたアイスを手に取ると冷たさにびっくりしたのかアイスを持った手がピクンとする、アイスを差し出した後に使い捨てスプーンも渡す、これも見慣れないようで珍しそうに見ている。
「……これはどういうものなんですか?」
「食べ物、お菓子に分類されるものかな」
「ケーキみたいなもの、というわけですか」
ケーキという単語が出たあたり食文化に差はあまりないみたいだ、蟲を食べたりとか生きた肉をそのまま食べるとかなくてよかった。
「まぁそんな感じ、蓋はこうやって開けて掬って食べる」
自分の分のアイスで実演して説明してみせる。
アイスは丁度溶けかけで一番美味しい具合だった。
少女が真似をして蓋を開けスプーンでアイスを掬い口に入れる。
「…………………………!!」
目を見開いて驚く少女、自然とアイスを掬うスプーンが往復し始める。
黙々とアイスを口に運んでいる姿は中々微笑ましい。
「気に入ってくれたようでなにより」
自分が食べたかったから提案したことだが上手く行ってよかった。
「はい、初めて食べた味です……」
「……食べ終わってから話そうか」
互いに無言でアイスを口に入れた。
高いうえに内容量の少ないアイスは少ししたら無くなってしまう。
互いのカップにはもう何も残っていない。
「ありがとうございます、すごく美味しかったです」
「どうも、まぁ溶けて無駄になってしまうかもしれなかったからね、実は俺も食べたかったからっていうのは内緒で」
少女がふふと微笑む。
「では改めて、魔族を統べる王……と言っても名目上だけですが魔王ローグリア、リアと呼んでくれてかまいません」
そう言い終えると手を差し伸ばした。
「希望栄光、多分異世界人、呼び方はなんでもいいよ」
差し伸ばされた手を握って握手を交わす。
「えーと、最初に聞いて良い?」
「何でしょう」
「疑っているわけじゃないんだけど、大分手厚く接してくれるけど理由を聞いても?」
「先ほど言った通り人間とは敵対じゃなく友好的にしたいと思ってますし、ここに人間が来るなんて迷い込む以外ありえないので、それに……その……こうして近くで話し合えるなんて殆ど無いですし……」
後半の言葉の声量が徐々に落ちていき最後の言葉はギリギリ聞き取れた。
「なるほど、ありがとうリアさん」
「呼び捨てで構いません」
「そ、そう?」
少し躊躇いがあるが本人がそう言うなら次から気をつけよう……。
「えっと、栄光は異世界から来たということですか?」
「多分、魔族とか魔王とかはいなかったはずだから……ただ俺が知らないだけで実は存在しましたとか言われると自信は無いんだけれど」
「グライツという大陸の名は?」
「はい、異世界確定です」
ユーラシア大陸とかアメリカ大陸と言われればまだわかるが全く新しい名前だともう異世界で確定だろう……。
言語が通じてるのが不幸中の幸いだろうか?
「えっとさ、言語……つまり今話してる言葉だけど何か翻訳する魔法とかそういう仕掛けとかあるの?」
「そういうのは特にやっていませんが……偶々同じ言語だったのでは?」
(偶々同じ言語だった? どう考えてもありえないとは思うが……まぁ通じている事自体はありがたいことだし放置でいいか。)
「そうか……相当運が良かったみたいだな……知らない世界で一人、文字も言葉もわからないって詰んでるってレベルじゃねないし」
「それについてなんですが栄光は落ち着いてますね、私でも突然別の世界に飛ばされたとしたなら動揺すると思うのですが」
「あー……何て言えばいいんだろうか、執着は無いからさ」
異世界自体は慣れているんだ、とは言えない。
日本が無い世界に行ったことは無かったしこれが初めてなのだから。
だがそういう世界は何度も創ったのだ。
創って、共有して、体験した。
だが全ては実在しない、空想上の世界。
元々憧れでもあった、こんな世界があればいい、こんな世界に行きたい、そう思って創り続けた。
故に今は帰れないという恐怖よりも、好奇心が勝っている。
「ではこれからどうしようとかは?」
「一応帰り方を……探しはしたいけどどうすればいいかわからないな、そのあたりを模索したいとは思っているよ」
「………………」
「結構世話になっちゃったけど最後に人の町を教えてくれればありがたいかな、最悪帰れなくても何とかやっていけそうだし」
「構いませんが…………そのですね」
リアが少し口ごもりながらゆっくりと言葉を続ける。
「良ければ、ですが、貴方が元の世界に帰るのを協力させてもらっても良いですか? 代わりに話し相手になって欲しいのですが……」
リアが顔を俯き両手を膝の上に置いてモジモジとしている。
その動作が魔王とかそういうのを忘れて普通の少女にしか見えなかった。
「かわいい」
「えっ」
しばらくその空気に間ができる、しばしの時が経った時ハッ、と気付く。
思わず口に出てしまった、聞かれただろうか……。
「今何か言いましたか……?」
「え、いや違う違う」
(セーフ、聞かれなかった、うん)
「えっと良いのかな、すごくありがたい提案だけれど」
「はい、それにこうしてお話が出来て嬉しかったですし……その、これからもお話ができるのなら嬉しい……です」
顔を少し赤くして照れるリア、赤面する少女というのはかわいいものだと思う。
「じゃぁ、お願いしよう」
「本当ですか」
ぱぁぁっと明るい表情となって笑顔が満ちる。
(ロリコンじゃないんだ、ロリコンじゃない……!!)
心の底で邪念を蹴り殺して自制する。
『聞き捨てなりませんな……』
部屋……いや、頭に声が響く。
老人のようでありながら綺麗に響く男の声だ。
『どこの馬の骨とも知らず……我が主に近づくなどと……』
部屋の入り口に黒い影のような塊が現れる、周りの空気を吸い込みながら。
やがて影から人の形が浮き上がり暗い赤色の執事服を纏った老人が現れた。
顔の皺や白い髪等老いを見せるが姿勢や眼光は全く衰えを感じさせない。
「しかもよりによって主のすべすべ肌を触る等うらやまけしからん」
おい、今こいつ羨ましいと言ったぞ。
「ワシだって触らせてもらった事など無いというのに――」
直後、老人が扉を突き破って飛んだ。
リアが指で弾くような動作をしたのと同時だった。
「…………今のは?」
「身内の恥です」
吹っ飛んだ老人が壊れた扉をどかして起き上がる。
「何をなさまいすか主」
「貴方がいつまでも子供扱いするからでしょう」
「だって! ワシのリアがヒモのような男に誑かされちょるじゃん!」
再度部屋の外へと老人が吹っ飛ぶ。
今度は足を使って勢いよく起き上がった。
「いいか! そこの野郎!! リアをぺろぺろしていいのはワシだけだからな! 覚えておけ――」
今度は老人の上半身が天井へとめり込み下半身のみがぶらさがった。
「大丈夫なの、アレ」
「頭以外は丈夫なので大丈夫です、頭は手遅れです」
手遅れなのは今の一連を見てよくわかった。
「一応……あれでも私を育ててくれた人なんです、唯一私の力が及ぶ範囲でも数時間とはいえ手を触れることができる人です」
「それって凄いことじゃない?」
リアの方を見て驚いた事を口にしてみる、だがリアは遠い目をしたまま扉の外を見ていた。
「えぇ、ですがどこでああなったのか頭があっぱらっぱになってしまって」
扉の外の天井を見ると足をばたつかせている下半身がぶら下がっていた。
「本当に頑丈なんだな」
「一応彼の名はヴェルドロッド、初代魔王に仕えていたり魔族最年長と自称してます」
「へぇ、どのくらい?」
「初代が二千年程前ですのでそれと同じくらいかと」
「更年期障害じゃねぇかなぁアレ……」
仙人レベルの年齢に驚きを通り越してなんだか呆然としてしまう。
「私が絡まなければまともだという話は聞きますが信じられません」
「同意するよ……」
キャラクターとしては面白いが現実で目の当たりにすると近寄りたくない人種になる。
「とりあえずアレは放置して構いませんので話を続けましょう……折角ですからアイスのお礼にお茶を入れます」
そう言ってリアは水の入ったポットを手のひらに置いた。
「………………?」
その行為に意味があるのかわからずしばし見守る。
するとポットがコトコトと音を立てて湯気が出始めた。
四十秒もすれば湯気が立つほどのお湯が出来上がっている。
「おぉ……便利だな」
「でしょう」
沸いたお湯を茶葉の入ったポットへと移し蒸らし始める。
リアが器用に指先で揺らしながらカップへ注ぐ。
「どうぞ」
差し出されたカップには綺麗な赤茶色の液体、紅茶だと思われる液体が波紋を立てていた。
取っ手を持ち熱々の液体を少し吹きかけて冷ましながら飲む。
「………………ん」
普段紅茶等は飲まないし飲むときはコンビニ等の安いものだ。
そんな栄光でも美味しいとわかる、そんな味だった。
「美味いな……」
「ふふ、ありがとうございます」
そうやって嬉しそうに微笑むと静かにカップに口付けた。
「こうして誰かとお茶を飲むのは初めてです」
「さっきのアレとは無かったの?」
「アレは除外します、いいですね」
「お、おう……」
「まぁ……えぇ、この話はやめましょう」
カチャッ、とカップを置いて一息入れる。
「とりあえず帰る手段を探すとして、何か聞きたい事とかありますか?」
「ぶっちゃけ心当たりとかある?」
「いえ……転移魔法はありますけど流石に世界まで渡るものは無い……とはいえませんね」
「あるのか」
「やろうと思えば……しかし失敗するかもしれませんし、そもそも試すこともできないので下手をしたら変な所へ飛ばされるのでできません」
確かにそんな状態でやられては困る。
「特に呼び出すだけなら対象を限定して地点をこちらを基準にするので多分原因はこちらの世界の誰かが原因という線が濃厚ですが……」
知らぬ異能の力による解析が始まるが聞いてもちんぷんかんぷん。
「魔法といっても難しいんだな」
「あ、すいません……」
「いや、リアは悪くないよ」
「そうですか」
「うん、じゃぁもう一ついいかな、魔族ってこっちのイメージだと異形だったり恐ろしい物だったするけど違うのかな」
現在の日本文化故に美少女だのイケメンだのがあるが元は蝙蝠の羽を生やした化け物だったり獣が巨大化したものだったりとするものだ。
「飛ぶのにも羽がいらない、地上で歩く足を最低限に、細かい作業が可能な腕、固体ごとの差異等、姿形は人間が一番完成されてますのでいつしか姿を模倣して落ち着きましたね、後は人とのコミュニケーションを取る為です、同じ姿なら多少は安心するでしょう?」
「まー……蹄とかあっても確かに不便だわな」
「後は個々の趣味ですね、はい」
趣味なのか、趣味で決めているのか。
「ですから栄光の言うとおりそういう姿を持ったままの方もいますね」
「ほほう」
「まぁ、この城にもいくらかいますので直接お聞きすればいいかと」
「あ、ここ城なんだ」
そういや玉座があったりだだっ広かったりしていたが今までそのことを忘れていた。
「えぇ、少し古臭いですが長く続いてますしせっかくなので利用してます」
「そういう扱いなんだ」
「魔王とは言っても実質的な支配は行ってません、一応問題を起こした身内を叱ったり迷っている者を保護したりはしていますね」
「保護っていうと……」
「魔者で人間に対して敵意を持ってるという話はもうここ最近では聞きません、しかし相手もそうとは限らないので……やはり襲われたりといったりそういう事があるんです」
「んーそれほどにこっちの人間は気難しいのか」
よくあるシナリオだと魔物が敵意を持って人間を襲いそれに対して人間が迎撃する形が主流だろう、ドラゴンクエスト等はその最たる物だろう。
「とくに最近は土地と資源を狙っての侵攻が激しいですね……大分被害を受けてます」
「いつの時代も世界でもやってること変わんねぇな人類」
「そうなんです?」
「あぁ、こっちだと相手がいないから人同士でやってる、俺が生まれた国はそういう目に見えるものが無いだけマシだけど……見えねぇ部分でやりたい放題だからなぁ」
実際現実において日本は最後の戦争から今までにおいて戦死者はいない。
だがその裏における侵略はもはや中枢まで手が届いてるのではないだろうか。
「そうなんですか……他に何か聞きたいことはありますか?」
「後はそうだなぁ、ここを見て回りたいな、色々と目新しいし」
「そうですか、でしたら――」
リアの言葉を遮るようにドアがノックされる。
「少しお邪魔しますよ、王よ」
扉の外から凛とした声が聞こえた。
視線を移すとそこには長い銀の髪を揺らし蒼い瞳、全身を白色のアオザイという民族衣装に似た衣服を纏った女性が立っていた、女性は背後に突き刺さっている老人を意にも介さず言葉を続ける。
「あらあら……これは珍しい方、この方のことは道中で聞くとしていつものです、此度はインペリアに面する地域で被害が、現在も尚侵攻を受けてます」
「私が必要ですか?」
「えぇ、クラナならともかく私が軍勢の相手をすると相手に被害が及びます」
「そうですか……すみません栄光、少し私はここを離れます」
そう言って立ち上がると扉の外へと歩き出す、それにあわせてライラと呼ばれた白い女性は距離をとる、本当に致死範囲というものがあるようだ。
「起きなさい、ヴェル」
ズボォ!! と刺さっていた老人をリアが引き抜いた。
「ヴェル、客人の案内ともてなしを」
「はぁぁぁぁぁぁ!? 嫌でございますぅぅ」
「わがままを言う大人は嫌いです」
「すいませんごめんなさいそれだけはご勘弁を」
「頼みましたよ」
「はっ、誠心誠意、真心を込めて客人をもてなしましょう」
なんともまぁ手のひら返しが激しい老人だ。
「ライラ、案内を頼みます」
「えぇ、わかりましたわ」
扉の外のやり取りが聞こえる。
「栄光」
「ん、何だ」
ひょこっと扉の淵から顔を出しにこりとした笑顔を見せる。
「お話、楽しかったです、帰ったらまた話をしましょう」
「勿論、喜んで」
そう言い残すと外へと去っていった。
「仕方ない、そういうことだからもてなしてやるぞ小僧」
「あんた本当に表裏の差が激しいな」
「フ、フン、主がもてなせと言ったからなだからなっ! でなければ小僧なんぞ気にかけてもいないんだから勘違いするなよっ」
「気持ち悪いぞおっさん」
「うむ、今自分で言って引いた」
じゃぁ言うなよ……、とにかくユニークな老人だ。
「さて……主から聞いたと思うが私はヴェルドロッド、但しヴェルと呼んでいいのは主だけだ、いいな」
「別に構わんが……重要なことか?」
「専用の呼び名というのに意味があるのだよ……!!」
そういうものなのだろうか。
「さて、言いつけどおりにするとしよう、まずは城内を見て回るかね」
「いいの?」
「別に見られて困るモノ等……一部を除いては無い」
「ヴェルドロッドの部屋とか?」
「ワシの部屋なぞ構わんよ、主への愛で溢れているだけだ」
「よし、そこは見ねぇ」
多分音楽グループの女子高生ファンよろしく壁一面にポスターとかフィギアとか飾っていそうだ。
「常人には理解できんだろうからな」
理解したくもない……ことも……ない…………いかんいかん毒されそうだ。
「とりあえずこの世界について知りたい」
「奇妙な事を言うな小僧、親から教わらなかったか」
「あー…………」
現状俺のことを詳しく話しているのはリアだけだ。
だから目の前のヴェルドロッドが知るはずも無い。
「そこらへんは説明するよ」
恐らくこれから出会う者全員に説明しなければならんのだろう……。
そう思えてくると喉が渇いてきた。
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