盤上の魔王と盤外の希望

@redbat

◇プロローグ◇


 日の光が届かぬ聖堂の中。

 蝋燭と松明の明りだけが聖堂を照らす光となっている。

 聖堂の中には数十人の人間が同じフードのようなもので頭から体全体を覆う衣装を纏って、聖堂の中央の地面に描かれた魔方陣を囲むように並んでいる。

 魔方陣の中央に立つ老人が両手を空に突き上げ叫ぶ。

「今!! 忌々しい魔族共を打ち滅ぼすため!! 奴らの力を超える神を呼びたもう!!」

 あたりの呟く人間の声が一層大きくなる。

「この世界の神、我らの神をここに!!」

「ここに!!」

 老人に合わせ数十人の人間が声をあげる。

「さぁ神よ、その御姿を現したもれ」

 老人の足元に広がる魔方陣が紫色に輝きだす。

「今再びその力を我らが人のために!!」

「人間のために!!」

 幾重にも展開された魔方陣がさらなる輝きを放つ。

「顕現せよ――」

 カッ!! と辺りを強い光が一瞬包む。

 ざわざわと集まっている人間達がざわめく。

 中央に立つ老人、暗い聖堂、同じ服の人間達。

 何一つ変わったことは見当たらない。

「失敗……?」

 集団の中からふと呟かれる。

 動揺が広がり疑惑の声が強くなる。

「いや、成功した」

 老人がそう言うと静まり返る。

「召喚には成功した……!!」

 落ち着いた老人の声に集団は耳を傾ける。

「主よ……、我らに力を――」

 老人はその場で跪いた、彼らの信じる創造神に向けて。


         ◇


 七月の初夏、コンクリートジャングルと比喩される都心。

 暑さもそろそろピークになるであろう季節に冷房という文明の利器によって守られた公共施設の一室を借りた部屋に今いる。

 部屋の中には自分を含めて四人、女性が一人と男性が三人、年は学生から社会人までバラバラで円卓を囲むように座っている。

 何の集まりかというとテーブルトークロールプレイングゲーム、通称TRPGと呼ばれる卓上ゲームの集まりで黒長ズボンにシャツとジャケットだけの希望栄光きのえいこうはこのゲームの進行役『ゲームマスター』を勤めている。

 ゲームマスター、通称としてGMと呼ばれる役柄はTRPGにおいてシナリオを用意したり、ゲームの進行、司会を行う役である。

「ではいよいよ魔王の登場だ、君たちは先攻を取れるか判定するといい」

 ゲーム進行のためにプレイヤー達に行動を促す。

「では敏捷値が高い俺が振るぜ」

 そう言ったのは対面に座っている男性、高校生で今日は学生服のまま来た彼の操作キャラクターは高速戦闘に長けたフェンサーでフェザーと名乗っている。

 フェザーがサイコロを二個振ると出目は五と四だった。

「五と四、そして敏捷値が七だから合計十六だね、魔王の先攻値が十五だからおめでとう、君たちは魔王から先攻を取る事が出来た」

 敏捷値とはどれだけ機敏に動けるか、それが高いほど先攻を取りやすかったり、敵の攻撃を回避する能力が高くなる。

「よし! 先制はいただいたぜ!」

 フェザーのプレイヤーがキャラクターになりきってセリフを喋る。

「じゃぁまず私から動くわ、魔王に対して弱体化魔法を使います」

 円卓の右に座るちょっとオシャレな女性のキャラクターは魔法を扱うことに長けたマリアと名乗っている。

「はい、ではダイスをどうぞ、魔王の抵抗値は十六です」

「高っ!? 届くかなぁ……」

 そう言ってマリアがダイスを振って出た目は二と三だった。

「二と三、そしてスキルレベルが五なので合計十、君の魔法は魔王目掛けて飛ぶが弾かれてしまう」

「あぁっ!! 出目低いぃ」

「大丈夫! 次があるよ!」

 そう言ってマリアをフォローしたのは左側に座るスーツを着た男性、今日は仕事上がりということでそのまま来たらしい。

 彼のキャラクターはオールラウンダーの勇者、アルデントと名乗っている。

「では魔王に聖剣で攻撃します」

「うむ、魔王の回避値は十だ」

「そらっ!」

 そう声をあげてダイスを振る、出目は六と三だ。

「六と三にアルデントの敏捷値は五だから十四、魔王の回避値を上回ったので命中したね、だが魔王の特殊技能闇の殻で威力は半減だ」

「何ッ!! これが魔王の力……! ではダメージは十六ですね」

 キャラクターのロールをしながらダメージ計算を行う。

「くそっ、俺の攻撃が通ればいいが……! えーとダイスは四と四、命中したけどダメージは半減で八かな」

 続いてフェザーも攻撃を行うが魔王の持つ技能によってあまり良いダメージは出ない。

「では君たちのターンは終了、魔王のターンへ移行するよ」

「はーい」

 GMである栄光の進行に異論無く返事が返ってくる。

「ククク……貴様ら人間ごときの攻撃など通らぬわ、消え去るが良い!!」

 魔王になりきってセリフを喋る、これがTRPGの醍醐味であり、楽しいと要所だと思っている。

「では魔王の攻撃、全体攻撃です、ダイスは……四と三、命中値が九なので合計十六ですねl」

「皆避けろ!!」

 フェザーがそう叫ぶかこの数値ではフェザー以外は避けることができない。

「マリアとアルデントが命中ですね、本当にフェザーは避けるなぁ、威力は三十だ」

「ぐぅっ……流石だな魔王……!!」

「痛いわねぇ……!!」

 命中した二人が攻撃を受けたロールを行う。

「先制は変わらず君たちだ、……考える時間欲しいかな?」

「あ、くださーい」

「よし、ではしばらく待とう」

 待つのかよ、というツッコミがあるかもしれないがTRPGで大切なのは一緒にプレイするプレイヤーだ、GMは公平でありプレイヤーを大切にしなくてはいけない、質問には答えるし考える時間が欲しい時はあげるべきなのだ。

「どうする? 回復はできるけれどジリ貧になるよね」

「俺は平気だけど二人はキツイよなぁ」

「何かギミックがあるはずなんだよなぁ……聖剣はGMが用意した武器だし……あ、質問いいかなGM」

 アルデントの人が手をあげて聞いてきた。

「いいよ、答えれるものなら答えよう」

「聖剣だけれどこれはアイテムとしても使えるかな?」

「お、良く気付いたね」

 GMとして作ったシナリオ内のギミックに気付いてくれる事は嬉しい事だ、せっかく用意したイベントがスルーされてしまったりすることもあるので分かりやすくかつ隠しつつ用意するのが非常に難しい。

「確か最初のほうの話で村人が語っていた物語に出たのを覚えてたので」

「おぉ、まさにそれだ、よく覚えていたね」

 聖なる力を振りかざし叫ぶ時、魔を打ち払いて切り裂かん。

 この一文はこのシナリオを始めた当初に一度だけ村人のNPCに喋らせたセリフだ。

「では聖剣を振りかざします! 魔を祓え、アルデバラン!!」

「聖剣の名が解放され、グワァァァァァッ!! と魔王が苦しみます、データ的には闇の殻が無くなりダメージを百点受けました」

「おお!! 結構くらったな!」

「これなら勝てるわ!」

 プレイヤー達が一転して喜ばしい声をあげる。

「よぉし! 今なら通るわ、全力全壊!! 魔力を全てつぎ込んで破壊魔法を唱えます」

 破壊魔法とは一度使うと以後そのシナリオにおいて魔法を仕えなくなるという一撃の魔法、滅多に取られるスキルではないのだが今回においてマリアは習得していた。

「必中魔法、威力はダイス二個を降って八倍よ!」

 マリアがダイスを振り出た目は五と四、合計九に八がかけられて七十二となる。

「マリアの破壊魔法が魔王に直撃する! 七十二のダメージを受けるが魔王は倒れないぞ!」

「まだまだ、俺がいるんだぜ! デンプシーロールを使うぜ!

 強力が故に制限のあるもので一つのシナリオで一度しか使えない。

 代わりに攻撃力分の威力をダイスの出た目だけ攻撃する。

「命中値ダイスは二と四、敏捷値が七だから命中だな、威力は十六点を……」

 フェザーがダイスを振る、出目は一と一、ファンブルだ。

「あぁ!! こんなときにファンブルかよ!!」

 一と一、つまりサイコロを振って出る目の中で最低値のことを言う、これを出すと様々なアクシデントが発生する、逆に最高値である六と六を出すとクリティカルとなり様々な良いイベントが起こる。

「まぁ判定行動じゃないからね、攻撃回数は二回で三十六ダメージだ、魔王は弱ってよろけている、恐らく次が止めとなるだろう」

 手元にある魔王のデータと受けた攻撃を参照すると次の勇者の攻撃で魔王は倒れる。

「では聖剣で攻撃します、命中すれば終りかな?」

 そう言ってアルデントが出した目は六と六、クリティカルだ。

「よし! クリティカルだ!!」

「うむ、勇者アルデントの聖剣は魔王の心臓へと深く突き刺さり止めを刺した」

 魔王のHPは当然0でクリティカルはオーバーキルだ、本来セリフを吐いて倒れる予定だがクリティカルなので呻き声だけで終わらせようとしたとき。

「魔王、一つ聞きたいことがある」

 お? と内心驚く、プレイヤーがこうして自分からロールしてくれるとシナリオが伸びるので嬉しいと思う。

「何故人間を滅ぼそうとしたのだ」

「く……くく、羨ましかったのだよ」

 シナリオ上にはなかった、それでもこういうアドリブに対してアドリブで進めるのもGMの裁量でもある。

「羨ましかった?」

「あぁ、そうだ、我は闇より出でし者、貴様ら人間が、光がう羨ましかった、闇は光になれぬ、闇は光に混ざれぬ、故に抱いたのだ、見えぬ先をな……」

「魔王……」

「どうした勇者よ、早く止めを刺せ、光は光へと帰るがいい」

「魔王、これだけは言っておく、光あるところに闇はある、闇があるところに光はある、互いには決してなれないが混ざることはできる、共に生きることはできるんだ」

「ハハ…………ハハハハハハ!!」

「さらばだ魔王、お前はやりすぎた、だからこそ滅びなければいけない、だが魔族は魔者はいつや必ず人と生きることができるだろう」

「ハハ、そんなものは来ない、が……来ればいいのう……」

 アルデントのプレイヤーが腕を振り下ろすのを合図に止めを刺す。

「魔王は打ち倒された、おめでとう、君たちの勝利だ」

 予定外はあったが一応戦闘終了を告げる。

「っはー、アルンデントさんすげぇっす、アレ考えてたんですか?」

「本当ですよ、私倒したら終わりって思ってましたもん」

「GMとしても予想外だったけど良いロールだったよ」

 俺とフェザーとマリアの三人がアルデントを褒めると照れくさそうにした。

「いやぁ、今さっき思いついたことなんですよ、すいませんね突然に、GMも合わせてくれてありがとうございます」

「いやいや、ああいうロールは本当にありがたい、ではエンディングに入ろうか」

「ういーっす、長かったセッションも終わりかぁ」

「またシナリオできたら呼んで下さいね」

「僕もできれば参加したいです」

「えぇ、またその時に、では君たちは魔王を打ち倒し世界に平和が訪れた、君たちは魔王を倒した一行として町のみんなに迎えられるだろう、各々は自由に暮らしている、人の良いお嫁をもらったり、魔王を倒した報酬として豪遊していたりするんだろう、それぞれの生活はプレイヤー達が想像してもらってかまわない、そして……魔族と人間が手を取り合う日が来るかもしれない」

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