愛しさと、切なさと、つたなさと
「かばん持って」
いつものように渡された鞄は、びっくりするぐらい重かった。
肩にかけると痛かったので、両手で抱え込むようにして彼女の鞄を持った。
「これ、何入ってんの?」
「あなたの弁当よ」彼女はさらりと言った。
僕は満面の笑みを浮かべる。
鞄が重たいのは愛情がいっぱい詰まっているからだったんだ。
そう、僕は結局彼女と別れることはできなかったが、僕が態度を改めることで、また彼女はお弁当をつくってくれるようになったのだ。
ほんと、いま思えば別れなくてよかった。
学校に向かっている途中。店のガラスにうつる二人の姿を見る。
ああ、なんてお似合いのカップルなんだ。また、口許が緩んでいく。
と、彼女が隣で言った。
「いまいちね」
見ると彼女も足を止めて僕ら二人の姿を眺めている。
「そうかな? 僕はかわいいと思うけど」
「なに言ってるのよ」彼女は眉根を寄せた。「いまいちなのはあなただけよ」
驚いた。まさか気づいていたとは。
てっきりバレていないと思ったのに。
「そうだ」
と言って彼女は鞄の中をまさぐり始めた。
僕の腕に鞄の重みと彼女の体重が加わる。
二の腕が軋みをあげる。
ちらりと鞄を見ると、中に鉄アレイが入っていた。これも愛情の証なのだろうか。
「これこれ」
そう言って彼女が取り出したのは、一枚の切り抜きだった。
おそらく雑誌かなにかの切り抜きだろう。可愛らしいカットを施された写真だった。
「この髪型。今の流行りだから」
僕は思わず切り抜きを二度見してしまった。
こういう髪型がいまの流行なのか。知らなかった。恥ずかしい。
そりゃあ、彼女が僕のことをいまいちだと言うのも納得だ。
だって僕の髪型は彼女の切り抜きとは似ても似つかないものなのだから。
「今度、この髪型にしてきてね」
と、彼女は可愛らしく微笑んで言った。
「分かった」
断る理由がなかった。
次の日。僕はひとり美容院に行った。
店員に切り抜きを渡す。
「この髪型にしてください」
店員は切り抜きを受け取ると眉をひそめて僕と切り抜きを交互に見た。
「本当にこれですか?」
「はい」僕ははっきりと言った。
店員は首をひねる。
僕の顔にこの髪型は似合わないというのだろうか。
それでも僕はこの髪型にしてもらう必要がある。
彼女にふさわしい男になるんだ。
「本気ですか?」
僕は店員の問いに力強く頷いた。
店員は何度も切り抜きと僕の顔を見比べたあと、眉間にしわを寄せて言った。
「これ、犬の写真ですけど、間違いないですか?」
なにを言っているんだ。
僕が犬と人間の写真を間違えるようなアホに見えたのだろうか。
「間違いないです」
店員は思案するように行ったり来たりした。
それから意を決したように店員は言った。
「えっと、ちょっと無理ですね」
「そんな」肩越しに店員を見る。
彼女の理想の男にはなれないのだろうか。僕は項垂れた。
「あっ、でもあそこならできるかも」店員は手を叩いた。
「お店出たあと左へ向かって進んで、最初の信号を左、それから二つめの交差点を右に言ったところならきっとこういうふうにカットしてくれるよ」
親切な人だ。
「ありがとうございます」
僕は丁寧にお礼をして説明された店へと向かった。
目的地。
目の前には大きなペットショップ。
脇の看板には犬のヘアカットやっておりますの文字。
心外だ。僕は犬になりたいわけじゃない。
僕はしょうがなく家に帰った。
次の日。彼女に会うのが憂鬱だった。
きっと彼女は不機嫌になる。
彼女は怒った顔より笑顔の方が可愛いので残念だ。
朝。待ち合わせの場所。
彼女は僕の姿を認めると、駆け寄ってきた。
「ごめん」僕は謝った。
「なにが?」と彼女は小首をかしげる。
まさか忘れたのか。僕は犬の切り抜きを渡す。
「ああ、これ、あんたが持ってたの? 勝手に盗まないでよ」
彼女は僕の手から乱暴に切り抜きを奪った。
驚いた。
怒った顔も可愛かった。
僕と彼女は相性がいい 山橋和弥 @ASABANMAKURU
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます