いくつかの屋根の下

くらげ

第1話 1つ目の屋根の下

初期配置から詰んでいた。


誰の子か判らない私。

そんな子を産んだ女と、そうとは知らずに結婚した男。

男の母親。

うまくいくはずがなかった。

誰の子か判らないことが男とその母親に発覚した時、既に下ろすには育ち過ぎていた私。

女としては、産むしかなかった。


死産を望まれていたことは、ずっと後から知った。

男が、女と子供を養う気を無くし、20代からずっとニートだったことも後から知った。


私が覚えている限り、男は女によく暴力をふるっていた。

男の母親は止めなかった。

女は甘んじて受けていた。

そのとばっちりをくらって私も暴力を振るわれた。

身の守り方が判らなくて、甘んじてそれを受けていた。

なぜ殴られるのか判らなかったけど、それが当たり前だといつしか思うようになっていた。


女はたまに逃げ出した。

そして、逃げてはなんだかんだと言いながら結局戻ってきた。

それでも1度、ずっと後になってから、書類上でも破綻した。

今も書類上では他人だが、ところが共依存は変わっていないようだ。

今更私には関係がない。


私が居なければ、3人とも、それぞれ違った人生を送っただろう。

女は別の男を捕まえていたかもしれないし、男も働く意欲を持ったかもしれない。

息子が可愛くて仕方がない母親も、以後60年以上、男に夢を見ずに済んだかもしれない。

それなのに、私を捨てなかったのは、おそらく当時の時代背景にある世間体が大きく関係しているのだと思う。


私が今、それを恨んでいるかというと、そうでもない。

ただ、3人ともバカだなぁと思っているだけだ。

女の頭が悪すぎるし、男は価値のないプライドにしがみついて生かされていただけだし、母親は息子を可愛がり過ぎた。


そんな3人が、私をどう思っていたのかは正直判らない。

ただ、女には「あんたなんか生まれてこなければよかったのに」と言われた。

男には、人込みで手を伸ばしたら払いのけられた。

それでも男の母親には、それなりに可愛がられていた気はする。

男に殴られたり蹴られたりしているのを、「やめなさいよ」と口では止めてくれた程度には。

男が殴る対象が女だったときには、それは言わなかったから。


そして、同じくらい、私もバカだったと思う。

わりと早い段階で、私1人が居なくなれば、3人は違う人生を歩めると気付きながら、居なくなる選択をしなかった。

居なくなりたいとは思った。

居なくなればいいなとも思った。

だが、居なくなるには、勇気と気力と知恵が激しく足りなかった。


その結果、歪な鎹になってしまった。

申し訳ないとは、今は思わない。

昔は思っていたけれど。

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