僕と彼女は相性がいい

山橋和弥

一年と二か月前から愛してる

「付き合ってください」

 僕がそう言って差し出した手を彼女はそっと握った。

 念願の初彼女。高校入学当時から好きだった女の子にやっと告白することができた。

 一年越しの思いが叶ったことが嬉しくて、彼女ができたその日の夜は寝られなかった。

 一緒に登下校。

 昼休みは向い合ってお弁当を食べる。

 週に一度彼女が作ってくれるお弁当がなによりも楽しみだった。

 日曜日は毎週デートに行った。流行りの映画を見て、ご飯を食べて、カラオケに行く。

 それだけのことだったが、彼女が隣にいるというだけで僕は顔のニヤケが治らないくらい嬉しかった。

「こんなことならもっと早くに告っておくべきだったよ」

 嬉しさを自慢するために夜遅くに友人に電話をかけた。

「お前も早く彼女つくったほうがいいぞ」

「うぜー、彼女できたとたん上からかよ」

「いやいや、これは助言だって」

「おんなじようなもんだろ」

 僕は笑った。すると友人は電話の向こう側で少し躊躇するような気配をみせたあと言った。

「でもさ。あんまし尽くしすぎんなよ。恋愛に上下関係できるとめんどくさいらしいぞ」

「なんだそれ?」僕は笑った。「誰がそんなん言ってんだよ。どーせ漫画とかだろ?」

「まあ、そうなんだけどさ」

 友人はまだなにか言いたそうだったが、彼女への定期連絡をするために電話を切った。

 午後八時。毎日この時間に電話をすることになっていた。

 携帯のアドレス帳から彼女の番号を呼び出して、発信ボタンを押す。

 と、一回の呼び出し音だけで彼女が出た。

 開口一番。

「遅い」

「あっ、ごめん待ってた」

「なにそれ? ちゃんと謝ってよ」

 可愛い。ヤキモチを焼いてるんだ。

「ごめん。本当にごめんね」

「悪いと思ってる?」

「当たり前じゃん」

「そう、ならいいわ」彼女の口調が和らいた。

 いつもどおりの他愛もない会話をする。

 九時になったので電話を切った。宿題を済ませ、明日の準備をして布団に入る。

 午前二時。着信音がなった。けれど出る前にワンコールで切れた。

 誰かと思ったら彼女だった。

 何事かと慌ててかけ直す。

「もしもし? なんかあったの?」

「ん? べつに。起きてるかなって」

 こんな時間まで甘えたい年頃なのだろう。本当に可愛い彼女を手に入れた。

「ねえ、いまから会いに来てくれない?」

「えっ?」さすがに驚いた。「いまから?」

 僕と彼女の家は駅で五駅。自転車で1時間ほどかかる。

「いやなの?」

「いやじゃないけど、夜遅いし」僕は思わず口ごもってしまった。

「もういい!」彼女は怒って電話を切ってしまった。

 悪いことをした。彼女が会いたいと言っているんだ。しかも彼女は火星でも月でもなく、同じ地球にいる。なんで会いに行くと即答しなかったんだ。

 自分の行いを責め、すぐに彼女にかけ直した。

 電源が切れていた。

 次の日。昨日の罰だと言われて登校するとき鞄を持たされた。悪かったのは僕なのでおとなしく従う。

 帰り道。また僕に鞄を持たせようとしたので、少し不満を漏らした。すると彼女は怒って弁当をつくってくれなくなった。

 日曜日。デートの時。彼女が奢ってと言ってきた。僕は不思議だった。彼女がそう言う以前からデート代はすべて僕が出していたからだ。

 僕は当然のように「いいよ」と言った。そうしたらその日のお昼は、なぜか寿司になった。

 彼女は一番高額な金の皿を十枚食べたあと回転寿司のせいで目が回ったと言って、なぜか化粧水を要求していた。肌に優しいものは目にも優しいらしい。

 それから毎日のように彼女から深夜に僕の携帯にワン切りが入るようになった。けれどかけ直すと必ず電源が切れている。不思議だった。

 僕の財布の中身は枯渇していき、体力も精神力も限界に近かった。

「女ってこわいな」夜電話で僕は友人にそう言った。

「だから言っただろ」

「ちょっと想像と違ったわ」

「ああ、別れた方がいい」

 友人の助言通り、僕は彼女との交際を断るために学校の帰り呼び出した。

「ごめん。僕と別れてください」

 僕が差し出した手を彼女はじっと見つめた。そして怖いくらいの笑顔で大きく一度首を振ったあと、僕のお尻を思いっきり蹴っ飛ばした。

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