困った二人の事情

@yamsan385

第1話 動き始めた物語

 じりりりりりりりりり!!

 大きな音に俺の心地よい眠りは阻害され、意識が徐々にもどっていく。

 目が覚めた俺が音のする方向を見ると、使い古した俺の相棒とも言うべき時計が7時頃を示していた。

「もう七時か……」

 確か、昨日寝たのが11時前だったはずなので、俺はたっぷり8時間は寝たということになる。にも関わらず、俺の目覚めは最悪だった。

 俺は一つため息をつき、しぶしぶという感じで俺は布団から出て朝食の用意されているであろうリビングに向かった。

 さて、朝食など色々なことをすませた俺は玄関の扉を開けて学校に向かうわけだが、俺が外に出たと同時に隣の家からも扉が開く音がした。

 どうにも今日はツイてない予感がするな……。

 隣の家から出てきたのは、長い黒髪を括ってポニーテールにしているのが特徴な少女だ。服装はブレザーにチェック柄のスカート、凛とした雰囲気を漂わせる和風美人とでもいえばいいのだろうか?

 彼女の名前は横山文だ。ついでに言うと俺の名前も横山なのだが、別に彼女と兄妹だとか親戚だとかではない。まったく血のつながりなんぞない他人なのだ。

 彼女は小学校の途中で俺のクラスに転校してきて、名前が同じでしかも家が隣ということもあって、先生に彼女の面倒を見ることを押し付けられたりした。

 そういうこともあり、俺と文はそれなりの仲を保ってた。だが……いつ頃か彼女の方から距離をとるようになってしまったのだ。原因は分からないし、もしかしたら些細なことで嫌われてしまったのかもしれない。

 ともかく現在の文との関係はまさにたくさんいるクラスメイトというだけだ。

 そんなことを考えていると、彼女と目が合ってしまった。なんとも言えない沈黙の数秒が流れ、気まずい空気が流れる。

「よ、よお」

 耐えきれなくなった俺が、一応挨拶をしてみる。

 すると、文はプイッと顔を背けてそのまま行ってしまう。……この通り俺が声をかけても取り付く島もないっという感じなのだ。

 それから時が変わり、放課後。

 天気予報では晴れと言っていたのだが、どういうわけか土砂降りの雨である。下足室では何人もの生徒が困った顔をして外を見つめていた。

 まあ、俺もその一人であるのだが、傘がなくて困っているのではない。

 一応、鞄には常に折り畳み傘が入れてある。しかーし!だ。困ったことにデザインがとんでもなく可愛いものなのだ。

 派手なピンクに、可愛いキャラクターがプリントされている……。

 なんでこんなものを持っているのかと言うと、俺が母親に折り畳み傘が欲しいとねだったらこんなものを渡されたのだ。母親のお古なのである。

 こんなものさすくらいなら、いっそ濡れて帰った方がいいのだろうか……。

 そんなことを考えていたが、雨の様子を見る限り、傘をささずに帰ろうものなら全身がビシャビシャになってしまいそうだ。

 背に腹は代えられんか……。

 鞄にある折り畳み傘を手に取ろうとしたところで、恨めしそうに雨を見ている数人の生徒の中で文を見つけた。

 彼女もどうやら傘を忘れていたようで、困ったように外を見つめていた。

 傘をさした際に周りからかなりの視線を感じたので、恐らく明日辺りにクラスメイトにからかわれることだろう。

 そんな恥をかきながらも帰ってきたのだが……ハッキリ言って、折り畳み傘に効果はなかった。俺の身体はびっしょりと濡れてしまっていた。

 風呂に入り、さっぱりしたところで自室の窓から外を覗いてみると未だに雨が降っている。そして、俺の部屋から見える文の部屋には電気が消えたままだった。

 それを見て、ふと今朝の彼女の姿が思い浮かぶ。

 そういえば、文は傘を持っていなかった。

「……クソ」

 気づいたら、俺は傘を持って走り出していた。せっかく風呂に入ったのに、またもやビシャビシャになってしまった。

 なんで俺はこんなことをしているんだ? 傘を渡したところで絶対に受け取ってもらえるとは限らないし、ましてや、実は彼女は傘を持っていて帰っているかもしれない。とんだ徒労に終わる可能性は十分にあるのだ。

 なら何故か……。

「そんなもん、最初っから決まっているだろう」

 学校についた俺は、さっそく文の姿を探した。しかし、当然と言えば当然だが文の姿を見つけることはできなかった。

 おそらく、友達かなにかにお願いして傘に入れてもらったのだろう。

 俺は一つため息をつき、また家に帰ろうとしたのだが。

 ……そういえば、教室に漫画を置きっぱなしだったな

 そのことを思い出した俺は、教室に向かうのだが。教室の前についたところで気付いたのだが、この時間では教室には既に鍵がかけられているのだ。

 しまった……先に職員室に寄るべきだったか、そう思ったのだが。教室の扉を見てみると鍵は開けられていた。

 ……誰かいるのか?

 扉を少し開けて覗いてみると、そこには文がいた。文は席に座ってボンヤリと外を眺めていた。

 なんだって文がここにいるんだ!?

 想定外の事態で俺が混乱していると、いつの間にか、文は視線を窓からこちらに移しており、またしても彼女と目が合ってしまった。

 今朝と同じく数秒の沈黙とともに、彼女は顔を真っ赤にさせて席から立ちあがる。

「な、ななななな」

 俺に見つかったのにひどく驚いているのか、なかなか言葉が出ないようだ。ていううか、久々に文の声を聞いた気がする。

「よ、よお」

 当然、俺も心の準備などできていなかったわけで、今朝と同じような挨拶を繰り返してしまう。

 よく見れば文が座っていたのは俺の席ではないか。

「こ、これは違うんだ」

 俺の視線に気づいたのか、文はなにやら否定を始める。

「ただ、この席が窓の近くにあっただけで……」

 ただ単に窓の外を見るのに丁度いい席ってことか。

「ああ、なるほどね」

「で、横山は何しに来たんだ?」

 おいおい、お前も横山だろ? と言いたいところだが、文は普段は俺に話しかけることはないが、話しかける必要があるとき、俺を呼ぶときはいつも横山と呼ぶのだ。

「お、俺は……」

 ここで、忘れ物を取りに来たと言えば良いのだろうが。それでは、ああ、そうですかで終わってしまいそうだ。それにそもそも俺は文を迎えに来たのだ。

「文を迎えに来た」

 その言葉はあっさりと口に出た。

「……え?」

 文は驚いたように、目を見開いた。

「文は傘持ってきてないだろ?俺は持ってきてるんだ」

 傘立てに置いておいたら取られるような気がしていたので、持ってきた傘を見せてやる。

「ほら、もうそろそろ下校時刻になるだろ?」

 教室の黒板の上に飾ってある時計は6時前をさしていた。

「……別にいい」

「別にいいって……外はすごい雨だぞ?そんな中、傘もなしに帰るってのか?」

「そうだ。別に雨に濡れたって、死ぬわけではない」

「いやいや、この雨はマジで死ねるって。どうしてもって言うなら。この傘持っていけ」

 俺が傘を受け取るように、傘を持った手を彼女に近づけるが。パシッと手で弾かれてしまう。

「……ないで」

 文は小さく何やら呟いた。

「え?なんだって?」

 良く聞こえなかった俺は、聞き返してみる。

「優しくしないでくれ」

「優しくしないでって……それは困るな」

 うん、非常に困るのだ。俺は困っている文を見捨てられない質なんだから。

「いいや、私の方がずっと困るんだ」

「どうして?」

「……そういう、優しさは大事な人に向けるべきだ」

「大事な人?」

「そ、そうだ。婚約者とかに向けるものなんだ……」

「……は?」

 ちょっと待ってくれ、婚約者?話がさっぱり分からんぞ。

「いやいやいや、婚約者って……お前な」

「隠さなくったって私は知ってるぞ。お前に婚約者がいるってことは」

「そんなもん、いねえよ……」

「いるだろ!鈴乃さんっていう人が!」

「鈴乃さんって……俺の保育園の先生じゃねえか!?」

「……え?保育園の先生……?」

 文は驚いたように、目をぱちぱちと開きながら聞いてきた。

「そうだ、別に婚約者でもなんでもないぞ」

「ええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」


 さて、ここからは少しばかり過去の話になるのだが。

 俺は幼いころ、かなりアクティブな性格だったらしく。色んな女の子にアタックしていたらしい。

 その中で最もアタックしていたのが、先生である鈴乃先生だったのだ。

 先生にアタックする際に、当時の俺の最先端の言葉であった婚約者という言葉を何度も連呼していた。

 恐らくだが、今回の誤解はこの同じ保育園の出身の連中が原因なのだろう。


 翌日、登校するために玄関の扉をあける。

 空は昨日、大雨だったとは思えないほどに晴れている。

 ああ、学校に行ったら、あの可愛らしい傘のことでからかわれるんだろうか……。

 などと、懸案事項を考えていると、隣家の扉が開き昨日と同じように文が出てくる。しばらく文の姿を眺めていると、これまた彼女と目が合った。

「お、おはよう」

 俺がお決まりの挨拶をすると、彼女は照れくさそうに。

「おはよう、ユースケ」

 挨拶を返してくれた。

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