第13話 隣家の屋根の下

その人は、離婚して引っ越してきた。

お子さんが居たのかどうかは知らない。

離婚後、20年近くにわたり、隣に1人で住んでいた。


その人がなぜ富士の樹海で命を絶ったのか、理由はわからない。


几帳面な人だった。

空き家になった隣の家を片づけに行った際、大きな家具こそ残っていたものの、部屋は綺麗になっていて、冷蔵庫の中は空っぽ。

鍵だけが、テーブルの上にぽつんと置いてあった。


子供の頃の私を可愛がってくれたおじさんだった。

1度だけ、姪さんが遊びに来るからと、一緒に遊園地に連れて行ってくれようともしてくれた。

1つ目の屋根の下の住人が断ってしまったので、私は遊園地に行けなかったのだが。


そういえば、姪さんが遊びに来たのは、私が知る限り、それが最初で最後だった。

と言うか、それ以外の親戚付き合いもなかった気がする。


おじさんの最後の屋根が、うちの貸家で良かったのかはわからない。

ただ、後始末もほとんど必要ないほど、綺麗に住んでくれていた。


すべてを片づけて、鍵をテーブルに置いたとき、おじさんは何を思ったのだろう。

どれほどの思いで、樹海に向かったのだろう。


幸せな想いを抱きながら逝きたいと思っている私には、最後に家賃を持ってきたときの、普段とどこか違う表情を浮かべていたおじさんが、幸せなうちに逝ったとはあまり思えないのが、無力ながらに心残りだ。

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